ドイツ左派勢力の「新たな平和運動」に、にじり寄る極右勢力

執筆者:熊谷徹 2023年3月13日
エリア: ヨーロッパ
2021年8月、ドイツ・ワイマール選挙区で演説をするザーラ・ヴァーゲンクネヒト(Wikimedia Commons)

 ドイツ政府がウクライナへの戦車供与を進める中、世論が亀裂を見せ始めた。左翼党有力議員らがベルリンで行った反戦デモには極右AfDも参加。一般市民を巻き込む広がりとは言えないものの、戦争に加担することへの不安と迷いは市民の心に重くのしかかっている。

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 2月25日、ベルリンのブランデンブルク門の前で、ロシア・ウクライナ戦争の即時停戦とロシアとの交渉開始を求める集会が開かれた。主催者の一人で、「左翼党(リンケ)」に属する連邦議会議員ザーラ・ヴァーゲンクネヒト(53歳)は、「ウクライナで起きている殺戮と市民の苦しみに一刻も早く終止符を打たなくてはならない。ウクライナに兵器や弾薬を送り続けることは、無意味な消耗戦を引き延ばすだけだ」と述べ、停戦交渉でロシアが受け入れられる条件を準備するよう要求した。

 ヴァーゲンクネヒトは、「戦争が欧州全体、そして世界全体に拡大する危険を減らさなくてはならない。核戦争の地獄が出現する危険は、大きい」と警告した。聴衆は、「ベアボックを追放せよ」と叫んだ。アンナレーナ・ベアボック外務大臣(緑の党)は、ウクライナへの兵器供与に最も積極的な政治家の一人だ。

 1969年、社会主義時代の東ドイツで生まれたヴァーゲンクネヒトは、左翼党の共同副党首を務めたこともある重鎮だ。左翼党は、社会主義時代の東ドイツの政権党・ドイツ社会主義統一党(SED)の流れを汲む政党だ。ヴァーゲンクネヒトはロシア・ウクライナ戦争勃発以来、ロシアに対し同情的な発言を繰り返してきた。

 この日、ヴァーゲンクネヒトのロシア寄りの姿勢、すなわち反米主義は露骨に現れていた。彼女は演壇の上で「西側諸国の真の狙いは、ロシアを破滅させることだ。ドイツの戦車は、第二次世界大戦でナチス・ドイツと戦ったソ連人の子孫たちに砲口を向けてはならない」と強調した。彼女の出身地である旧東ドイツでは今も、親ロシア、反米の姿勢が旧西ドイツよりも強い。

ハーバーマスも停戦交渉開始を強く訴える

 もう一人の主催者は、フェミニスト雑誌「エンマ」の編集長アリス・シュヴァルツァー(80歳)。一生を男女差別の禁止と戦うために捧げてきたジャーナリストだ。ヴァーゲンクネヒトとシュヴァルツァーは、この集会を「平和のための決起」と名付け、「我々は新たな平和運動を始める」と宣言した。だが2人の呼びかけに対する反応は、今一つだった。

 主催者は「この集会に5万人が参加した」と発表したが、警察が発表した参加者数は1万3000人に留まった。2020年8月にベルリンで行われた、政府の新型コロナウイルス感染防止策に抗議するデモの参加者数(約3万8000人)よりも少なかった。いわんや1981年10月に西ドイツ(当時)のボンで開かれた、中距離核ミサイルの配備に反対する市民のデモの参加者数(約30万人)の足下にも及ばない。

 2人は2月10日にネット上に「平和のためのマニフェスト」という声明を公表し、ドイツ政府に対し即時停戦と交渉開始へ向けて努力するよう要求した。この声明には、約70万人が署名した。

 ドイツで最も著名な哲学者ユルゲン・ハーバーマス(93歳)も、2月15日にドイツの日刊紙「南ドイツ新聞」に寄稿し、兵器供与と並行して停戦交渉への努力を強めるよう求めた

 ハーバーマスは、「欧米諸国はウクライナに大量の兵器・弾薬を供与することで、この戦争について大きな責任を負う」と指摘する。そして彼は「我々がウクライナに供与する兵器の質はどんどんエスカレートしている。それとともに、この戦争が第三次世界大戦に発展する危険も高まりつつある。私には、欧米諸国のウクライナ支援の目的がよくわからない。欧米諸国はウクライナの敗北を防ぐために兵器を送っているのか、それともロシアに勝利するために兵器を供与しているのか?」と述べ、欧米諸国の姿勢を批判した。彼は「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は交渉に応じる姿勢を全く見せていない」と認めながらも、「戦争の長期化でさらに人命が失われるのを防ぐために、できるだけ早く交渉を始めるべきだ。さもないと、我々は将来『この戦争に直接参戦するか』もしくは『ウクライナ支援を打ち切るか』という厳しい選択を迫られるだろう」と警告している。

「新たな平和運動」への批判

 ドイツ社会の主流派の間では、ヴァーゲンクネヒトらの要求について「現実から遊離している」とか、「プーチン大統領が侵略戦争を始めたことを、はっきりと糾弾していない。いまウクライナへの兵器の供給をやめたら、プーチン大統領の思う壺だ。ロシアのプロパガンダ活動に協力している」という批判が強い。

 オラフ・ショルツ首相(64歳)は、3月2日に連邦議会で行った演説の中で、ヴァーゲンクネヒトらの要求をきっぱりと拒絶した。首相は「ロシア軍と戦っているウクライナ人たちの頭越しにロシアと停戦交渉を行うことはできない。ベルリンで『戦争反対』と叫び、ウクライナへの兵器供与の停止を要求しても、平和は実現しない。もしもウクライナがロシアに占領された場合、ウクライナ人がどのような恐るべき扱いを受けるかを、我々は知っているからだ」と述べた。ショルツ首相は、この戦争の最大の被害者であるウクライナ人たちの自由をもっとも尊重するべきだと主張しているのだ。

 ショルツ首相は、「ロシア軍がブチャ、クラマトルスク、イジューム、マリウポリ、などで住民に対して行った残虐行為、民間施設への砲爆撃を思い出してほしい。平和を愛するということは、隣の大国への服従とは違う。ウクライナ人が自国を防衛することをやめたら、それは平和ではなくウクライナの滅亡を意味する。欧州の新たな平和秩序が、侵略国を利するものになるとしたら、それは侵略者を応援することになる」と釘を刺した。

 確かに、停戦・平和交渉の結果、ロシアが武力によって併合・占領したウクライナ領土が、ロシアに帰属することが認められた場合、それはプーチン大統領にとっての「勝利」を意味する。欧米諸国はもしもそのような結果を許したら、「ロシアの侵略作戦の先棒を担いだ」と批判されるだろう。欧米諸国にとっては、「侵略は得になる」という先例を作ることはタブーである。

 第二次世界大戦で、もしも米国が「米軍参戦は戦争を拡大させる。自国民が欧州で戦死するのは避けたい」として自国の殻に閉じこもり、米軍を欧州に送らなかったとしたらどうだろうか。欧州でのナチス・ドイツの苛烈な支配は1945年以降も続き、さらに多くの市民が強制収容所で殺害されたり拷問されたりしていたかもしれない。米国、英国、カナダが1944年6月に多大な戦死者を出しながらノルマンディーで敢行した上陸作戦が、ナチス・ドイツの息の根を止めた。つまり今欧州で行われているのは、「正しい戦争はあるかどうか」という議論でもある。ショルツ政権などウクライナを支援する国々は、「ロシアと戦うウクライナ人の自衛戦争は正しい」という立場を取っている。ドイツのプロテスタント教会も、「キリスト教の教えは、あらゆる戦争を否定する絶対的な平和主義を意味しない」という声明を出している。

 ドイツ政府の副首相で、経済気候保護大臣を務めるロベルト・ハーベック(53歳)も、「ヴァーゲンクネヒトらは、プーチン大統領が欧州に押しつけようとしている、帝国主義的な秩序を受け入れろと要求している。もしもプーチン大統領がウクライナ攻撃をやめることと引き換えにウクライナの領土の一部を手に入れることができたら、彼は欧州の次の国を狙うだろう。ヴァーゲンクネヒトらが要求しているのは平和ではない。彼らはドイツ市民を誤った道に誘おうとしている」と語った。

 実際、欧州では「ロシアの帝国主義的政策の矛先がウクライナで止まるという保証はない」という見方が有力だ。将来仮にプーチン大統領が死亡ないし失脚しても、彼以上に大ロシア的発想を抱く政治家が後継者となる可能性もある。左派リベラル政党・緑の党は、連立政権の中でウクライナへの戦車など重火器の供与を最も強く要求した党だった。

 ハーバーマスの要求についても、批判的な意見が強い。ドイツ外務省の駐ワシントン大使を務めたヴォルフガング・イシンガー(76歳)は、「ハーバーマス氏の論文には、戦争の被害国ウクライナへの同情が欠けている。彼は『将来欧州はウクライナをどのようにして守るべきか』という、最も重要なテーマに全く触れていない。論文には新しい内容は何も含まれていない」と批判した。

「新たな平和運動」には極右勢力の姿も

 さらにドイツでは、ヴァーゲンクネヒトらがドイツのための選択肢(AfD)など極右勢力の集会参加を拒絶しなかったことについて、批判が高まっている。

 ヴァーゲンクネヒトが属する左翼党の執行部は、それを理由に、この集会への支援を拒否した。

 ヴァーゲンクネヒトらは、ドイツ帝国旗のような極右のシンボルやロシアの国旗を会場に持ち込むことは禁止した。しかし「平和交渉を支持し、兵器供与に反対する人は、誰でも集会に参加できる」として、AfD 党員らの参加を拒否しなかった。AfDのティノ・クルパラ共同党首(47歳)を始めとして、多くの党員が「平和のためのマニフェスト」に署名した。AfDザクセン州支部のイェルグ・ウルバン支部長ら、一部のAfD党員は、集会にも参加した。

 AfDの主張はヴァーゲンクネヒトらの主張とぴったり重なる。クルパラ党首は「ドイツはウクライナ戦争で交戦国になってはならない。我々はドイツで唯一の平和政党だ。ショルツ政権は兵器供与数を増やすのではなく、一刻も早く平和交渉へ向けて努力するべきだ」と主張している。AfDは、独自に旧東ドイツ各地で数百人の市民が参加する「平和要求デモ」を開催してきた。

 2013年まで左翼党の連邦議会議員だったパウル・シェーファー(75歳)は、「ヴァーゲンクネヒトらは、戦争責任問題を曖昧にし、戦争を抽象的な概念として攻撃している。私自身はウクライナへの兵器供与に賛成だ。ヴァーゲンクネヒトらは『戦争の原因はウクライナと欧米諸国にある』と議論をすり替えているが、これは極右と手を結ぼうとする試みだ。AfD党首がヴァーゲンクネヒトらのマニフェストに署名したのは、そのためだ」と述べ、ウクライナ戦争に対する反対運動を通じて、極左と極右が共闘する動きがあると指摘した。集会には、陰謀論を信じるQアノンや、現在のドイツ政府を承認しないライヒスビュルガー(帝国臣民)の関係者も参加していた。 

 ドイツの週刊誌「シュピーゲル」のクリスティアン・シュテッカー記者は、2月26日付電子版で「ヴァーゲンクネヒトらの態度は、帝国旗などのシンボルを持ってこなければ、極右の参加も歓迎すると言っているようなものであり、極左と極右の共闘を象徴するものだ」と批判した。

 ちなみにドイツの論壇では、ヴァーゲンクネヒトが「ドイツの新しい平和運動の旗手」というイメージを打ち出すことに成功したという意見が有力だ。イラン人の父親とドイツ人の母親の間に生まれたヴァーゲンクネヒトは、エキゾチックな顔立ちで、人目を引きやすい。みぞれが降る中、黒いショールと黒服に身を包み、演壇の黒い背景の前で語るフォトジェニックな彼女の姿は、メディアの大きな注目を集めた。彼女は、左翼党がベルリンでの集会への支持を拒否したことに反発し、「次の連邦議会選挙では、左翼党からは立候補しない」と発言している。

 旧東ドイツの中高年齢層の間には、「ドイツ統一で貧乏くじを引かされた」と感じる人が少なくない。このため、多くの旧東ドイツ市民の間では「現政権の政策には基本的に反対する」という態度が目立つ。AfDを支持する市民の比率は、旧東ドイツの方が旧西ドイツよりも高い。少なくとも旧東ドイツでは、ヴァーゲンクネヒトの支持率は高まったはずだ。

 ロシア政府はヴァーゲンクネヒトらの集会について、前向きにコメントしている。ベルリンのロシア大使館は、ツイッターで「ドイツ政府はウクライナに対する兵器の供与で、戦争をエスカレートさせようとしている。だが今日の集会でドイツ市民は、戦争のエスカレーションに反対する姿勢をはっきりと示した」と論評した。またロシアの「タス通信」や「RT」も、「数千人の市民が、ウクライナで平和を実現しようとする試みを支持した。新たな平和運動が誕生した」と好意的な論調で報じた。

依然、親ロシア的傾向の強い旧東ドイツ市民

 だが同時にドイツ政府は、市民の間で戦争のエスカレーションへの不安が強いことを無視できない。ドイツ第1テレビ(ARD)が今年1月に公表した世論調査によると、「ウクライナに戦車を供与するべきだ」と答えた回答者の比率は46%で、「供与するべきではない」と答えた回答者の比率を3ポイントしか上回らなかった。またドイツ第2テレビ(ZDF)の世論調査では、回答者の48%が「ウクライナへの戦車供与によって、西側諸国に対するロシアの脅威が高まる」と答え、「脅威は高まらない」と答えた回答者と同比率だった。世論は真二つに分かれている。

 アレンスバッハ人口動態研究所が2月16日に公表した世論調査では、回答者の33%が「ドイツなど欧米諸国がウクライナへの兵器供与を減らすと、戦争がさらに長引きエスカレートする。したがって、ウクライナへの兵器供与を増やすべきだ」と答えた。

 これに対し、「欧米諸国がウクライナへの兵器供与をさらに増やすと、ロシアが挑発行為と見なして、核兵器も使って戦争をエスカレートさせるかもしれない。したがって、ウクライナへの兵器供与を減らすべきだ」と答えた人の比率は49%で、供与に賛成する回答者の比率を大幅に上回った。

 これらの数字には、ロシアに敵視されることへのドイツ市民の恐怖感がにじみ出ている。東西ドイツ間の見解の相違もはっきり表れている。「ウクライナはロシアに対する抵抗をやめるべきだ」と答えた人の比率は旧西ドイツでは20%にすぎなかったが、旧東ドイツでは41%と2倍を超えた。この数字は、旧東ドイツに親ロシア的な感情を持つ市民が多いことを示している。

 ロシアが国際法を破り一方的にウクライナに侵攻した事実を無視している人が多いことに、驚かされる。日本でも外務省の親ロ派の元高官らから「ウクライナは2014年以降ロシアが不法に占領した領土の一部をロシアに割譲することに同意して、停戦交渉のテーブルに着け」と要求する意見が出ている。旧東ドイツの親ロ派の意見と共通する点がある。これは欧米諸国では到底受け入れられない提案だ。

 ショルツ首相が、ウクライナやポーランドなどの度重なる要求にもかかわらず、レオパルト2型戦車のウクライナへの供与を何カ月にもわたって逡巡した背景には、自国市民の不安感への配慮もある。

 ドイツで芽生えつつある「新たな反戦運動」の影響力は、まだ限られている。だがショルツ首相がウクライナの敗北を阻止しつつ、同時に市民感情に配慮して欧州大戦への拡大をも防ぐという、複雑な綱渡りを当分の間強いられることは間違いない。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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