動き出した中国の対台湾「文化統一」戦略

執筆者:野嶋剛2009年12月号

キーワードは「中華文化」。中国と台湾で奇妙な共存を続けてきた「ふたつの故宮」の初共同展を機に、中国の統一工作が始まった。[台北発]中華世界において「文化」の影響力は日本人や欧米人が想像するよりはるかに大きい。なぜなら、「文化」こそが中華五千年の歴史を現在に伝える唯一の遺産であり、その保有者は歴史継承のレジティマシー(正統性)を証明できるからだ。過去に権勢を極めた中国歴代王朝の皇帝たちの多くが文物収集に血道を上げたのもそのためだった。 中華文化の粋を集めた故宮博物院は、中華の核心的価値である「文化」のありかを内外に広く知らしめる場所である。ところが現在、中国・北京と台湾・台北に同名の故宮博物院が存在している。「ふたつの故宮」の奇妙な共存は、中華を二つに割った共産党と国民党の内戦がいまなお未決着であることの証左でもある。 故宮文物の運命は実に波乱に満ちている。清朝皇帝のコレクションだった膨大な文物は一九一一年の辛亥革命で孫文が打ち立てた中華民国に継承され、新国家の故宮博物院として生まれ変わった。しかし、日中戦争の動乱で文物は長い流転の旅に出る。一九三三年に一万三千箱の文物が列車で上海に運ばれて以来、湖南省や四川省を経ながら疎開を続け、日本降伏後の一九四七年にようやく南京に戻った。だが安息の時は短く、国共内戦で蒋介石は文物の台湾移転を指示。四八年末から四九年にかけて、えりすぐった三千箱が貨物船などで台湾に渡った。大陸の新中国は北京の紫禁城に故宮を再建。台湾でも六五年に台北郊外に壮麗な故宮が建設された。

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