「いうなれば阪神大震災は『パンドラの箱』だった。(中略)それと同じように、大地震をきっかけに、この国や社会の矛盾、災厄、憎悪、絶望……が一挙に噴き出した。それが阪神大震災の『意味』なのではないだろうか」(和田芳隆『復興の闇・都市の非情』五月書房刊 一九〇〇円)

「寡黙なノンフィクション」とでも評すればよいのだろうか。本書には内容全てを端的に俯瞰できる件があまり見当たらない。そして、饒舌に何かを語るということもない。しかしそれでいて、地震が発生した九五年一月十七日からの五年間に神戸で何が起こったかをこれほど雄弁に伝えた書には、そう出会えるものではないだろう。

 寡黙でありながら雄弁。この矛盾は、ルポルタージュという手法への和田芳隆氏の徹底的なこだわりに起因する。著者は被災地を歩いて目にした光景、インタビューで聞き取った証言、探し当てた記録、資料だけに神戸を語らせた。この手法が説得力を与え、地震という災厄が引き起こした残酷な現実を際立たせている。

 人、街、港、道という都市を構成する要素を章立てに利用したアイデアも効果的だ。本書はあくまで阪神大震災の記録だが、神戸という街をテーマに現代日本が抱える病巣に切り込んだ一級のノンフィクションでもある。例えば港の章では、いまだタブー視される被差別部落問題に踏み込んでいる。戦前の神戸がマッチの生産拠点、輸出港であり、被差別部落出身者が安価な労働力だった歴史を繙き、復興を目指す住民間の軋轢に差別感情が影を落とした事実を証言をもとに書き記している。

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