ゼレンスキー大統領(右)のロシアへの抵抗が「新しい正統性」をもたらした、とキッシンジャー氏は従来の見解を「修正」した (C)AFP=時事

「正統性」と「均衡」を重んじながら、ロシアとウクライナの関係について論じる姿勢は、過去のキッシンジャー氏の言説から論理的に推察することができるものだ。ただし、実はキッシンンジャー氏は他の著作において、より具体的に、現代的なロシアとウクライナの関係について語っていた。

大著『外交』に記された民主化への懐疑とロシアの根深い拡張主義

 冷戦終焉直後に出版された大著『外交(Diplomacy)』(日本経済新聞出版)執筆時のキッシンジャー氏にとって、ソ連崩壊後のロシアの行方は、大きな問題の1つであった。そこでキッシンジャー氏は、「ロシアの歴史の大部分において、ロシアは常に拡張の機会を探し求めていた」ことを重視しながら、考察を進めた(『外交』(上)14頁)。

 この1994年に出版された大著において、キッシンジャー氏は、ウィルソン的な理想主義からロシアの民主的改革に過度の期待を寄せるアメリカ国内の動向に警鐘を鳴らした。「地政学や歴史を研究する者は、アメリカがこのアプローチ一つに思いさだめてしまっていることには不安を覚える。」なぜなら、「ロシアはどのような政府を持とうとも、ハルフォード・マッキンダーが“地政学上の心臓地帯”と呼んだ地域にまたがっており、最も強力な帝国主義的伝統を継承している」からである。「もし仮にロシアに道義上の変化が起こるとしても、それは時間がかかることであり、それまでの間はアメリカはリスクを分散しておくべきである。……アメリカは、マーシャル・プランの成果に匹敵するような成果を、ロシアにおける経済援助に期待すべきではない。……冷戦後のロシアにはこれ(第二次世界大戦後の西欧)に相当するような状況はない。ロシアの苦しみを和らげ、経済改革を推進することはアメリカの外交政策の重要な手段であるが、それは長年の拡張主義の歴史を持つ国に対抗して世界的なバランス・オブ・パワーを維持しようとしてきた真剣な努力に代わるべきものではない」(『外交』(下)511頁)。

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