習近平指導部の対米認識は甘いのではないか

執筆者:宮本雄二2021年9月17日
習近平氏(中央)は依然として「優しい顔」の米国を前提としているように見受けられる(2015年9月の公式訪米。バイデン副大統領=当時、ケリー国務長官=当時と)  ©︎AFP=時事

   9・11米国同時多発テロ事件の発生から20年が経過した。米国と世界に大きな影響を与えたこの大事件は、米中関係にも大きな影響を与えた。この事件さえなければ、あの時点で、米国の対中姿勢に、かなりの修正が行われていた可能性があったからだ。修正が行われなかった結果、世代交代が進むごとに、中国側の対米認識はかなり甘くなってきた気がする。毛沢東、周恩来、鄧小平などは、朝鮮戦争を戦い、米国の「怖い顔」を知っていた。江沢民、胡錦濤は、それでも米中の国力差が大きく、米国の主張に中国も配慮した対応をした。それが、爪を隠し時間を稼ぐ「韜光養晦(とうこうようかい)」の外交政策の求めるものであったからだ。

   現在の指導部は、1972年の米中共同声明以来の米国の「優しい顔」しか見てこなかった。米国がもう一つの「怖い顔」を持つことをあまり自覚していないように見受けられる。「優しい顔」とは、米国が中国の立場に最後は歩み寄るという意味だ。例えば人権問題についても、提起しないか、提起しても、そのうちウヤムヤにする。台湾問題でも、最後は中国の立場に一定の配慮をして、事案を終わらせる。だが「怖い顔」の米国は、自分の言うことを聞かせるために遠慮なく腕力も使うし、あきらめない。米国の地位が挑戦を受けていると判断したときは、特にそうなる。日本も、日米貿易摩擦のときに経験した。

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