ブラジル「政治のタブー」となった中絶論争

執筆者:奥田若菜2023年2月14日
アルゼンチンから始まった中絶擁護の「緑の波」運動はブラジルにも波及するか(C)AFP=時事

 

 人工妊娠中絶を厳しく制限する国々が多い中南米では近年、中絶容認へと舵を切る動きがある。しかしブラジルは現在も、特定のケースを除いて中絶が法律で禁じられている。保守派が支持したジャイール・ボルソナロ前大統領の退陣後、中道左派のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ新大統領は中絶に反対するジュネーブ合意宣言からの離脱を表明した。中絶の非刑罰化を訴えてきた女性権利団体はルーラ政権下での中絶議論の進展を期待するものの、中南米各国のような転換が起こるとは考えにくい。

 中南米での中絶擁護運動の流れを概観したうえで、ブラジルにおいて中絶議論が深まらない要因を探る。

ジュネーブ合意宣言からの離脱

 2023年1月1日にルーラ新大統領の就任式が執り行われた。本来ならば前大統領から新大統領へと権限移譲の儀式が行われ、前大統領が新大統領の肩に懸章をかけるが、選挙結果を不服とするボルソナロ前大統領が欠席したため、先住民カヤポのリーダー、低所得者層の黒人少年、障碍者インフルエンサーなど、ブラジルの多様な社会階層と人種を象徴する市民代表がその役割を担った[1] 。

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