英国・アイルランドでは、頭文字を大文字で表記する「The Troubles」という特別な言い回しがある。日本語として定着している「トラブル」という一般名詞のイメージとは違い、この言葉には血生臭い歴史が染みついている。テロや弾圧で3000人以上の死者を出した北アイルランド問題を指す婉曲表現だからだ。

 当初は2019年3月末にセットされていたブレグジット(英国のEU=欧州連合=の離脱)は、ギリギリで先送りとなり、なお英政界の混乱で先が読めないカオスが続く。この迷走の最大の要因はEU加盟国であるアイルランドと英領である北アイルランドの間の国境、いわゆる「アイリッシュ・ボーダー」問題だ。なぜ、わずか500キロほどのこの国境が解決不能な難題なのか、日本人には理解に苦しむところ。このTroublesの根深さを肌感覚で知る格好の教材が『MASTERキートン』(小学館)だ。

「ギャング同士のケンカ」

 日・英ハーフの英国人、平賀=Keaton(キートン)・太一を主人公に据えた本作は、1988年から1994年までビッグコミックオリジナルに連載された浦沢直樹の代表作の1つ。キートンは考古学者、英特殊空挺部隊SASの元隊員、探偵(保険会社ロイズの調査員=オプ)という3つの顔を持つ。このユニークな経歴のキートンが様々な事件に巻き込まれ、冷戦終結前後の複雑な国際情勢を反映したスリリングなストーリーや、依頼人やキートンの家族・友人のヒューマンドラマが展開される。

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