冬を待ちたい

執筆者:阿川佐和子2024年7月25日
お祝い事には鯛料理(写真はイメージです)

 鯛の浜焼きというものをご存じだろうか。ウロコと内臓を取り除いた新鮮な真鯛の内外にたくさんの塩を振り、お腹のなかには鶏卵を二つ三つ入れ(姿がぺちゃんこに崩れないための策)、さらにその鯛を頭と尾をつけたまま菰(こも)で包んで藁糸で縛り、大きな藁納豆のような形状にした上で、遠火でじっくり焼く、あるいは蒸す。

 瀬戸内海の各地でおめでたい席に供する鯛の伝統料理の一つであり、ただの塩焼きとはひと味違う。藁の香りの染み込んだ深い味わいが広がるのが特徴で、冷めた状態でも実においしい。そもそもは、塩田豊かな瀬戸内海の沿岸各地にて、海で獲った鯛を塩に埋め込んで蒸し焼きにしたことが始まりらしい。江戸時代の話である。一般的な「浜焼き」とは、釣った魚介類をただちに浜で焼いて食べることを意味し、そちらは全国各地の港町の料理店で見かけるものだが、鯛の浜焼きは、それとはやや趣を異にする。

 私が初めて鯛の浜焼きに出合ったのは、娘時代だっただろうか。広島に住む伯母から送られてきた。届いた鯛は、阿波踊りで見かける編笠に包まれていた。そのため徳島の名産かと思ったが、そうではない。その笠は、正式には「伝八笠」といい、塩田で働く浜子がかぶっていた日笠であることをのちに知った。

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