ドイツ「レオパルト2」供与決定までの長い躊躇の理由

執筆者:熊谷徹 2023年2月16日
エリア: ヨーロッパ
ショルツ政権による、レオパルト2戦闘戦車の供与決定は、大幅に遅れた(筆者撮影)
ドイツがウクライナへの戦車の供与をようやく決めた。決定に長い時間がかかった背景には、オラフ・ショルツ首相の、ロシアから交戦国と見なされることへの強い懸念、さらに「独り歩き」を避ける戦後ドイツの伝統的な外交政策がある。

 1月25日、ドイツ政府は同国製のレオパルト2・A6型戦闘戦車14両をウクライナに供与すると発表した。120ミリ砲弾も供与する他、乗員の訓練も担当する。機動性と火力、防御力のバランスが取れたレオパルト2は、現在世界で最も優秀な戦車の一つで、欧州の13カ国の他、カナダ、シンガポール、チリ、インドネシアで合計約2100両以上が使われている。

 ドイツ政府は、ポーランドやオランダなどが保有しているレオパルド2をウクライナに供与することも承認した。さらにドイツ政府は、2月7日には、旧式のレオパルト1も178両、ウクライナに供与すると発表した。

ドイツが見せた優柔不断に批判集中

 だが戦車供与の決定は、遅れに遅れた。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は去年後半からドイツに対してレオパルト2の供与を要請していたが、ショルツ首相は青信号を出さなかった。1月20日には、ドイツにある米軍のラムシュタイン空軍基地に、米国のロイド・オースチン国防長官ら北大西洋条約機構(NATO)加盟国の国防大臣が集まり、ウクライナに対する軍事支援について協議したが、この会議でもドイツはレオパルト(豹)を野に放つことはしなかった。

 欧州でウクライナ支援に最も積極的なポーランド政府のマテウシュ・モラヴィエツキ首相は、1月22日「ウクライナでは、ロシア軍の攻撃によって罪のない市民たちが毎日死んでいる。ロシアの爆弾はウクライナの町を荒廃させ、女性や子どもたちが命を落としている。こうした中で、ドイツがウクライナに戦車を送ることを拒むのは、受け入れがたい」と強い口調でショルツ政権を批判した。

 ポーランドは、レオパルト2を247両保有している。モラヴィエツキ首相は、「この戦車を持っている国で連合体を結成し、共同でウクライナにレオパルト2を送る」として、ドイツ政府に対して輸出承認を申請した。

 ドイツの保守系有力紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)も、社説で「ドイツの躊躇は、対外的な信用に傷をつけている。ドイツはリーダーシップを示す時だ」と主張し、首相の決断を促した。

市民の間に戦争拡大への不安感

 ショルツ首相が最も恐れていたのは、ドイツが他国に先駆けて戦車をウクライナに供与することで、ロシアから交戦国と見られること、そして戦火がウクライナ以外の国にも広がることだった。彼はシュピーゲル誌のインタビューで、「核兵器を持つロシアとNATOが戦争を始めることは、絶対に避けなくてはならない。私は、首相に就任する際の宣誓式で、『ドイツ国民に損害を与えるような事態を防ぐ』と約束した。したがって私は、ロシアとNATOの間の戦争を防ぐことを、首相として最も重要な任務の一つと考えている」と語ったことがある。

 ショルツ首相は演説などの際に、「ウクライナはこの戦争で負けてはならない」という表現を常に使うが、「この戦争でロシアを敗北させなくてはならない」という言葉は使わない。彼がしきりに繰り返すのは、「ドイツは単独行動をしない。全てを同盟国と協議して決め、共同歩調を取る」という言葉だ。

 ショルツ首相の慎重さの背景は、市民の間に戦争拡大への懸念が強いという事実もあった。ドイツ第1テレビ(ARD)が1月19日に公表した世論調査によると、「ウクライナにレオパルト2を供与するべきだ」と答えた回答者の比率は46%で、「供与するべきではない」と答えた回答者の比率(43%)を3ポイントしか上回らなかった。

 またドイツ第2テレビ(ZDF)が1月27日に公表した世論調査によると、回答者の48%が「ウクライナへの戦車供与によって、西側諸国に対するロシアの脅威が高まる」と答えた。これは「脅威は高まらない」と答えた回答者の比率(48%)と拮抗している。つまり戦車供与をめぐる世論は、大きく分かれているのだ。

 仮にロシアが戦車供与に反発して、バルト三国やポーランドなどNATO加盟国を攻撃するとしよう。その場合、ドイツはNATOの最重要の原則である集団自衛権に基づき、ロシアに対して反撃もしくは、攻撃された国を支援する義務を負う。つまりドイツが戦争に巻き込まれる。世論調査の結果は、こうした事態に対する、ドイツ国民の強い不安感を示唆している。

コミュニケーション力の弱さも不安感の一因

 戦車の供与は、ウクライナ軍の防衛力、攻撃力を強化する上で重要な決定だ。以前英国の首相だったボリス・ジョンソン氏がショルツ氏の立場にいたならば、いち早くレオパルト2の供与を宣言し、「我々はウクライナを強力に支援する」という姿勢を国際世論にアピールしたはずだ。ゼレンスキー大統領も、元俳優であったこともあり、コミュニケーションを極めて重視する。ゼレンスキー大統領は、ロシアのウクライナ侵攻が開始された直後、スマートフォンによる自撮り映像で「我々はキーウに残る」と語りかけ、国民をロシアとの戦いにおいて一致団結させることに成功した。

 だが実務を重視するショルツ首相は、ジョンソン氏やゼレンスキー大統領とは異なり、政治的なジェスチャーや派手な演出を嫌う。彼は、「政治とは国民の目に見えない所で遂行されるべきものであり、派手な世論向けのアピールは不要だ」と信じている。つまり第三者から「決定が遅い」と批判されても、じっくり時間をかけて最良の決定をできれば良いと考えているのだ。演説にも感情がこもっておらず、小さな声で淡々と話す。前任者のアンゲラ・メルケル氏も「演説ではなく、電気製品の取扱説明書を読み上げているように聞こえる」と酷評されたが、ショルツ氏の演説は、メルケル氏よりも平板だ。このためドイツの政治記者の間でも、「ショルツ首相の政策決定過程は不透明で、国民に対するコミュニケーション力が低い」という批判が出ている。

米国の戦車供与でようやく青信号

 だが「独り歩きはしたくない」というショルツ首相の態度が、欧米のウクライナ支援努力の足かせになったことも事実だ。そこで英国政府は、暗礁に乗り上げた交渉を打開するために、1月15日に、同国製のチャレンジャー2型戦車を14両送ると発表した。英国はポーランドと並んで、ウクライナ支援に最も積極的な国の一つだ。同国は、欧州で戦闘戦車(メインバトルタンク=MBT)のウクライナ供与を最初に発表した国となった。

 それでもショルツ首相は、首を縦に振らなかった。英独の間には、抑止力に違いがある。英国は核兵器を保有している。このためロシアに対しては、一定の抑止力を持っている。これに対し、ドイツは米国と核共有は行っているものの、自国の判断で使用できる核兵器を持っていない。つまりドイツのロシアに対する抑止力は、英国に比べると劣るのだ

 この段階でショルツ首相は、NATO加盟国との協議の中でもう一つの条件を提示した。「米国がM1エイブラムス戦車をウクライナに供与するならば、ドイツもレオパルト2をウクライナに供与する」という条件だ。当初ジョー・バイデン大統領は、この要請を拒んだ。国防総省からは、「ウクライナ軍の戦車兵を、エイブラムスの複雑なシステムに習熟させるには時間がかかる」という反対意見が出た。エイブラムスがウクライナの戦場で、ロシア軍に捕獲されて、性能などを知られることについての懸念もあった。またバイデン政権からは、「我々はドイツに対し、レオパルト2をウクライナに供与しろと圧力をかけたことは一度もない。それなのに、今ドイツ政府は、我々にエイブラムスをウクライナに送らないと、レオパルト2をウクライナに供与しないとしてプレッシャーをかけている」と不満の声も出た。

 だが1月23日には、米独のメディアに対し「米国政府は、ドイツの要請を受け入れる」という情報がリークされた。バイデン政権は、ドイツ側の条件をいやいや吞んだのだ。このためショルツ政権は、「独り歩きを避ける。特にNATOの盟主米国と歩調を合わせる」という前提条件を満たすことに成功し、1月25日にレオパルト2の供与を正式に発表した。バイデン大統領もその翌日に、エイブラムス戦車を31両、ウクライナに供与することを発表した。

ナチスの暴虐に対する反省も背景

 ショルツ首相が独り歩きを嫌う姿勢は、第二次世界大戦後のドイツの伝統的な外交姿勢の反映でもある。1939年のポーランド侵攻以来、ナチス・ドイツは欧州諸国に甚大な被害をもたらした。このことに対する反省から、1949年に建国された西ドイツは、欧州共同体とNATOに身を埋め、独り歩きをしないという政策を貫いた。「経済では巨人になるが、国際政治と軍事では小人になる」という原則を、歴代の政権が守った。

 東西ドイツ統一後も、ヘルムート・コール、ゲアハルト・シュレーダー、アンゲラ・メルケルの3人の首相たちがこの路線を継承した。コール氏は、「ドイツ・マルクが欧州で最も強い通貨であり続けることは、欧州の調和を乱す」として、欧州通貨同盟に参加してドイツ・マルクの廃止にまで賛成した。これも、「二度と独り歩きをしない」という決意の表れだ。

 1990年代のボスニア・ヘルツェゴビナでの内戦後、NATOは同国に平和維持軍を派遣した。しかし当時首相だったコール氏は、「かつてナチス・ドイツ軍の兵士が暴虐の限りを尽くした旧ユーゴスラビアに、連邦軍の兵士を送るべきではない」と述べ、当初ドイツの参加について難色を示したほどだ。

 つまりドイツの軍事に関して消極的な姿勢、平和主義は、第二次世界大戦をめぐる罪の意識と深い関連がある。ドイツは連邦軍の国外派兵を最小限に留めたほか、紛争当事国への武器輸出も原則として禁止する法律を施行した。東西冷戦終結後は、防衛予算が国内総生産に占める比率も引き下げ、1992年には初めて2%台を割って1.9%となった。

 ポーランドやチェコなど中東欧諸国は、第二次世界大戦後、ソ連の支配下に置かれた。このため東西冷戦の終結後、これらの国々では、「ロシアの脅威に対抗するために、ドイツに欧州防衛についてもっと積極的な姿勢を取ってほしい」と希望する政治家や政治学者もいたが、ドイツは耳を貸さなかった。むしろシュレーダー政権、メルケル政権はロシアとのエネルギー貿易を重視し、ウラジーミル・プーチン大統領の国際法違反や、人権侵害について声高に批判しない「政経分離政策」を取り続けた。彼らは、「貿易関係を続けることが、ロシアの態度を緩和させる」という誤った先入観の虜になっていた。

軍事に無関心の左派議員が国防相に

 去年2月のロシアのウクライナ侵攻以降のドイツの態度は、「欧州のリーダー」と呼ぶにはふさわしいものではなかった。2021年12月にショルツ政権の国防大臣に就任したクリスチーネ・ランブレヒト氏は社会民主党(SPD)左派に属しており、軍事・国防問題に関心がなかった。彼女は連邦議会議員だった頃、連邦軍の基地などを一度も視察したことがなかった。彼女が国防大臣に就任した主な理由の一つは、男女の機会均等を重視するショルツ首相が、内閣で男性と女性の比率を50%ずつにするためだった。

 軍事についての関心が低い人物が国防大臣だった時に、運悪くロシアのウクライナ侵攻という、欧州の安全保障に関する座標軸を変える出来事が起きてしまった。

 去年1月、米国のバイデン政権は「近くロシア軍がウクライナに侵攻する」という警告を発していた。ロシア軍が約10万人の戦闘部隊をウクライナ国境付近に集結させていたことから、米国と英国はゼレンスキー政権の要請に応えて、歩兵用携帯式対戦車ミサイル・ジャベリンなどの兵器をウクライナに送っていた。だがランブレヒト大臣(当時)は、「我が国は紛争地域に武器を送ることを禁じられている」としてヘルメット5000個と野戦病院だけをウクライナに送り、欧州諸国の失笑を買った(ウクライナでは2014年以来東部のドンバス地方でウクライナ軍と親ロシア勢力の間で内戦が起きていたため、紛争地域と見られていた)。

 またエストニア政府が、社会主義時代に東ドイツ人民軍から供与された榴弾砲をウクライナに送るために、ドイツ政府に許可を求めたところ、ランブレヒト大臣は拒否した。

 去年ウクライナがドイツに対して、ゲパルト対空戦車やマルダー装甲歩兵戦闘車の供与を求めた時、ランブレヒト氏は「ウクライナに送れる重火器はない」と言ってにべもなく拒否した。だがショルツ政権は、他のNATO加盟国の圧力が高まったために、去年4月26日にゲパルト、今年1月6日にマルダーの供与を決定した。ドイツがマルダーの供与を決めたのは、まず米国がM2ブラッドレー歩兵戦闘車と、フランスがAMX-10RC型偵察戦闘車を供与すると発表したからだ。ショルツ首相は、米仏に背中を押されるまで動かなかったのだ。

 ドイツは過去1年間にわたり、ウクライナへの武器の供与をまず断るが、他国の圧力が高まり支えきれなくなると、結局は供与を認めるというパターンを繰り返してきた。この態度は、ドイツ政府への信用性に深い傷をつけた。

 ゼレンスキー大統領は今月公表されたドイツの週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で、「私とショルツ首相との関係には、山と谷がある。私はしばしば、なぜウクライナに武器を送ることが必要なのかについて、ショルツ首相を説得しなくてはならない」と語っている。ゼレンスキー大統領にしてみれば、「どうせ最後は武器供与を承認するのだから、もっと早く決めてほしい」と言いたい所だろう。

 ショルツ首相は、最近では武器供与に関する交渉にランブレヒト氏を関与させず、バイデン大統領などと直接協議していた。ランブレヒト氏は、「メディアによる批判が私に集中して、執務の妨げになっている」として1月16日に大臣を辞職した。その3日後に、ニーダーザクセン州の内務大臣ボリス・ピストリウス氏(SPD)が国防大臣に就任した。彼が驚いたことに、ランブレヒト氏は、ドイツ連邦軍がレオパルト1と2を何両持っており、その内ウクライナに供与できるのは何両か、戦車メーカーには何両在庫があるかなどの基本的なデータすら集計していなかった。ランブレヒト氏は、そのようなデータを集計することが、「ドイツがレオパルト供与の準備を行っている」と解釈されることを恐れたのだ。このためピストリウス新大臣は、直ちにレオパルトの数に関する資料の作成を部下に命じた。

 ランブレヒト前大臣の杜撰な仕事ぶりは、他にも明らかになっている。たとえばショルツ首相は去年2月に連邦議会で行った演説で、連邦軍の兵器や装備を更新・増強するために1000億ユーロ(約14兆円)の特別資産を計上すると発表した。しかし、ランブレヒト氏は、これまでにドイツ国内のメーカーに対しまだほとんど新しい兵器や弾薬を注文していなかった。せっかく1000億ユーロもの資金を使えることになったのに、ほぼ1年間の時間が空費された。

 ドイツの名誉のために付け加えると、この国はウクライナに多額の軍事支援を行ってきた。ドイツ国防省によると、去年1月1日から今年2月6日までにドイツがウクライナに供与した、あるいは供与を決定した兵器や弾薬の総額は、合計23億4000万ユーロ(約3276億円)にのぼる。米国、英国に次いで世界で3番目に多い。世界でも五指に入る規模の軍事支援を行っているにもかかわらず、首相や国防大臣の決定がもたついたために、「ドイツはウクライナ支援に消極的だ」という悪評が国際世論の中に定着してしまった。

慎重さが求められる欧米の軍事支援

 戦車供与の約束を手に入れたゼレンスキー政権は、今度は米国製のF16など西側の戦闘機の供与を要求している。バイデン政権は、「ウクライナ軍がロシア領内の空爆に使う恐れがある」として、今のところ戦闘機の供与については否定的だ。これに対しフランスと英国は「可能かどうか検討する」という前向きの見解を打ち出している。ドイツの主力戦闘機トルナードは1970年代に開発された老朽機で、スペアパーツなどの不足が深刻になっている。このためウクライナがドイツの戦闘機を希望する可能性は低い。

 ゼレンスキー政権が西側に戦車や戦闘機の供与を強く要請しているのは、ロシア軍の反攻作戦が近く始まると見られているためだ。兵員の数でウクライナを凌駕するロシアに対抗するには、西側の軍事支援の継続と強化が不可欠だ。欧米諸国が今目指しているのは、武器供与を強化することによって、ウクライナがロシア占領地域の主権領土を取り返すことだ。ゼレンスキー大統領は、2014年にロシアが併合したクリミア半島の奪還の必要性も主張している。欧米は現時点では、ウクライナが希望する条件に基づいて、和平交渉を始められるようにお膳立てをする。

 日本では時々「ウクライナはそろそろ譲歩して、停戦・和平交渉を始めたらどうか」という意見を聞く。だがウクライナの頭越しに、欧米がロシアと停戦・和平交渉を行うというオプションはない。それは、ロシアの占領地域を欧米諸国が追認することにつながるからだ。この戦争は、ウクライナが失地を回復するまで終わらない。ウクライナが領土を完全に回復しなければ、多数の兵士や市民たちの死はむだになってしまう。欧米諸国は、ロシアとの直接的な軍事対立を避けながら、ウクライナを戦争に勝たせるというデリケートな作業を、当分の間続けなくてはならない。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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