稲作の遺構が残る板付遺跡(福岡県福岡市)。いわば“文明”の最先端だったが(筆者撮影)

 スサノヲは神話の中で「日本には浮く宝(木材、森林)がなければならない」と述べ、植林事業を手がけていた。文明は必ず森を食べ尽くし、都市を砂漠にしてしまう。スサノヲは文明の欠点をすでに見抜いて、警鐘を鳴らしていたのではなかろうか。そして、日本人の三つ子の魂に、このスサノヲと同じ精神が宿っているように思えてならない。

人間は進歩するのか堕落するのか

 江戸時代の国学者たちは、太古の日本に憧れを抱き、『古事記』の神話世界を無二の哲学と考えていた。人類は進歩し発展すると現代人は信じているが、国学者たちに言わせれば、人は徐々に堕落してきたのだという。

 同じような発想は、中国にもあった。それが儒教の「尚古[しょうこ]思想」で、殷周時代よりも古い時代に、聖人君子の世があったという。

 中国の場合、切実な問題だったかもしれない。農業が文明を生み、土地を求めて争いが起きた。冶金技術が発達し、森は燃料に消え、平坦で広大な大地を兵士たちが駆け巡り、強い王が登場し、殺戮がくり返されたからだ。古き良き時代への郷愁は、強いものがあっただろう。ただし、「立ち止まれば蹂躙される」という熾烈な状態にあったから、中国は常に世界の文明の最先端を走りつづけた。

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