混迷の度を深めている「ポスト・リー・シェンロン」(C)EPA=時事

 

過去になりつつある「明るい北朝鮮」

 かつて、シンガポールの「建国の父」リー・クアンユーは、ファシズム(全体主義)的手法をベースに特異な権威主義・エリート主義的統治モデルを構築して、シンガポールを発展させた。その統制的・強圧的な社会体制を揶揄する表現として、日本では「明るい北朝鮮」という表現が独り歩きしてきた。

 この表現自体、厳密な定義・検証を欠いたものであるが、2010年代以降の現実を鑑みれば、「明るい北朝鮮」と言われたシンガポールは、もはや過去になりつつある。政府も無視できなくなった国民の意識変化が原動力となり、「ポスト・リー・ファミリー」時代に向けた準備とあわせ、民主主義的統治への漸進的だが不可逆な変化が進んでいる。

都市国家の生存を賭けた「国家発展」

 1965年にマレーシアから分離・独立したシンガポールは、歴史的に密接なマレー半島という後背地を失い、都市国家としての生存を余儀なくされた。この状況下で国家建設に臨まねばならなかったリー・クアンユーは、特異な統治モデルを構築していった。

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