プーチンと習近平の「権威主義にとって安全な世界」(2022年1・2月-3)

執筆者:API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)2022年3月1日

 

中ロが世界秩序を再編するために手を組むという論調が多く提出された(北京で中ロ首脳会談に臨むプーチン・習近平両氏=2月4日) (C)EPA=時事
2月3日、ウラジーミル・プーチンは『新華社』に「ロシアと中国 未来を見据えた戦略的パートナー」と題する論稿を寄せた。勢力圏形成を志向する中ロはこの先、どこまで共同歩調をとるのだろうか。FTコラムニストのギデオン・ラクマンは、ウクライナ危機を「将来の国際秩序構想をめぐる闘争」と見る。

*対ロシアで「ドイツは信頼できない同盟国か」(2022年1・2月-2)は、このリンク先からお読みいただけます。

4.連動するウクライナ危機と台湾海峡危機

 現在のウクライナ危機に関連した争点のなかでもっとも論争的なものの一つが、はたしてこのウクライナ危機と台湾海峡危機がどのように連動するのか、あるいはしないのか、ということである。

■アメリカは教訓を得られるか

 アメリカにおける戦略史研究の若手筆頭格と言えるジョンズ・ホプキンズ大学のハル・ブランズは、ウクライナ危機に対応する中でアメリカは台湾有事という悲劇を回避するための教訓が得られるとしている[Hal Brands, “China and Taiwan Have a Big Stake in What Happens in Ukraine(中国と台湾はウクライナに大きな関心を寄せている)”, Bloomberg, February 9, 2022]。

 たとえば、侵略を行った場合に西側諸国がどの程度強力な制裁を侵略国に科すことができるか、武力侵攻が始まる前にどの程度米軍のプレゼンスを増強し、抑止を高めることができるかということは、台湾海峡危機でも問われることになるであろう。ブランズの議論は、ウクライナ危機と台湾海峡危機の連動を論じるというよりも、前者の危機からいかにして教訓を得て、後者の危機を未然に防ぐかを示唆する論考である。

 米下院軍事委員会のマイク・ギャラガー議員は、『フォーリン・アフェアーズ』誌に寄せた論考において、台湾海峡危機がかなり目前に迫ってきていると警鐘を鳴らしている[Mike Gallagher, “Taiwan Can’t Wait: What America Must Do To Prevent a Successful Chinese Invasion(台湾は待ってくれない 中国の侵略を成功させないためにアメリカがすべきこと)”, Foreign Affairs, February 1, 2022]。すなわち、「2027年」までに中国が台湾に侵攻すると言われていながらも、国防省は具体的にどのように台湾を防衛することができるのか、そのための準備を進めていないとの指摘である。

 ギャラガーは、在日米軍基地などの軍事基地の抗堪性を強化するだけでは中国との戦争には勝てないとする。たとえば、現有戦力で十分ではないとすれば、これから退役させる古い艦船をそのまま残し、今ある戦力で戦えるように十分な用意をしなければならない。ウクライナ危機が進行する中でも、アメリカ政府は台湾の防衛のための準備を怠ってはならないのだ。

 台湾問題について論じた論考として、リチャード・ハースデイヴィッド・サックスの共著論文も注目された[Richard Haass, David Sacks, “The Growing Danger of U.S. Ambiguity on Tai-wan: Biden Must Make America’s Commitment Clear to China――and the World(戦略的曖昧さの危険性 バイデンは中国と世界に向けてアメリカによる台湾へのコミットメントを明確に示すべきだ)”, Foreign Affairs, December 13, 2021]。これは昨年に発表された同様のテーマを扱う論文をさらにアップデートしたものである。

 本論文では、これまでの台湾に対するアメリカの戦略的曖昧性と訣別して、戦略的明確性を採り入れる必要を論じている。ハースとサックスは、アメリカ政府の戦略的曖昧性に基づく台湾政策が中国に誤解を与えて、そのことが危機を招く可能性があると指摘する。同時に、従来の「一つの中国」政策を堅持し、台湾の独立を支持しないと強調することで、中国に一定の保証を与えることも重要だ。それらを組み合わせることで、不必要な誤解や誤算を回避して、戦争の可能性を低下させることができるだろう。

■ロシアと中国は「脅威の性質が異なる」との指摘も

 他方で、スタンフォード大学フーバー研究所で台湾政治を専門とするカリス・テンプルマンは、ウクライナ危機と台湾危機を安易に結びつけることを批判する[Kharis Templeman, “Taiwan is not Ukraine: Stop Linking their Fates Together (台湾はウクライナではない 彼らの運命をつなぐのはやめるべきだ)”, War on the Rocks, January 27, 2022]。

 テンプルマンによれば、アメリカのウクライナ問題への関与が最近始まったのに対して、アメリカの台湾への関与は1950年代から続くものである。また衰退国であるロシアと台頭国である中国とでは、その脅威の性質が異なる。中国は、既存の国際秩序を再編するような巨大な国力を有している。ゆえにアメリカの国益にとって、地政学的な要衝であり民主主義的な先進社会である台湾もまた、無視し得ない大きな存在となっている。

 この2つの危機を結びつけて考える興味深い記事として、台湾の軍事専門家の紀永添の論考がある[紀永添(Ji Yongtian)、「烏克蘭協助中國建軍是台灣的迫切危機(ウクライナの中国軍拡への協力は台湾の差し迫った危機である)」、『上報(UP MEDIA)』、2022年1月19日]。

 紀の論ずるところでは、ウクライナはこれまで、中国にとって最重要な軍事技術提供国となっていた。また、クリミア半島併合以降、ウクライナがロシアとの関係を悪化させたことによって、ウクライナの軍需産業にとって中国への輸出はこれまで以上に重要になった。すなわち、ウクライナは一方でアメリカや欧州諸国との関係を強化しているが、他方ではこれまで中国の軍拡を支えてきた。このことが、両岸関係における軍事バランスを台湾にとって不利なものとしてきた一因となっている。

 ウクライナ危機がどのようにして台湾海峡危機に連動するか、日本にも少なからぬ影響が及ぶであろう。

5.結束を強めるロシアと中国

 ロシアが欧米などの西側諸国との関係を著しく悪化させる中で、国際社会で孤立しないために鍵となるのが中国との関係を強化することだ。中国がウクライナ危機をめぐりどの程度ロシアと共同歩調を取るかが、大きく注目されている。

 ウラジーミル・プーチン大統領は2月3日付で『新華社』に対して、「ロシアと中国 未来を見据えた戦略的パートナー」と題する論稿を寄せた[Vladimir Putin、「俄罗斯和中国:着眼于未来的战略伙伴(ロシアと中国 未来を見据えた戦略的パートナー)」、『新華社』、2022年2月3日]。

 そこでは、よりいっそう緊密となった中ロ関係の重要性を強調し、習近平国家主席との間でこれから自らが、2国間、地域的、そして世界的な課題という重要な問題において、全面的に協力する意向を示した。これは、中国との良好な関係を維持することがウクライナ情勢における作戦成功の鍵となると考えたゆえであろう。

■「新冷戦」の最初の危機

『フィナンシャル・タイムズ』紙コラムニストのギデオン・ラクマンは、「ロシアと中国による新国際秩序構想」と題するコラムにおいて、もしもウクライナや台湾をめぐり戦争が勃発すれば、それはアメリカ中心のこれまでの国際秩序の終焉を意味し、中ロによる新しい国際秩序が生まれると警鐘を鳴らす[Gideon Rachman, “Russia and China’s plans for a new world order (ロシアと中国による新国際秩序構想)", Financial Times, January 23, 2022]。

 現在の国際秩序においてアメリカ政府は、民主主義や人権といった西側の価値観を、必要な場合には軍事介入さえ用いて他国に押しつけようとすると、中国とロシアはともに批判している。中国とロシアが擁護する新しい国際秩序は、それぞれの大国が勢力圏を確立して、それらを相互に尊重することを前提にする。ウクライナをめぐる危機は、まさにそのような将来の国際秩序構想をめぐる闘争ともいえる。そして、ウッドロー・ウィルソン米大統領が1917年に「民主主義にとって安全な世界」を創ろうとしたのとは対照的に、プーチンと習近平は「権威主義にとって安全な世界」を創ろうとしている、とラクマンは論じる。

 中国とロシアが提携して、世界秩序を再編しようとしているという論調は、他にも見られた。アメリカの著名なジャーナリストで国際政治学者のロバート・カプランは、ロシアと中国が帝国として、いまやウクライナと台湾というかつての自らの帝国の征服地を奪い取ろうとしていると論じる[Robert D. Kaplan, “Russia, China and the Bid for Empire(ロシア、中国、帝国への試み)”, The Wall Street Journal, January 13, 2022]。

 カプランによれば、プーチン大統領は中国の習近平主席と手を組んでかつての「ソ連」という帝国を復活させようとしており、さらに中東欧に自らの勢力圏を確立することを求めている。かつてイデオロギー的に帝国を批判していたロシアと中国にとって、いまや帝国とはむしろ自らの誇りである。膨張主義的なロシアと中国に対して、アメリカが現状維持国家となっているのが、現在の地政学的な構図だとカプランは言う。

 フランスを代表するアジア専門家のフランソワ・ゴドマンと、元フランス外交官のミシェル・デュクロは、今回のウクライナ危機が「新冷戦」の最初の危機として歴史の中で位置づけられることになるだろうと論じる[François Godement, Michel Duclos, «L’Ukraine apparaît comme la première crise de la “nouvelle guerre froide”(ウクライナは「新冷戦」最初の危機として現れている) », Le monde, January 11, 2022]。

 ロシアが中国を必要するのと同じように、台湾海峡危機においては中国もロシアを必要とするであろう。クリミア半島併合後に欧米からの制裁を受けて孤立したロシアは、皮肉にもむしろそれによって中国依存を深める結果となった。それゆえ、これまで以上に「中ロ同盟」の実現の可能性が高まっているのだ。プーチンは、ロシアの国際社会での地位が低下する中で、中国との相互援助に依存して地位を回復しようと試みている。だが、ゴドマンとデュクロは、それでも中ロの提携が将来において、大西洋同盟のような強固な結束へと帰結することはないと想定する。

■『環球時報』は「NATO東方拡大」を批判

 中国は今回のウクライナ危機に関して、どのような反応を示しているのか。『環球時報』紙は、「中ロを武力で圧倒したいというアメリカの妄想」と題する社説において、アメリカの「NATO東方拡大」という覇権主義的野心が今回のウクライナ危機の原因であると批判し、そのような覇権主義は時代錯誤で、必ず失敗すると論じている[「社评:美欲用蛮力压倒中俄,这是妄想(社説:中ロを武力で圧倒したいというアメリカの妄想)」、『环球网』、2022年1月10日]。この社説によれば、アメリカは自らを冷戦の「勝者」と自負し、ロシアを「敗者」と位置づけて従属的な地位に甘んじるような「罰」を与えているのだ。

 それではこれからの国際秩序は、上述のラクマンが論じているように、中ロが中心となって権威主義体制が広がることになるのであろうか。元米国防大学校教授で、現在はジョージ・C・マーシャル欧州安全保障研究センターに勤めるアンドリュー・ミクタは、興味深い独自の見解を『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙のコラムのなかで提示している[Andrew A. Michta, “Russia and China’s Dangerous Decline(ロシアと中国の危うい後退)”, The Wall Street Journal, December 14, 2021]。

 ミクタによれば、今危機が高まっているのは、中ロ両国の台頭によるものではなくて、むしろこの2つの権威主義的な大国が自らの優位性が次第に漸減していくことを予見しているからであると論じる。弱さこそが問題なのだ。将来のアメリカは、現在よりもはるかに強大な存在となるであろう。だからこそ、中ロともに優位性が残存するより早い時期において、国際秩序の再編を求めているのだ。

 同様にして、中国国内からも中国の技術力の脆弱性と、悲観的な長期的予測がなされた。北京大学国際戦略研究院が、1月30日付の「中米経済貿易テクノロジー競争研究」と題する中間報告書の中で、現在の米中デカップリングが長期的には中国を不利な立場に置くことになると予測していた[「技术领域的中美战略竞争:分析与展望(テクノロジー分野における中米戦略競争分析と展望)」、『国際戦略研究ブリーフィング』、2022年 1月30日]。

 だがこの報告書は2月3日以降にしばらく閲覧不可能となっていた。このことは、中国にとっては「不都合な真実」に触れていたのかもしれない。ともあれ、中国とロシアは自らの強さや優越性をもとに膨張主義的な行動をとって、ウクライナや台湾を手中に収めようとしているというよりは、むしろ長期的に自らの優越性を失うことの懸念から早急な行動へと移そうとしているのかもしれない。

 ウクライナ危機は、冷戦後のこれまでの他の国際危機と比べると、あまりにも複雑でその経緯も理解が難しい。だが、プーチン大統領による軍事侵攻が、冷戦後の欧州安全保障秩序の再編を意図したものであるという論調が、多くの論考の中で見られた。はたしてこれが、どのような帰結となるのか。それは、これからアメリカや欧州諸国、さらに日本など主要な自由民主主義諸国の対応によって、決まっていくのであろう。 (1・2月、了)

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