*佐伯啓思氏の講義をもとに編集・再構成を加えてあります。

 

「大人」がいなくなった

岩田泰征 オルテガは大衆社会の特徴を「学校から抜け出した子供の大騒ぎ」と表現しました。実際に、社会を支える規律、規範が、既得権益打破とかポリティカル・コレクトネスの名のもとに解体され、誰も大人になれない世の中が到来していると思います。「文藝春秋」の2023年1月号にお書きになった『「日本の自殺」を読み直す』という論考でも、エリートの没落や大衆社会の幼稚さに触れていらっしゃいました。

佐伯啓思 近代社会は様々な共同体を破壊しました。前近代社会、つまりゲマインシャフトでは、人間が集まり、ごく自然な共同体を作っていた。家族も一つの共同体です。そこから大家族、あるいは部族になり、それが集まって、農村共同体になる。それがまた集まってひとつの国家が出来上がる。こういう重層構造が前近代のイメージです。

 一方、近代社会は、様々な共同体から、個人が自立することを目指す。それが自由主義です。また、近代社会では特定の人間が特権を持ってはならない。これが平等主義です。この自由と平等の実現こそ、近代社会の非常に重要な柱、価値観です。ただ、それは逆に見れば、伝統的な共同体や家族の破壊、規範や習慣の破壊でもある。むしろ、破壊の中にこそ、人間の自由、平等の拡大、つまり文明の進歩があると考えた。

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