年賀はがきなどの過剰ノルマや自爆営業、「局長カレンダー問題」など多くの闇を抱える郵便局 (C)tamayura39/stock.adobe.com

 配達員によって捨てられた大量の郵便物。手段を選ばない保険営業や相次ぐ横領や詐欺――2007年の民営化以来17年、2万4000局、従業員30万人超の巨大組織で何が起きていたのか。調査報道大賞など数々の賞で顕彰された西日本新聞記者が、6年以上をかけた独自取材で疲弊する現場からそれを招いた「病原」まで浮き彫りにしたのが、『ブラック郵便局』だ。郵便局をめぐる調査報道で双璧を成し、『郵便局の裏組織 「全特」 ―― 権力と支配構造』などの著書がある朝日新聞・藤田知也記者が自身の取材体験を踏まえて書評を寄せてくれた。

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取材の蓄積があぶりだすもの

 西日本新聞を読んでいなければ、知ることのできないファクトがここ数年、確かにあった。日本郵政グループと郵便局の現場からの報告である。

 新聞やテレビが報じる企業関連ニュースの多くは、会社側が発表したり提供したりする内容をもとにつくられる。その結果、速さや切り口に多少の差はあっても、報じる内容は似通ってくるものだ。

 では、郵政の報道に関して、西日本新聞は何が突出していたのか。

 それは何か大げさなものではなく、前のめりな記者がたまたま一つのテーマに関心を注ぎ、しかも長期にわたって取材を続ける機会を得られた、ということに尽きるのではないか。

 その記者のひとりが本書の著者であり、郵政で言えばおそらく私も端くれの一人に数えられる。

 郵政グループの実態をつかむ難しさは、官から始まる複雑な歴史が横たわっているうえに、40万人近い従業員が働く巨大組織であることに起因している。一つや二つの事例だけで全体像を語ることはできず、組織の構造や問題性を捉えようとすれば、相応の労力と時間を要する。

 その点、西日本新聞の社会部記者だった著者は、年賀はがきなどの過剰ノルマや自爆営業を皮切りに、高齢者を喰い者にしたかんぽ生命の不正販売、陰湿なパワハラやいじめへと取材対象を広げ、現場の情報源を各地で開拓していく。

 独自の記事が注目を浴びれば、内部告発のメールや手紙がどっと増える。記事を書き続ける間に寄せられた情報提供は1000件に及んだ。著者はその一つひとつに返事を出してはやりとりを重ね、福岡の拠点から各地へ取材に出かけたという。

 そうして集めた証言や事例の蓄積が、巨大グループの問題構造を立体的に描き、郵政ならではの組織体質をあぶり出すことに役だっている。

「局長カレンダー問題」はなぜスクープだったのか

 現場の実態を捉える武器を手にした著者は、近年のメディアではほとんど報じられていなかった郵政の暗部にも切り込んでいく。

 暗部とは、全国1万8000人超の郵便局長でつくる任意団体組織、全国郵便局長会を指す。

 郵便局員に年賀はがきや生命保険の販売ノルマがあるのと同様に、郵便局長にも選挙の得票を集めるための後援会員集めのノルマがあることを著者は突き止める。しかも、そのノルマとは、局長の採用や人事の実質的な権限を任意団体の局長会が握る、という特殊な「ひずみ」を民営化以前から引き継ぐことによって機能しているものだ。

 局長会は3年に1度の参院選に自前の候補を担ぎ出し、自民党の公認を得て全国比例区に立たせ、職域団体としては随一の得票をたたき出す。その裏では、上場企業・日本郵政の主要子会社である日本郵便の重要な権限であるべき局長人事の裁量が、自民党の得票集めに悪用されている疑いがある。

 そうした取材の蓄積と情報網のうえに放たれた一級のスクープが、2021年の「局長カレンダー問題」だった。

 郵便局長が撮った写真で構成されるカレンダーに日本郵便の経費が3年で8億円も使われ、全国の郵便局に配分されたカレンダーは局長会の政治活動に流用された。選挙に協力したお礼として、あるいは後援会員に誘い入れる道具として。少なくとも複数の地方組織では、一般の客に安易には渡さず、局長会が擁立する候補者に投票しそうな人たちを見繕って配るよう指示していたことが判明した。

 ところが、これほどの証拠が突きつけられてもなお、会社側は局長会をとがめなかった。「会社とは別組織の任意団体」「郵便局の客と有権者はおのずと重なる」といった奇天烈な主張を押し通し、詳しい調査は行わずに明確な事実認定さえ避け、軽い処分で済ませてうやむやにした。

 これほど会社が局長会に気を遣うのはなぜか。ここに郵政最大のタブーがあり、組織を腐らせる病理が隠されている。

 著者がたどり着いた結論は本書に譲るとして、ここからは私なりの答えを示したい。

利用者が減っても郵便局は減らない

 郵政の不祥事が明るみに出るたびに、「民営化は失敗だった」との評が聞こえてくる。でも、果たしてそうだろうか。間違いではないが、正確ではない、と私は考える。結論を先に言えば、「失敗はしているが、間違ってはいない」ということだ。

 民営化当初の目的は、民間でできることは民間に任せる、という当たり前のことだった。郵政事業には、社会の常識を取り入れて経営の自由度を広げ、税優遇などの「隠れた国民負担」をなくすことも期待された。

 官営だった郵政事業の末期は、ずさんな事業運営がそこかしこに残されていた。経費の使い込みや物品の横領が横行し、ペットや死人の名前で貯金口座や保険契約がつくられ、郵便局長には法外な局舎賃料が漫然と払われ続けた。

 そんな時代と比べれば、民間とほぼ同じルールが適用されたいまは、「だいぶまともになった」と評価できる。

 むしろ問題なのは、世間の常識を取り入れて「まともになる」ペースがあまりにも遅すぎることだ。自ら抵抗している、と言ってもいい。

 本来なら、事業やサービスの改善と改革に正面から向き合うべきところ、局長会や労働組合が政治運動に奔走し、連動する政治に会社と現場が振り回されてきた。サービス提供事業者としての本分を蔑ろにした結果、民営化から20年近い歳月を費やしながら、とりわけ郵便局の窓口は昔とほとんど何も変わらずにたたずむだけで、時代の趨勢から取り残されている。

 そのツケを払わされるかのように、郵便料金は昨秋、一気に3割も値上げされた。21年には土曜の配達が、22年には平日の翌日配達もなくなった。手紙の数量が減り続ける以上、一定の値上げや品質低下は(たとえ民営化せずとも)当然の流れだが、本来ならペースをもっと和らげることができたのではないか。

 手紙をやりとりする「郵便サービス」では値上げや品質低下が急ピッチで進むのとは対照的に、「郵便局」の数は過去四半世紀でほぼそのまま温存されている。

 いくら利用者が減っても、決して数を減らしたくない理由があるからだ。

数百億円の国民負担も

 じつは、郵政グループの幹部の間でも、「郵便局数の削減」を急ぐ必要があると考える者は相当数いる。客が片手で数えるほどしかこない、ATMしか使われない、という郵便局でさえ、週に5日、朝から夕方まで人を置いて窓口を開け続けているからだ。

 郵便の集配に携わるのは3200局程度で、残る2万局超は来客をただ待つばかり。これらの営業費用は年間1兆円規模で、そのほとんどが赤字の郵便事業とゆうちょ銀行・かんぽ生命の収益でまかなわれている。

 ところが、昨今話題になっているフジテレビと同様、「ものを言えない組織風土」が郵政でも完全に定着してしまった。その要因は鵺のような局長会組織とそこに群がる自民党などの政治家に原因がある。

 局長会は会員に多額の費用負担を強いることで、毎年数十億円の局長マネーを動かす。集めたお金は、組織の活動費となり、自民党の党費と化し、パーティー券費用にもなって与野党の政治家へ注がれる。

 局長たちは入会時に政治活動への参加を約束させられ、組織は彼らを土日に稼働させる。その無償の動員が参院選はもちろん、地方選でも発揮され、首長や地方議員にも影響力を持てる。

 つまり、郵便局の数は組織の人員獲得に直結し、「集金力」と「集票力」を支える源泉となっている。それが決して手放したくない利権であるのは言うまでもない。

 その局長会がいま、政治家たちとタッグを組んで取り組むのが、客足が遠のく郵便局網への「財政支援」を法改正で誘導し、毎年数百億円規模の国民負担を新たに引き出すことだ。

 じつは2019年にも、グループ企業間取引の一部の税負担をなくすことで、年200億円規模の国民負担をうみだす制度がつくられた(しかも制度運用という無駄な業務まで増やして)。

 法改正が実現すれば、毎年600億円超の国民負担が新たに生じる可能性がある。それほどの「安定収入」を取りつけられるのなら、経営層も大歓迎で、だからこそ局長会の声を無下にはできない。

 ただ、財政支援の口実として、郵便局にはマイナンバーカードの手続きといった「新事業」が強く求められるようになる。需要があるかどうかも怪しいサービス導入にも相応のコストはかかる。

 まして郵便局の現場はいま、深刻な人手不足にあえぐさなかにある。喫緊の課題は、無理やり仕事を増やすことでなく、より少ない人員でも「必要なサービス提供」を持続可能にしていく試みだ。しかし、結局、政治に翻弄され、サービス改善や顧客のニーズが疎かにされる本質はあまり変わっていないのかもしれない。

 無思慮で無計画にも映る法改正が、そのまままかり通るのか。今国会の後半戦に注目するといい。

宮崎拓朗『ブラック郵便局』(新潮社)
  1. ◎藤田知也(ふじた・ともや)

早稲田大学第一文学部卒業、同大学院修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局をへて2002~12年に「週刊朝日」記者。経済部、特別報道部を経て、19年から経済部。著書に『郵便局の裏組織』(光文社)、『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『やってはいけない不動産投資』(朝日新書)など。

  1. ◎宮崎拓朗(みやざき・たくろう)

1980年生まれ。福岡県福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。

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