私たちは本当の戦争を知らない

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(三浦みどり訳)『戦争は女の顔をしていない』(岩波書店)

執筆者:村井理子2022年4月10日
 

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻がはじまってから、早くも1カ月余り。戦況は瞬時に世界に向けて発信されている。テレビで、SNSで、その様子はいつ何時でも目にすることができる。ロシア軍によるミサイル攻撃で燃え上がる石油貯蔵施設や、爆撃で崩壊するアパート、病院、学校といった建物。爆撃によって灰色のコンクリートの塊となったその場所にいたはずの、何の罪もない子どもたち。人々の命が瞬時に奪われていく様子はまるで、別世界の出来事と感じられる瞬間さえある。戦況に怒りを覚え、穏やかだった生活が瞬時に破壊される様子に慄きつつも、何ごともなく日常を送る私たちがその恐怖を本当の意味で理解するのは、いくらそれを映像として見ていても簡単なことではない。

 SNSではキエフ市内のシェルターの様子が次々と発信されている。暗いシェルター内で女性たちが料理をする姿を見る日もあれば、子どもたちが揃って歌を歌う光景を目にする日もある。学生が難民としてイタリアに移動し、ホームステイ先での生活を発信する。イタリアの街並みは美しく、難民を受け入れる人たちは優しい。ウクライナで繰り広げられている侵略戦争からはほど遠い世界。私たちが見ている戦争は、真の戦争を反映しているのだろうかと、ふと考える。

 第二次世界大戦中のソ連で、100万人もの女性が従軍していたことを知る人は少ない。彼女らは兵士として戦地に赴き、そして男性兵士と同じように戦っていた。銃を構え、敵を撃った。人の命を奪った女性たちが感じたのは、体の芯から湧き上がってくるような恐怖だった。国のために命を賭けて戦った彼女らは、命からがら国に戻ったにもかかわらず 、今度は偏見に晒されながら生きることを余儀なくされる。世間から、そして家族からも誤解され、自らの悲惨な経験をひた隠しにして生きる道を選ばざるを得なかった。

 ジャーナリストでノーベル文学賞作家であるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、第二次世界大戦におけるソ連従軍女性500人以上から聞き取りを行い、その壮絶な経験を『戦争は女の顔をしていない』に記した。ページをめくるたびに、戦争の真実がひたひたと迫ってくる。戦地で女性として戦うことの恐怖、理不尽。幸運にも生きて戻ることができた女性たちのその後の人生に深く染みこみ、決して消えることのなかった罪悪感と痛みを、これでもかと読ませる本書は、どんな映像より私たちに真の戦争を突きつける。

 戦争についての書物は少なからず読んだが、本書ほど残酷でもの悲しい一冊を私は知らない。 

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