天女の白髪

執筆者:阿川佐和子2023年8月31日
イタリアンにしても洋風にしても美味しく食べられる素麺の底力(画像はイメージです)

 素麺の季節がやって来た。

 なんと素麺は愛おしい食べ物であろうか。世界に麺を名乗るものは数あれど、これほど繊細にして滋味深い麺は他にないと思われる。

 素麺に近いとおぼしきは、パスタの種類の一つ、カッペリーニだろう。

 初めてカッペリーニを食べたのはニューヨークのとあるイタリアンレストランだった。四十年以上昔のことだ。ニューヨーク在住の知人に連れられて、薄暗い照明の店内で、その皿は運ばれてきた。当時、私はそんな極細のパスタを見たことも食べたこともなかったので驚いた。

「え、これがスパゲッティなんですか?」

 薄暗闇の中、皿を凝視していると、

「これね、エンジェル・ヘアっていうの。今、ニューヨーカーの間で人気があるのよ」

 天使の髪の毛? なるほど粋な名前をつけたものだ。口へ運ぶと、たしかにお洒落な味がした。と思うが、それがトマトソース味だったか塩味だったか。具はなんだったか。冷たいパスタか温かいパスタか。定かな記憶はない。ただその繊細な麺の細さに驚いたことだけははっきりと覚えている。そして心の中で、「素麺みたい」と思ったのも事実である。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。