故・安倍晋三元首相の追悼集会であいさつする岸田文雄首相=7月8日、東京都港区の明治記念館 (C)時事

 

 政治家がすぐれた指導性を発揮し、政治的業績を挙げるための一つの必須要件は、置かれた時代、状況の的確な把握と相手プレーヤーに対する正確な認識だろう。『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)を読めばそのことの意味がはっきりわかる。日本の戦後政治史におけるこの書の歴史的な意義についてはこれまで幾度も触れてきたが、人物観察眼の確かさと鋭さも長期政権維持にとって欠くべからざる要件であったことを知るのである。

習近平はリアリスト、オバマはビジネスライク

 中国の習近平は、2013年3月に国家主席に就任してからもしばらくは、日中首脳会談を開いても、事前に用意された発言要領を読むだけだった。ところが5年ぐらい経つとペーパーを読まず、自由に発言するようになった。中国国内に、自分の権力基盤を脅かすような存在はもういないと思い始めたのではないかと感じていた安倍さんに、習近平は首脳会談の席で、驚くべき発言をした。

「自分がもし米国に生まれていたら、米国の共産党には入らないだろう。民主党か共和党に入党する」

 安倍さんは思った。習近平は政治的な影響力を行使できない政党では意味がないと考えている。中国共産党の幹部は建前上、共産党の理念に共鳴して党の前衛組織に入り、その後、権力の中枢を担っているということになっている。しかし、習近平の発言からすれば、彼は思想信条ではなく、政治権力を掌握するために共産党に入ったということになる。彼は「強烈なリアリスト」なのだ。権力基盤の確立とリアリストたる一面を示すエピソードとして、安倍さんが挙げたのが、18年10月に北京で行われた日中首脳会談での習近平の発言である。

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