拉致日本人「一部帰国」を匂わす北朝鮮の謀略

執筆者:春名幹男2000年11月号

「大変な騒ぎですよ。これでまた元に戻りましたね……夜も眠れません」 十月下旬、金沢の寺越友枝さんに北朝鮮から電話がかかった。受話器の向こうの声から落胆の様子がうかがえた。友枝さんにそう語ったのは、現在平壌で職業総同盟副委員長を務める息子の武志さん。武志さんは三十七年前、日本海で漁船に乗っていて行方不明になり、近年になって生存が確認された人だ。共同通信金沢支局はそんなニュースを伝えた。「大変な騒ぎ」というのは森喜朗首相がブレア英首相との会談で漏らした、日本人拉致疑惑をめぐる「第三国発見方式」問題のことだ。 武志さんは行方不明当時中学生。北朝鮮側の説明だと、漂流した船上で発見され、救助されたという話だった。二十年以上もたって生存が分かり、一時帰国する話になっていたはずだ。一緒に乗船していた親族は行方不明で、状況に不審な点もある。だが、武志さんは日本政府が「認定」した七件十人の拉致疑惑の被害者には含まれていない。電話の調子からすると、森発言のおかげで、武志さんの一時帰国の可能性が遠のいた、ということのようだ。 この問題で北朝鮮側のガードはそれほど堅い。つまり、一九七七年新潟市で行方不明になった横田めぐみさんや、八七年の大韓航空機爆破事件の金賢姫元死刑囚の「日本人化」教育係だった李恩恵こと田口八重子さんらは「はっきり、返さないということでしょう」と、国際情報筋は言う。

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