臨床と研究の両分野で不祥事が相次ぐ (C)kawamura_lucy / stock.adobe.com

 東京大学医学部附属病院の整形外科准教授が、医療機器の選定権限を背景に日本エム・ディ・エム(JMDM)社の元営業所長から約70万円を受領したとして、警視庁に収賄容疑で逮捕された。

 11月24日、藤井輝夫・東京大学総長は「本学教員の逮捕を受けて(総長メッセージ)」というメッセージを発表した。この中で、「医学系研究科・医学部・医学部附属病院の組織体制や運営にどのような問題があるのかを明らかにし、その根本的な解決を図り、健全かつ持続可能な病院等の運営を実現します」と述べている。私は、藤井総長の意向に賛同する。この機に膿を出し切って貰いたい。

 今回の逮捕劇で東大医学部および附属病院に世間の関心が集まっているが、不祥事は今回に限ったことではない。近年、臨床・研究の両分野で不祥事が相次ぎ、そのレベルの低下が懸念されている。本稿では、その実態をご紹介したい。

隠蔽された医療事故

 医療機器メーカーが関わる不祥事も、これが初めてではない。2018年9月には、新型カテーテル「マイトラクリップ」を用いた治療中に重大な医療事故が発生した。僧帽弁逆流による重度の心不全を患っていた患者が治療を受けたものの、術後16日目に血気胸を起こして死亡した。

 マイトラクリップは前年に販売が始まったばかりの新しい医療機器で、厚生労働省は使用対象を「左室駆出率30%以上」の患者に限定して承認していた。左室駆出率は心臓の収縮能の体表的な指標の一つで、50%以上が正常とされており、その数値を基準として心疾患患者の状態を把握している。しかし、この患者の駆出率は17%と明らかに適応外であり、本来使用すべきではなかった。結果的に、基準を逸脱した治療を試みたことが、命を奪う結果となった。

 私は、東大病院の担当医が厚労省の定める適応基準を守らなかったこと自体を非難するつもりはない。現場では、患者の望みに応じて基準を超えた治療が行われることもあり、患者には新しい治療に希望を託す権利がある。

 しかし、どのような経緯であっても、治療の結果が悪ければ、経過を正直に家族に説明する責任がある。

 ところが、主治医は、死亡診断書で「病死・自然死」にチェックを入れ、「手術」の欄は「無」と記載。さらに、日本医療安全調査機構への報告も行っていなかった。こうした対応は常識的に見て異常である。

 その後、この事件を総合情報誌『選択』と「ワセダクロニクル(現Tansa)」が報じた。この報道をきっかけに、参議院厚生労働委員会で足立信也議員(外科医、現大分市長)が、「報道が事実なら完全な隠蔽」と批判した。さらに、翌2019年1月16〜17日、厚労省関東信越厚生局と東京都福祉保健局が東大病院に立ち入り調査を実施した。

 東大病院は強硬だった。1月17日、病院は報道各社に「回答書」を送付し、ワセダクロニクルや『選択』を念頭に「断片的な情報に基づく報道が事実と乖離している」と反論した。

 しかし、ワセダクロニクルは2月7日、「回答書は『支離滅裂』と東大専門医」という内部告発を報道。朝日新聞など複数のメディアが、東大病院が方針を変更し、日本医療安全調査機構に死亡事例を報告したと伝えた。死亡診断書の記載ミスを、病院が事実上認めた形である。関係者は責任をとらず、処分もされなかった。

 なお、この医療事故を起こした循環器内科の責任者は小室一成教授であり、彼は過去にも不正を指摘されている。2014年、小室教授が千葉大学在籍中に主導したノバルティスファーマ社の降圧剤「ディオバン」の臨床研究において、データ改竄の疑いが浮上し、千葉大学の報告書では収縮期・拡張期血圧の約45%に誤りがあったとされた。

 これを受けて日本高血圧学会は論文を撤回し、東大にも処分が求められたが、東大は動かなかった。2023年3月、小室教授は定年で東大を退官し、現在は、国際医療福祉大の副学長を務めている。

 小室教授が2020~22年に製薬企業から講師謝金などの名目で個人的に受け取った額は3794万円に上る1。3年間で279回もの製薬企業の業務をこなしており、これで教室員を十分に指導できるとは思えない。こうしたトップの姿勢が、マイトラクリップ事件やディオバン事件に影響した可能性は極めて大きいと考えられる。

「査読逃れ」を狙い雑誌を創刊、科研費獲得

 このような不祥事は氷山の一角だ。2010年代に入り、東大病院は数多くの不祥事を繰り返してきた。

 その発端とも言えるのが、2012年10月に発覚した森口尚史医師(形成外科)によるiPS細胞を用いた心筋移植手術の研究不正事件である。当初は森口氏単独の暴走と報じられたが、実際には東大病院の関係者が複数関与していたことが明らかになった。中でも主導的立場にあったとされるのが、当時形成外科の助教を務めていたM氏である。

 M氏は2010年から自身の科研費を使って森口氏を特任研究員として雇用し、共に多数の不正論文を発表していた。調査の結果、森口氏が筆頭著者、M氏が共著者となっていた6本の論文すべてに不正が認定された。

 さらに驚くべきことに、彼らは捏造論文を発表するために、医学雑誌「Academic Collaborations for Sick Children(ACSC)」を自ら創刊していた。この雑誌は2009年にM氏を中心に創刊され、2010年からは森口氏が編集責任者に就任。彼らはこの雑誌に多数の論文を投稿し、査読のない場で「実績」を積み重ね、科研費獲得の根拠としていた。

 実際、M氏は小児血液癌患者の妊孕性温存をテーマに2000万円超の科研費を受給し、その報告書にはACSC掲載論文が多く含まれていた。2011年には、国際共同研究を名目に約1億6000万円の科研費も得ている。にもかかわらず、東大医学部は責任を十分に追及することなく、M氏を2014年3月末で退職させ、民間病院への異動で事態を収束させた。

「殺すぞ」「金を持ってこい」

 2014年には患者の個人情報の流用が発覚した。血液・腫瘍内科の黒川峰夫教授が、白血病治療薬の臨床研究において、患者の同意を得ずに製薬企業ノバルティスファーマに治療歴などの個人情報を提供していた。

 ノバルティスからは医局への奨学寄付金とは別に、黒川教授個人に2013年度だけで148万円がコンサル料名目で支払われていた。

 がん治療歴といった機微な医療情報を、本人の同意なく営利企業に提供する行為は、単なる研究不正にとどまらない。これは守秘義務に明白に反し、医師としての倫理に反する重大な背信行為である。それにもかかわらず、東京大学はこの問題を、文書による「厳重注意」のみにとどめ、事実上、不問に付した。

 さらに、今年60歳を迎えた黒川教授は、医学部が独自に実施する定年延長の審査を通過している。「自浄作用がない」と批判されても仕方ない。

 2014年には入試不正も発覚した。同年3月31日、天野史郎・眼科教授が諭旨解雇されたのだ。問題とされたのは、4年前に教授へ昇格した際、大学院進学を希望していた医局員の親から「昇格祝い」として現金100万円を受け取っていたことだ。天野氏は医局員の博士課程入試の試験委員であり、さらに指導教員でもあった。

 東大側は「医局員は不合格で、問題の漏洩や便宜供与の事実は確認されていない」と釈明したが、額面通り受け取る人はいないだろう。この件では、大学が厳正な対応を取り諭旨解雇に踏み切ったが、他の不祥事との比較では異例とも言える厳しさだった。

 ここまで不祥事が続くと、周囲の信頼を失う。2016年8月には、東大の6研究室から発表された22報の論文に不正の可能性があると指摘された。この中には前出の小室教授や門脇孝・糖尿病代謝内科教授ら5人の医学部の教授が含まれた。

 特に門脇教授の研究室によるアディポネクチン関連の7報では、実験データの誤差を示すエラーバーが不自然に加工されていたり、キリの良い日(700日、710日など)にマウスが集中して死亡していたなど、18箇所の不自然なデータ処理が指摘された。

 門脇教授は「根拠のない誤った告発」と反論したが、サイエンスライターの託摩雅子氏が「論文不正の告発を受けた東京大学(2)その解析方法の衝撃」という論考を発表するなど、その説明に納得する人は少なかった。

 この時も東大は門脇教授らを処分せず、門脇教授は定年退官まで勤め上げ、現在は日本医学会会長、虎の門病院院長の要職にある。

 門脇教授も、2020~22年の3年間に、製薬企業から依頼された190回の講演などをこなし、2578万円を個人的に受け取っている2。これで、東大教授や虎の門病院長が、まともに務まるのだろうか。

 極めつけの不祥事は、今年5月に発覚した性接待強要疑惑だ。日本化粧品協会などが、共同研究を進める佐藤伸一・皮膚科教授らに対し、高級クラブや性風俗店での接待を強要されたとして、総額約4239万円の損害賠償を東京地裁に提訴した。訴状などによれば、研究契約を名目に接待費用の支払いを要求し、「殺すぞ」「金を持ってこい」と脅迫音声が存在することも明らかになっている。現在、警視庁の捜査が進んでいるようで、刑事事件として立件される可能性が高い。

 佐藤教授も、2020~21年(2022年は開示されていない)に141回の製薬企業から依頼された講演などをこなし、総額2190万円を個人的に受け取っている3。このあたり、小室教授、門脇教授と状況は酷似する。

東大の論文数は、国公立医学部50校中12位

 この間、東大医学部は着実に地盤沈下を続けている。医療ガバナンス研究所が2016~2018年にかけて、米国国立医学図書館のデータベース「PubMed」に収載されたコア・クリニカル・ジャーナルの論文数を調査したところ、東大は医師100人あたり23.2報で、国公立大学医学部50校中12位にとどまった。これは和歌山県立医科大学や山梨大学と同程度であり、トップの京都大学(44.3報)や旧・東京医科歯科大学(36.5報)、名古屋大学(28.8報)に大きく差をつけられている。

 東大医学部は2009~2012年の調査で全国5位だったが、その後の低下は著しく、存在感の後退が否めない。

 東大医学部は、明治以来、先人たちが築き上げてきた国民の貴重な財産である。その卒業生には、森鴎外、ペスト菌を発見し慶應義塾大学医学部を創設した北里柴三郎、長野県佐久を舞台に農村医療を切り拓いた若月俊一、戦時下の文部大臣を務めた橋田邦彦、東京都知事として東京五輪を開催した東龍太郎、安田講堂事件で「最後の時計台放送」を行ったとされる今井澄など、毀誉褒貶はあれど、時代を動かすスケールの大きな人物が数多くいた。

 ところが、近年の東大医学部の幹部は、あまりにもスケールが小さい。本業そっちのけで、製薬企業のアルバイトに精力を割き、不祥事が発覚したら、頬被りを決め込む。これで部下の信頼が得られる訳がない。このような人物は、本来、教授にもっとも相応しくない。東大医学部の腐敗は、長年にわたる教授人事の失敗が原因である。

 今こそ東大医学部は、その伝統と誇りを胸に、自浄と再生への歩みを始めてほしい。システムやガバナンスなど抽象論をこねくり回すのではなく、人格者で、若者の教育に情熱を注ぐ教授に相応しい人を招聘することだ。再び、日本の医学を牽引する存在となることを心から願っている。

1,2,3 医療ガバナンス研究所『YEN FOR DOCS』(製薬会社から医師への支払い情報データベース)

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。