「不可能という意味をもたされた青いバラとは、(中略)迷い道に立つ人に、人と人、人と動物、人と植物との関わりを気づかせるための道標だったのではないかと思えてならない。 そして、今、改めて読者に問いかけたい。青いバラができたとして、それは本当に美しいのだろうかと――」(最相葉月『青いバラ』小学館刊 一六〇〇円) 花屋に並ぶ色とりどりのバラの中に、青い花はない。青い色を出す色素を持たぬがゆえであり、「青いバラ」という言葉には事典において「不可能」なる意味合いまで与えられた。しかしながら、遺伝子操作技術の発達により、この幻の花が咲き誇る日もそう遠くないと報じられている。『絶対音感』で知られる著者はそのニュースに違和感を覚え、そして自らの違和感を解き明かそうと思い立つ。 本書の中心となるのは、「日本のバラの父」であり、世界的にも「ミスター・ローズ」として知られたバラ育種家、故・鈴木省三氏との対話である。並行して著者は、日本におけるバラの歴史、バイオテクノロジーの進歩、青いバラを目指す交配の変遷など、多面的な分野を丹念に辿ってゆく。そこから紡ぎだされるのは、ギリシア・ローマ神話にもエピソードをもち、創出への試みは十二世紀にも遡れるというこの幻の花に寄せられた、古今東西の人間の思いの歴史である。

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