著者の高坂正堯(右)は1980年代、中曽根康弘首相の私的諮問機関「平和問題研究会」の座長も務めた ©時事

 ロシアによるウクライナ侵略は、これまで積み上げてきた国際社会に生きる国家としての矜持を木端微塵に打ち砕いた。自国のことは自国民が決めるという「自立権」、侵略戦争は認められないというガラス細工のような原理は、むき出しの暴力の行使をいささかも厭わないという大国の権力意志の前に、不意打ちを食らったようにたじろがざるを得なかったのである。

 今回のウクライナ侵略は、「プーチンによる、プーチンのための、プーチンの戦争」と言われる。本質を衝いた指摘だが、その背後には、失われた「ロシア帝国」の復活というロシア人の願望が見逃せないし、その手法は、ロシアの伝統的な「欺瞞作戦(マスキロフカ)」を踏襲している。この手法については、最近出版された米ABCニュース元記者カティ・マートンの『メルケル 世界一の宰相』(文藝春秋)に詳しいが、それは20世紀前半にロシア軍が生み出した手法で、簡単に言えば「だまし・否定・偽情報」の三語に要約できるというのである。

 そう言われれば、侵略の口実に使われたウクライナ国内でロシア人がジェノサイド(集団殺害)に遭っているという偽情報も含めて、この伝統的手法を忠実に再現している。ここは国際社会の「掟破り」に対し、経済制裁を含めたあらゆる手段を使って、非人道的無法が通らないことを各国が協力して見せつけるしかないだろう。

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