「超強硬手段」で中国を牽制した北朝鮮

執筆者:平井久志2009年8月号

相次ぐミサイル発射を見れば、当面対話路線への転換はありえない。北朝鮮国内では、三男・金正雲への世襲の地ならしは着々と進む。 国連安全保障理事会は六月十二日(日本時間十三日未明)、北朝鮮が五月二十五日に行なった二回目の核実験に対し追加制裁決議案(1874号)を全会一致で採択した。 最大の後ろ盾である中国を激しく非難していた北朝鮮が対応を微妙に変化させたのはそれからだった。直後に出た外務省声明では中国批判が影を潜め、対米非難にターゲットを絞った。そして、すぐさま金永春国防委員会副委員長(人民武力相)を中国へ派遣した。中国側で対応したのは軍幹部だった。 中朝間の公式な対話チャンネルは「政府と政府」ではなく「党と党」だ。今回、「党」でもなく、最も緊密な関係にある「軍と軍」のチャンネルを使ったことは、これ以上の関係悪化を回避しなければならないという両国の配慮をうかがわせる。特に、「先軍(軍事優先)政治」を掲げる北朝鮮が、呉克烈国防委副委員長と並ぶ軍部の核心メンバーである金永春副委員長を派遣した点は、改めて対中関係を重視した表れとみられる。「配慮せざるをえない」中国 外交消息筋によると、金永春副委員長は中国側に対し、これまで六カ国協議に参加してきたが何の成果も得られなかったと強調した。そして、韓国の李明博政権の対北政策を糾弾しながら、米国のオバマ政権についても関係改善の意思がないと非難。この状況では、北朝鮮としては「超強硬手段」を取るしかないと主張した。中国側の理解を求めるようなこともなく、むしろ強硬姿勢を取り続けるしかないと米韓への暴発をちらつかせ、中国を牽制した。

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