西光寺隣に痛々しい姿で残る門脇小校舎=2011年12月25日(筆者提供)

 

 東日本大震災から8年が過ぎ、時は平成から令和へと移った。

 被災地をめぐって流れる時間がもたらしたものを、風化といい、過去といい、再生といい、復興という。そして、それらの言葉からも傷つけられ、喪失の痛みに絶えず死を思い、終わらぬ悲しみの渕に黙然と生きてきた人々がいる。

 あの日、我が子らを津波で失った遺族。

 震災の取材で出会い、縁を重ねた親たちを再訪した。聴いたのは「また会える」という言葉だ。

 人は極限の苦しみから何によって生きる力を得、愛する者の魂のありかをどこへ求めるのか――。                                 

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