バイデン米大統領の来日を前に、アウンサンスーチー氏の解放を求めるプラカードを掲げるミャンマーの活動家たち。(5月22日、東京)  (C)AFP=時事
昨年2月に軍事クーデターが起きたミャンマーでは、国軍への抗議活動を支援するミャンマー人が帰国すれば拘束され、命の危険に晒されかねない状況が続いている。日本から帰国できない人には在留期間延長と就労が認められているものの、「国へ帰れ」という心無い言葉も向けられる。

「故郷の村では既に友人が10人以上殺されました。森に逃げた母親や兄弟とも連絡がとれていません。帰りたくても、帰れないのです」

   そう話すのは、現在東京で暮らすミャンマー人のジョンさん(24)だ。ジョンさんは2019年9月、茨城県にある建設会社の技能実習生として来日した。母国で日本語を学び、未来への夢と希望を抱えて日本を訪れたジョンさんだったが、そうした期待は様々な困難によって打ち砕かれた。

   まず日本で直面したのは、実習先の工事現場で常習的に行われていたパワハラや暴力だった。ジョンさんによると、日本人の上司は日本語をうまく話せないことや、業務が思うように遂行されないことを理由に、ジョンさんら実習生の頭を殴ったり、ひどいときには棒で叩いたりするようになった。

東部カヤ州からやってきたジョンさん   写真提供:筆者

   家族への仕送りなど経済的な理由もあり、暴力を受けても我慢を続けていたジョンさんだったが、さらに追い打ちをかける出来事が起こる。毎晩のように電話で相談し、ジョンさんを慰めてくれていたミャンマーに住む父親が亡くなってしまったのだ。父親は故郷の学校で校長先生をしていたが、国軍への抗議活動に参加したことで指名手配され、ジャングルで避難生活を送っていた。劣悪な環境で難病にかかり、まともな治療を受けられないまま症状が悪化。51歳という若さでこの世を去った。

「父親という大きな心のよりどころがなくなって、パワハラにも耐えられなくなってしまいました」

   ジョンさんはその後、茨城県にあった実習先の寮から東京に住む知人のもとへ逃亡。現在は、日本がミャンマー人を対象に実施している緊急避難措置として、1年の就労が認められる特定活動ビザを取得し、都内の飲食店で働いている。

   ジョンさんの故郷は、ミャンマー東部カヤ州の村だ。カヤ州では国軍と抵抗する少数民族武装勢力との間で戦闘が長年続いており、21年2月の軍事クーデター後は情勢が悪化。同年12月のクリスマスイブには、国軍が戦闘から逃れようとしていた女性や子供を含む避難民30人以上を殺害した。会員制交流サイト(SNS)では、トラックの荷台に積まれて車両ごと焼かれたとみられる遺体の画像が拡散した。

   ジョンさんは、その頃から故郷で暮らす母親や兄弟と連絡が取れなくなってしまったという。

国軍による攻撃で崩壊したジョンさんの自宅   写真提供:筆者

「本当は国へ帰り、家族と再会したいが、帰国すれば国軍に拘束されるかもしれない。日本でお金を稼いで、故郷の支援にあてることが、自分の唯一できることだ」と、はりつめた表情で話す。

「嫌なら国に帰ればいい」

   ミャンマーでは21年の軍事クーデター以降、国軍による市民への弾圧が続いている。ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会」によると、国軍や警察の武力行使で亡くなった民間人や政治犯はすでに2000人を超えている。実際の死者数はこれ以上だという見方も強い。

Twitterより

   ミャンマー人がこうした状況下に置かれているにも関わらず、日本では難民申請や緊急避難措置の申請をしようとするミャンマー人に対して、冷たい目が向けられることも少なくない。実際、筆者のもとには、ジョンさんの現状をつづったSNSでの投稿に対し、「(実習先が)嫌なら帰国すれば良いんですよ」というメッセージが送られてきた。多くの日本国民がミャンマー情勢に心を痛める中で、こうした心無い言葉を向ける人もいる。

 昨年にサッカーのFIFAワールドカップ2次予選で、クーデターに抗議の意を示して三本指を掲げるジェスチャーを行ったミャンマー代表(当時)のピエリヤンアウンさんに対しても、日本国内での反応は冷ややかだった。ピエリヤンアウンさんはミャンマーへ帰れば国軍から迫害される恐れがあるとして、日本で難民申請を行った。一方でインターネット上ではこの行為に対し、「こうした理由で難民を受け入れていたらきりがない」「三本指を掲げただけで弾圧されるのか?」といった否定的な意見や、心無い投稿が相次いだ。

   ロシアによる侵攻が続くウクライナ難民の受け入れには否定的な反応があまり出ないのに対し、ミャンマー難民への無理解が社会に蔓延しているのは、日本で依然としてミャンマーの現状が正しく理解されていないことも背景にあるのだろう。ミャンマーの一部の地域ではウクライナと同様に空爆や虐殺が続いている。3本指を掲げるジェスチャーのように、政府批判と捉えられるいかなる行為も当局の拘束の対象となり、実際に多くの市民が拷問、殺害されているのだ。

強制労働でも難民の資格なし

   ピエリヤンアウンさんへの反応からも分かるように、日本では難民や移民の受け入れに反発する意見が根強く、先進国の中ではとりわけ難民の受け入れが進んでいない。日本は難民条約を批准しており、難民を送還してはならないという条約上の義務を果たす責任があるのにも拘わらずだ。

   認定NPO法人「難民支援協会」がUNHCR(国連難民高等弁務官事務所) Refugee Data Finderや法務省発表資料から作成したデータによると、2021年の国別の難民認定数(認定率)は、ドイツが3万8918人(25.9%)、カナダが3万3801人(62.1%)、フランスが3万2571人(17.5%)、米国が2万0590人(32.2%)、英国が1万3703人(63.4%)。その一方で、日本は74人(0.7%)にとどまった。その国ごとに置かれた状況は違うため、数だけで単純比較はできないものの、日本の難民認定数が極めて少ないことは事実だ。

   難民支援協会はウェブサイトで、日本の難民認定数が少ない現状について、認定基準の解釈方法に課題が残ると指摘する。例えば、認定基準の一つである「迫害の定義」について、「アメリカ、カナダ、欧州各国などの難民認定機関では、迫害を、生命と身体の自由に限らず、重大な人権侵害を含む」一方で、「日本では、迫害を命と身体の自由に限定する傾向が強く、さらには身体の自由を奪われている例であっても、迫害として認めない」こともあるという。

   2010年の事例として、ミャンマー国軍の迫害から日本に逃れた少数民族ロヒンギャの難民申請について、東京地裁は「(身体を拘束されて強制労働をさせられた)期間も2、3日にとどまり、食事を取ることができない場合ばかりでない」などとして、20人中18人の難民申請を棄却した。

   この判決に対し、在日ビルマ難民申請弁護団は声明で、「(当時)民族の3分の1が国外に流出するという極めて異常な事態に至っているにもかかわらず、その事態に目をつぶり、3分の2が残っているということを理由に、ロヒンギャであることによっては難民該当性が認められないと判断しており、問題の本質を直視していないものといわざるを得ない」として、判決における人権意識の低さを非難した。加えて、「ロヒンギャ民族の国外への避難は、わが国のみならず欧米やオーストラリアなど難民条約批准国の各国に及んでいるが、これまでに難民条約批准国がロヒンギャ族をビルマ本国に送還した例は存在しない」と指摘している。

   難民申請をする外国人の中には、就労資格を得たいがための手段として難民申請をする「偽装難民」のケースもあるが、そうした外国人の排除を主眼にしていては、日本の難民認定制度の「難民保護」という本来の目的を損なうことになる。

外国人が増えても治安悪化にはつながらない

   日本では難民受け入れに否定的な理由の一つとしてよく「治安の悪化」が挙がるが、過去20年の統計を見ると、増加している在留外国人の数に対して、犯罪件数が増えていないことが分かる。

   警察庁が発表している「来日外国人犯罪の検挙状況の推移」によると、1989年以降の総検挙件数は2005年の4万7865件をピークに減少傾向が続き、16年には1万4133件と05年比で約7割減少。以降は1万5000~1万7000件台で推移している。その間、在留外国人の数は12年の約200万人から19年の約290万人へと右肩上がりに増えているのにも拘わらずだ。

   また、「刑法犯検挙(日本人等の検挙を含む。)に占める来日外国人犯罪の割合の推移」では、1989年以降05年の5.1%(件数ベース)がピークで、10~21年は2.5~3.5%を推移しており、依然として日本人による犯罪の方が圧倒的に多いことが分かる。

   こうしたデータに反して外国人の増加が治安の悪化を招くようなイメージを抱いてしまうのは、国内メディアでベトナム人労働者の犯罪事件などがセンセーショナルに報道される機会が増えていることも原因のひとつだろう。難民支援協会は、日本が抱えている難民の受け入れ問題について、「政治の場で難民問題が重要事項として取り組まれないのは、社会で難民問題に関心を寄せる人が少ないことの裏返し」であり、「難民受け入れが進まない背景には、難民に限らず、移民の受け入れについて、これまで十分に議論がなされてこなかったことがある」と指摘する。

   一方で、日本の少子高齢化はまったなしの状態で進み、労働力の確保として、移民を受け入れざるを得ない状況がある。国際協力機構(JICA)などは今年2月、2040年に政府がめざす経済成長を達成するには、外国人労働者が現在の約4倍となる674万人必要になるとの推計を発表している。そう遠くない未来に外国人との共存が求められる日本では、難民や移民の受け入れについて、メディアの偏った報道や先行する間違ったイメージにとらわれず、事実に基づいた議論が求められている。

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