ウクライナへの武器供与反対デモを先導する戦車風の車両のハッチから、ショルツ首相の人形が頭を出していた。ドイツ・ドレスデン=1月30日(撮影:村山祐介)
ロシア軍によるウクライナ侵攻から1年が過ぎ、800万人規模の避難民を受け入れてきた欧州社会がきしんでいる。物価高に伴う生活苦のなかで厭戦感情や支援疲れが広がり、「反戦平和」や難民受け入れへの不満を訴えるデモが頻発する。欧州在住のジャーナリスト村山祐介氏が、1年前に取材したドイツ、ポーランドを経てウクライナに至る約2000キロの道のりを再び陸路でたどり、欧州の空気感を探った。

 

 1年前、ウクライナ避難民を献身的に受け入れてきたドイツ社会は揺れていた。

「世界最強」とも言われるドイツ製戦車「レオパルト2」のウクライナへの供与をめぐり、煮え切らない態度だったオラフ・ショルツ首相が1月末、一転して供与に踏み切ったためだ。その直後、「反戦平和」を掲げるデモがドイツ東部で一斉に行われると知り、私は1月30日、中心都市の一つ、ドレスデンを訪ねた。

「反戦平和」デモにロシア国旗

 先導するのは戦車の装飾を施した車両だ。「大砲」の上のハッチからショルツ首相の人形が顔を出している。それに続く群衆の頭上にはロシア国旗や、ロシアとドイツの国旗を斜めに組み合わせた「友好旗」がはためいていた。

 旗を手にした自動車工ローランドさん(37)は言った。

「武器で戦争は止まらない。続くだけさ。ロシアにもドイツにも、ウクライナにとっても問題だ。武器を与えるのではなく、どうすれば対話できるか話し合うべきだ」

 ドレスデンは第2次世界大戦末期、連合軍による大空襲で数万人が犠牲になった。失業中の元教師クリスチャン・プレスラーさん(32)は「ロシアに街を再び破壊されたくない。政府は武器を送るだけ、と言うが、次のステップは完全な戦争だ。徴兵されてロシアとの戦争に巻き込まれるのはごめんだ」と語気を強めた。

 デモを呼び掛けたのは「ドレスデン連帯」を掲げた地元の有志たち。その中心人物で技術者のアルブレヒトさん(36)に「ロシアとウクライナのどちらを支持するのか」と尋ねると、「もちろん親ロシアだ」と言い切った。

「この戦争はロシアが始めたんじゃない。米国が火に油を注いできたんだ」

この夜、ドレスデンを州都とするザクセン州やその周辺地域の計約150カ所でデモが呼びかけられ、反戦を訴えるプラカードを手に行進する様子がSNSに次々と投稿された。

新型コロナで定着した反政府のうねり

 旧東独地域は1990年のドイツ再統一以来、政治や経済を握る豊かな旧西独地域の後塵を拝し、格差を見せつけられてきた。そんな中央政府への鬱屈した思いが新型コロナ対策のロックダウン(都市封鎖)を機に再燃し、ベルリンの壁崩壊につながった「月曜デモ」に倣った毎週月曜夜の定例デモとして定着。戦争で加速する物価高や移民受け入れなど、折々の政府の対応への不満を訴えるプラットホームになった。そこにウクライナへの武器供与問題が新たに加わった。

 主催するのは各地の住民有志だが、ザクセン地域の自治拡大を掲げる右派政治団体「フリーザクセン」が集合場所と時刻の一覧表をとりまとめ、約15万人のフォロワーを抱える通信アプリ「テレグラム」のアカウントで配信している。それに呼応した参加者が各地のデモの様子を撮影して投稿すると、「いいね」やハートマーク、拍手などの絵文字に数千件の反応が寄せられていく。

 デモの一翼を担う「クエルデンケン」(水平思考)運動のマーカス・フス代表(39)は「押しつけはやめて、自分のことを自分で決められるよう政治を変えなければならない。新型コロナで人々は政治に目覚め、毎週路上でデモをするようになりました。ベルリンの壁崩壊以来、ドイツで最大の政治運動です」と手ごたえを見せる。

 

真っ二つの世論

 開戦から1年の節目にあたり、世界中でウクライナ支援集会が呼びかけられた2月24日と翌25日、ドイツでも各地でウクライナをめぐる集会が開かれた。

 独国際公共放送ドイチェ・ウェレ(DW)は、警察情報として、24日にベルリンで開かれたウクライナ支援集会に約1万人が集まったと報じた。

 一方、ドレスデンではこの地に本部を置く極右団体「ペギーダ(西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人)」と、右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が武器供与反対を訴えるデモを開催。左派の人気政治家ザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏らも25日、ベルリンで武器供与反対デモを開き、英ガーディアン紙によると主催者発表で5万人、警察発表で1万3000人が集まった。右派と左派がいわば足並みをそろえて「武器供与反対」「反戦平和」を訴えたかたちだ。

 背景にはウクライナへの武器供与をめぐり真っ二つに割れたドイツ世論がある。

 ドイツ公共放送ARDが1月19日に発表した世論調査によると、レオパルト2の供与に賛成は46%、反対は43%と拮抗した。地域別にみると、物価高が直撃し、ロシアに親しみを持つ人も多い旧東独地域では反対が59%に達し、豊かな旧西独地域の38%との大きな温度差も浮かび上がった。

 ドレスデンの街頭で市民に尋ねると、割れる世論を感じさせる声が相次いだ。

 会社員ヤニー・ロドリゲスさん(33)は武器を供与すべきだと明言した。

「自由と民主主義の問題として、ウクライナを支え続けるべきです。ウクライナを見殺しにすれば戦争を終わらせられると考える人もいますが、私はそうは思いません」

 一方、初老の男性は、戦車供与に反対する自説を滔々と説いた。

「ロシアとウクライナの戦争で、ドイツが前面に立っちゃいけない。第2次世界大戦の反省から、ドイツは戦争と距離を置くことにしたんだ。日本だってそうだろう?」

 保育士ジェニファー・ビーナートさん(22)の思いは揺れていた。

「武器を渡さなければウクライナは壊されてしまう。でも武器を渡せば、戦争がいつまでも続いてしまう。どちらがいいのか分かりません。どっちもばかげています」

反移民感情も再燃

 

 戦争長期化でエネルギー価格や物価が高止まりして暮らしが圧迫される中、難民への排斥感情も再燃しつつある。

 ドレスデンから車で1時間半ほどの小さな農村シュトレルの路上に1月31日夕、村の人口の半分にあたる二百数十人が続々と詰め掛けた。

 元弾薬庫を難民滞在施設に転用する計画が持ち上がり、地元住民への説明会が開かれていた。集まった反対派は「我々は世界の福祉施設ではない」と書いた横断幕を手に抗議の声を上げた。

 中東やアフリカなどから欧州へ130万人近い難民希望者が押し寄せた2015年の難民危機で、ドイツでは難民・移民への暴力や放火など排斥の動きが噴出した。

 建材商ヨハネス・ティーラさん(61)は「難民は自国に帰るべきだ。ここじゃない」と語気を強めた。「シリア人とアフリカ系は問題だらけだった」

 怒りの矛先は、この1年で100万人超を受け入れたウクライナ避難民にも向かう。

「ウクライナ人がここに来るのは金のためだ。戦争はウクライナのごく一部。それなのにバスに乗ってどんどんやってきて、大型SUV(スポーツ用多目的車)を運転して来るのもいる。私は小型車なのに、難民が大型SUV。そんなのだめだ」

 右翼政党AfDの旗もあった。同党地方議員で配管工のフェルディナンド・ウィダバーグさん(66)はうんざりした様子で言う。

「ウクライナ人にアラブ諸国、アフガニスタン人。(難民危機の)2015年よりもっとたくさんだ。アパート暮らしの高齢者が追い出されるのはごめんだ。だから戦う」

 ウクライナ避難民にも不満をあらわにした。

「大型車を持ち、何でもただで手に入る。私たち高齢者は毎月の食費を賄うだけのお金すらないのに。そんなの受け入れられない」

 こうした憤懣が過激化する気配も漂い始めている。

 AP通信などによると、ドレスデンから車で1時間ほどのバウツェンで昨年10月、難民収容施設としてオープン直前だった旧リゾートホテルの建物で放火事件が起きた。ドレスデンでも今年1月下旬、市博物館前に掲げられた「難民歓迎」の電飾の前に、英語とアラビア語で「BACK HOME」と記された横断幕を設置する動画がテレグラムに投稿された。横断幕はすぐに撤去されたが、投稿には3300件を超す「いいね」が寄せられた。

難民収容施設に反対する人たちは「我々は世界の福祉施設ではない」と書かれた横断幕を掲げて歩いた。ドイツ・シュトレル=1月31日(撮影:村山祐介)

 

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