昨年春に起こったチベットの反中民族運動は、北京五輪聖火リレーの混乱とあわせて世界の耳目を驚かせたものの、その後の経緯をみる限り、止むにやまれぬ行動に打って出たチベットの人々の苦悩が緩和されたとは言えない。このような中、一九八九年にチベット独立運動と中国民主化運動(天安門事件)の双方が銃声に圧倒されたことに衝撃を受けたフランス人ジャーナリスト、ピエール=アントワーヌ・ドネ氏が著し、一九九一年に邦訳された『チベット 受難と希望~「雪の国」の民族主義~』が、いま改めて文庫になったことは大いに時宜にかなっている。 本書は、なぜ中国のチベット支配における歴史的曲折は抑圧と文化的破壊の悲劇を生み、現在もチベット人の不服従を招いているのか、という問題意識をもとに、様々な論点を提示している。それを敢えてまとめれば、大略以下のようになろう。(一)チベットと中国の関係は元来、近代的な主権国家概念でとらえられない、密接ながらも曖昧な共存であった。しかし、チベットが十九世紀後半以来、国際政治上の戦略的焦点となった結果、近代中国ナショナリズムは自らの国防と近代化に不可欠な場所としてチベットを囲い込んだ。(二)チベット人の願望を無視した拙速極まりない抑圧と文化破壊・拷問の結果、本来不必要な矛盾・対立が激発し、チベット亡命政府の成立と国際的同情に帰結した。

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