1992年の「モスク破壊」の様子(C)AFP=時事

 

 ヒンドゥー教神話の英雄・ラーマ王子の生誕地とされるインド北部・ウッタルプラデシュ州アヨディヤ。この地にあったモスク(イスラム礼拝所)を1992年にヒンドゥー右派勢力が「もとはラーマ寺院があった場所」として破壊して以降、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が長年、土地の所有権を争っていた問題で、同国最高裁が11月9日、判決を下した。

 ラーマを祀る寺院再建を前提に、新たに設立する政府系財団に跡地を譲渡するよう命令するとともに、イスラム教徒団体には別途、代替用地を提供してモスクの再建を認める判決を言い渡した。ヒンドゥー教徒側の主張を認めつつイスラム教徒にも一定の配慮を示した形で、これにより流血と宗教間分断をもたらした紛争はようやく決着した。

 ムガル帝国・バーブル皇帝時代の1528年に建設されたモスク「バブリ・マスジド」と、その跡地を巡っては、160年以上にわたってヒンドゥー、ムスリム(イスラム教徒)両勢力が対立。1992年のモスク破壊事件は、その後一連の宗教対立と暴力によって2000人以上の死者を出すインド現代史上の一大汚点となった(2018年10月17日 モディ政権」存続のカギを握る「ヒンドゥー」「イスラーム」宗教対立)。

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