合成生物学が遺伝子に埋め込むもうひとつの「人新世」

Amy Webb & Andrew Hessel『The Genesis Machine』

執筆者:植田かもめ2022年5月22日
 

 2019年の12月、「Earnest Project」と名乗る匿名の団体がネット上に奇妙なオークション品のカタログを発表した。世界経済フォーラム、通称ダボス会議に集まった世界のリーダー達が使用した食器やグラスからDNA情報を採取したので、そのサンプルを販売すると宣言したのだ。当時の米国大統領であったドナルド・トランプやドイツの首相であったアンゲラ・メルケル、ミュージシャンのエルトン・ジョンらがその対象に含まれていたのである――。

 彼らが販売しようとしたDNAサンプルが本物であったかどうかは不明である。しかし、この事件はより重要な問題を示唆したと言える。誰かが廃棄した物品からDNAデータを取得して利用する事を包括的に禁じる法律は、米国の連邦法には存在しないのだ。個人のDNAデータは機密性の高い情報であるが、それはどのように保護されるべきであろうか。

 本書『The Genesis Machine』は、「合成生物学」(synthetic biology)と呼ばれる遺伝子情報研究の過去・現在・未来について概観する一冊だ。著者のエイミー・ウェブは科学とテクノロジーについての著作を複数発表しており、共著者のアンドリュー・ヘッセルは合成生物学の研究者であり起業家でもある。エイミーは企業や公的機関を相手に未来予測や戦略検討を提供する「Future Today Institute」という団体も主宰している。本書でもエイミーはビジネスの世界で普及している「シナリオ・プランニング」と呼ばれる将来予測の手法を用いて、バイオテクノロジーの発展が社会にもたらす影響を検討している。

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