揺らぐ「金融王国」スイス

執筆者:大塚和重2000年10月号

世界的に高まるマネーロンダリング批判の中で、「秘密主義」が窮地に[チューリヒ発]一九九五年、一人の黒人青年がスイス・チューリヒの大手銀行、クレディ・スイスの店舗を訪れた。彼が開いた鞄の中身を見て、銀行の担当者は思わず息を飲んだ。そこには二億ドルの現金が詰まっていたからだ。青年の名はモハメド。当時ナイジェリアで軍事独裁政権を敷いていたサニ・アバチャ将軍の、二十六歳になる息子が預金口座を作ったのである。 アバチャ将軍は九三年のクーデターで政権を奪取後、九八年に心臓発作であっけなく世を去るまで、独裁と人権侵害で国際的な批判を浴び続けた。死後、国外の複数の銀行に巨額の秘密口座を持っていたことが発覚する。ナイジェリア政府によると、将軍は政権にあった期間中、国庫から四十三億ドルを奪い、スイス、フランス、英国などの口座に違法に移したという。 ナイジェリアのオバサンジョ大統領は九九年十月、関係各国に資金の返還と捜査協力を要請した。スイス政府は今年初め、アバチャ将軍本人や親族などの名義で約百四十の口座に預金してあった約六億五千万ドルを発見、凍結した。フィリピンのマルコス元大統領の隠し資産、約五億ドルを上回る、スイス史上最大のマネーロンダリング(資金洗浄)事件である。

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