2022年3月13日、ドイツ南部シュツットガルトで、ウクライナ戦争に反対するデモに参加する男性が「Close Gas-tap(ガス栓を閉めろ)」と書かれたプラカードを掲げていた ©AFP=時事
ロシアがパイプラインで外国に送る天然ガスの約85%が欧州向け、中でもドイツの依存度は群を抜く。しかし欧州がエネルギー転換に成功すれば、それは逆にロシアの打撃となる。欧州の苦境は確実だが、ドイツは26年までに26兆円の投入を決定。

 ウクライナ戦争は、エネルギーが欧州のアキレス腱であることを露呈させた。対ロシア経済制裁措置で最も効果があるのは、EUの天然ガス輸入停止だ。

 しかしドイツは「製造業界が深刻な打撃を受ける」として難色を示す。ロシアの天然ガスの呪縛から逃れるための道は険しい。

1日に1300億円をロシアに支払うEU企業

 エネルギー禁輸をめぐって、欧米の足並みが乱れている。米国のジョー・バイデン大統領が3月8日にロシアからの天然ガスや原油などの輸入禁止を発表したのに対し、欧州連合(EU)加盟国は3月10~11日にベルサイユで開いた首脳会議でも、エネルギー禁輸措置を打ち出さなかった。

 欧州は国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの大半の銀行を締め出しているが、スベルバンクとガスプロムバンクは排除していない。これらの銀行が欧州との天然ガス取引の決済を行っているからだ。

 欧州諸国は、ロシアのエネルギー産業にとって最大の顧客である。イギリスの石油関連企業BPの「2021年世界エネルギー統計」によると、2020年にロシアがパイプラインで外国に送った天然ガス1977億立方メートルの内、84.8%が欧州向けだった。

 欧州委員会によると、EU加盟国の企業がガス、原油、石炭などのエネルギー源についてロシアに支払っている代金は、1日あたり約10億ユーロ(1300億円・1ユーロ=130円換算、以下同)にのぼる。

 EUは、ウクライナ政府から「ウラジーミル・プーチン露大統領の侵略戦争に、間接的に資金を提供している」と批判されても仕方がない。天然ガスなどのエネルギー源は、ロシアにとって最大の外貨収入源。これを断ち切ることは、プーチン大統領にとって大きな打撃となる。

LNG陸揚げターミナル完成に最速で4年

 EUが禁輸に尻込みする最大の理由は、EUが輸入する天然ガスの約40%をロシアに依存しており、短期的に代替することが困難だからだ。特に依存度が高いのがEUきっての物づくり大国ドイツだ。BPの統計によると、2020年にドイツが輸入した天然ガスの55.2%がロシア産だった。

 同国は2020年にロシアから563億立方メートルのガスを買った。これは欧州諸国がロシアから買った量の33.5%にあたり、一国の購入量としては世界で最も多い。欧州で二番目に多い国イタリア(197億立方メートル)の約2.9倍だ。

 この他ドイツは輸入原油の約34%、輸入石炭の約26%をロシアに依存している。ドイツ政府のロベルト・ハーベック経済気候保護大臣は、3月12日に「ロシアからの原油は、今年秋までに他の国によって代替できる。またロシア産の石炭についても、今年末までに輸入を打ち切る目途が立った」と発言。だが大臣は、天然ガスについては代替が難しいことを明らかにした。

 その理由は、ドイツが液化天然ガス(LNG)の陸揚げターミナルを持っていないからだ。ショルツ政権はロシア軍のウクライナ侵攻が始まってから、北海に面したヴィルヘルムスハーフェンなど2カ所にLNG陸揚げターミナルを建設することを発表したが、完成するのは早くても4年後だ。オランダなどの陸揚げターミナルはすでにフル稼働しており、ドイツ向けのLNGを追加的に陸揚げする余力がない。独連邦経済気候保護省は3月2日、15億ユーロ(約1950億円)を投じて、LNGを天然ガス取引企業Trading Hub Europeに注文したと発表した。しかし具体的な調達先はまだ決まっていない。

 ハーベック大臣は、EUによるエネルギー禁輸に反対する理由をこう説明した。「EUが直ちにロシアの天然ガス、原油、石炭の輸入禁止に踏み切った場合の影響は、自宅での肌寒さを我慢する程度では収まらない。次の冬(2022~2023年)の暖房用ガスが不足する他、経済活動が落ち込み、インフレがさらに悪化する。数十万人が失業し、多くの市民が通勤に使う車の燃料代、暖房費、電力料金などを払えなくなる」

 ロシアの天然ガス禁輸は、この国の経済の屋台骨である製造業界を直撃する。ドイツのエネルギー研究機関Econtributeによると、2020年のドイツのガス消費量の内、37%が化学、製鉄、セメント、製紙など、エネルギー集約型の製造業界で消費されている。これは家庭(31%)、商業・サービス業(13%)、発電(13%)などを上回る。ドイツの家庭の約50%が、ガス暖房を使っている。これを短期間に再生可能エネルギー電力によるヒート・ポンプなどに切り替えることは極めて難しい。

ロシアが初めてガス停止の可能性を示唆

 だがEUは、安全保障の観点からも、ロシアからの天然ガス削減を避けて通ることはできない。その理由は、同国がウクライナ侵攻後、天然ガスを武器として使う可能性を初めてちらつかせたからだ。

 ドイツのショルツ政権は、2月22日に、ロシアからの海底ガスパイプライン・ノルドストリーム2(NS2)の稼働許可申請に関する手続きを停止した。これに対し、ロシア政府のアレクサンドル・ノバク副首相は3月7日に、「我々は、すでに稼働しているパイプライン『ノルドストリーム1(NS1)』による西欧への天然ガス供給を停止する権利を持っている。もっとも、我々はそうした措置を取ると決定したわけではない」と述べた。

 EUは、この発言に衝撃を受けた。ロシアが西欧への天然ガス輸出を止める可能性を示唆したのは、初めてだからだ。こうした不穏な発言は、東西冷戦がたけなわだった1970~80年代にも行われたことがない。ソビエト連邦は、中距離核ミサイルの配備などによって緊張が高まっていた冷戦の時代にも契約を破らず、西欧に対してガスを送り続けたのだ。

 ハーベック大臣は、「ロシア側が最大の収入源である欧州へのエネルギー供給を自ら停止する可能性は低いが、ゼロではない」と語っている。多くのロシア専門家、エネルギー専門家は、2月24日よりも前には、「ロシアがウクライナに本格的な軍事侵攻を行う可能性は低い」と言っていた。その軍事侵攻が実際に起きた今、欧州諸国はエネルギーについても「まさかの事態」に備えざるを得ない。

 ウラジミール・プーチン大統領は、3月11日に「我々は欧州へのエネルギー供給義務は守る」と述べたが、独仏の首脳は彼の発言を鵜呑みにはしないだろう。プーチン大統領は、彼らとクレムリンで会談する裏で、ウクライナ攻撃の準備を着々と進めていたからだ。

EUはロシアからの天然ガス輸入を3分の1に

 このためEUは2022年末までにロシアからの天然ガスの輸入量を3分の2減らし、2027年にはロシアからの天然ガス、原油、石炭の輸入を停止する方針を打ち出した。EUは、今後米国、カタール、エジプト、アルジェリアなどからのLNGの輸入量を増やす他、再生可能エネルギー拡大に拍車をかけること、建物の暖房効率の改善で天然ガス需要を減らすことなどで、ロシアからの天然ガス輸入量を現在の3分の1まで減らすことを目指しているのだ。

 その中で最も多く天然ガス需要を減らさなくてはならないのは、ドイツである。クリスティアン・リントナー財務大臣は、3月6日、ドイツの公共放送連盟(ARD)とのインタビューで、2026年までにエネルギー転換に投じる予算を約82%増やして約2000億ユーロ(約26兆円)にすることを明らかにした。連邦政府は、これまで予定されていた気候保護・エネルギー転換基金の予算額1100億ユーロ(14兆3000億円)を、900億ユーロ増やす。

 大臣によると、この予算は電気自動車(EV)充電器の増設、グリーン水素(再生可能エネルギーによる電力だけで作られた水素)の製造のための水電解施設の建設などのために使われる。また化学、鉄鋼、セメント業界などが製造工程で必要とするエネルギー源を化石燃料から水素や再エネ電力に切り替えるための費用も、この基金から捻出される。製造工程の非炭素化は、連邦政府と製造業界がCCfD(炭素差額調整契約)を締結し、メーカーの非炭素化費用とCO2取引量市場でのCO2の価格の差額を、政府が助成することで行われる。

 ドイツの論壇では、「ウクライナ戦争が長期化した場合、1970年代の石油ショック以来の、厳しい事態が欧州に到来するかもしれない」という見方も出ている。確かにEU諸国は、短期的なエネルギー危機を経験するかもしれない。しかし中長期的な敗者は、プーチン大統領だ。その理由は、彼がウクライナ侵攻によって、最大の顧客EUの脱化石燃料の動きを大きく加速するという事態を招いたからだ。これは、ロシアが最も重要な外貨調達先を失うことを意味する。

 そう考えると、欧州のエネルギー転換は、ロシアの中国への接近に一段と拍車をかけるかもしれない。ウクライナ戦争は、欧州だけではなくアジアの地政学的情勢にも大きな影響を与えようとしている。

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