テロリストの誕生(13)襲撃の朝

執筆者:国末憲人2015年7月24日

 クアシ兄弟のうちフランス・シャンパーニュ地方ランスに住む兄サイード・クアシは、相変わらず定職を見つけられないでいた。移民家庭の出身であること、学歴にも技術にも乏しいこと、イスラム原理主義に固執した生活スタイルに加え、視力が弱いことも、就職の障害となっていた。することがなく、1日中ゲームで時間をつぶすこともあった。妻のスミヤ・ブアルファも持病を抱え、働きに出られなかった。しかし、一家が暮らす低所得者向けアパルトマンで、そのような境遇は特に珍しいわけでもなかった。

 1月7日、サイードはよく眠れぬまま朝を迎えた。興奮していたわけではない。前日の6日、一家そろって食中毒に見舞われたからだ。

 妻スミヤも、2歳の子どもも、みんな当たって寝込んでしまった。サイード自身も、6日の日中をベッドの上で過ごした。健康状態を心配した弟のシェリフが電話をしてくるほどだった。サイードは、夜になっても嘔吐を繰り返していた。

 7日朝、しかしサイードは予定を変更しようとしなかった。『ルモンド』紙によると、彼は寝ている妻を起こし、外出を伝えた。「今晩か明日には戻る」という言葉を妻スミヤは覚えている。もちろん、彼は2度と帰って来ないのだが。

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