今年5月31日からモロッコでアフリカ最大級のICT展示会「GITEX AFRICA」が開催される(筆者提供)
アフリカではチュニジアを筆頭にスタートアップ支援の法制度が広がりつつあるが、他国展開の多いアフリカスタートアップを活性化させるには、各国が優遇制度を相互運用できるアフリカ共通の法制度が必要だと筆者は言う。そのためには、各国が知見を共有することが重要だ。

 

アフリカ連合開発庁への提言

 前回の記事でも紹介した通り、スタートアップ制度がアフリカで徐々に広がっている。筆者は、今後は個別国のみで適用される認定ではなく、A国で認定されたスタートアップがB国に進出した際に、B国の優遇制度を必ず受けられる等、優遇措置の相互運用をするスタートアップ法制度をつくっていく必要があると考えている。アフリカスタートアップは、各国の市場規模がそれほど大きくないため、他国展開をしていくことが多いからだ。

 ただ、言語、文化、歴史的背景の違い等があるアフリカ全体を牽引していくような中心的な国家がないこともあり、一国が他の国々を取り纏めて共通の法制度を構築していくことは難しい面が多い。そのため筆者は2023年3月、アフリカ全域を管轄するアフリカ連合(African Union)の傘下にあるアフリカ連合開発庁(AUDA-NEPAD)を訪問し、スタートアップ法制度に関するアフリカ各国間のネットワーク強化や知見共有・情報交換について提言を行った。

 現状、スタートアップ法制度に関心を有する国は多いものの、実際に法制度化し、運用まで実施している国はチュニジアとアルジェリアのみだ。ナイジェリア、コンゴ民主共和国やトーゴ等は制度化したばかりで、未だ実際の運用にまで至っていない。エチオピア等の国々は法制度のドラフト段階または検討段階にある。国によって運用方法が異なることは当然だが、既に制度化・運用している国が経験した制度化までの過程、実際の運用方法や教訓、法制度のスタートアップエコシステムへの影響について知見を共有していくことは、法制度を検討している国にも役に立つだろう。そのため、大臣や各機関の代表等の意思決定者が集まるハイレベル会合と事務レベルの会合の2つ程度のグループを構築し、知見の共有を実施するよう提言を行った。

 スタートアップエコシステムの中では、国をまたいだ業者間、投資家間のネットワークはよく見られるが、国同士(特に事務レベル)のネットワークはあまり見ることがない。これらのネットワークもアフリカ連合開発庁を介して構築するようにしたいと考えている。

 知見共有・情報交換に向けて、先ずは2023年5月31日~6月2日にモロッコで開催されるアフリカ最大級の情報通信技術(ICT)展示会「GITEX AFRICA」に、アフリカ連合開発庁、チュニジア、ナイジェリア、エチオピア等のスタートアップ法制度関係者が集まり、「スタートアップ法制度の現状と今後」について議論を行う予定だ。その後も定期的な情報交換会やセミナー等を実施し、アフリカ連合開発庁を主体としてアフリカ各国のスタートアップ法制度の知見共有・ネットワーク構築強化を行い、JICA(国際協力機構)はProject NINJA(Next Innovation with Japan)の活動を通じて、その流れをサポートしていく方針である。

 そこで今回は、アフリカで初めてスタートアップ法を制定したチュニジアの事例と、筆者が現在、法整備をサポートしているナイジェリアの事例を紹介したい。

スタートアップ法制度と中小企業振興制度の違い

 スタートアップ法制度(Startup Act)とは、政府がスタートアップ及びスタートアップエコシステムの発展のために、税制の優遇措置、資金調達/制度・規制面の支援等をスタートアップ及び関係者に提供する包括的な法的および制度的枠組みのことである。

 起業家への法的枠組みとしては、1990年代初頭にフィンランド、オランダ、スコットランド等が制定している。スタートアップ法制度(Startup Act)としては、2012年にイタリアが制定し、その後、欧州ではスペイン、アジアではフィリピン、中南米ではアルゼンチン等が制定した。

 アフリカでは2018年にチュニジアで制定されて以降、2019年にセネガル、2022年にはナイジェリア、2023年にはトーゴ等、複数の国で制定されている。また、エチオピアやケニア等、スタートアップ法案として検討中の国も多くある。実はチュニジアが制定するよりも前に、南アフリカが2014年に民間主導でスタートアップ法案のホワイトペーパーを作成したが、大きな進展なく現在に至っている。

(アフリカにおけるスタートアップ法制度(及び類似の制度)の状況:各種資料より筆者作成)
 

 筆者がアフリカ各国の政府機関関係者とスタートアップ法制度について議論していると、「わが国には中小企業振興制度が既に存在し、機能している。何故スタートアップ法制度が新たに必要なのか?」との質問を多く受ける。スタートアップとスモールビジネスを同じ意味と捉え、中小企業振興制度とスタートアップ法制度を同じものと認識する方が多いのだ。

 中小企業は、各国により定義は異なるが、基本的には中小企業法制度に従って資本金や社員数等が定められており、設立年数や事業年数などは考慮されていない。他方、スタートアップ企業は、新しいビジネスモデルを短期間で成長させることを目的とした企業であり、中小企業法制度上は「小規模企業者」または(国によっては)「極小規模企業者」に該当することが多い。

 そのためスタートアップ法制度は、革新的なビジネスモデルを有する「小企業」または「極小企業」に対して短期間での事業の急成長を促すべく、税金、資金調達等を優遇し、トレーニングなどの技術的なサポートも含めた包括的な支援を実施する制度となっている。

成長するチュニジアスタートアップエコシステム

 アフリカで最初にスタートアップ法制度を整えたチュニジアは、人口1226万人とルワンダ(1346万人)を若干下回る比較的小規模な国であるものの、1人あたりのGDPは3807ドル(2021年)とアフリカにおいては上位に位置しており、最近スタートアップエコシステムが急速に発展している国の1つだ。

 2018年のスタートアップ法制定以降、官民連携による非常に透明性の高い認定プロセスと適切な優遇制度が効果的に働き、既に800社を超えるスタートアップを優遇対象として認定してきた。チュニジアへの投資額は2021年の 3300万ドル(アフリカ全体10位)から2022年には1.7億ドル(アフリカ全体7位)と255%も増加している。

 チュニジアのプライベートエクイティファンドAfricInvestのシニア・パートナーであり、チュニジアのスタートアップ法制度立ち上げに貢献したKhaled Ben Jilani氏は、チュニジアのスタートアップエコシステムの成功の理由について、「①政府による教育水準の底上げ、②2011年の『アラブの春』以降の起業家マインドの醸成、③欧州、中東、アフリカ市場等の多様な市場へのアクセスが大きく寄与した」と分析する。

(AfricInvestとナイジェリア法制度チームの会議:筆者撮影)
 

 国連教育科学文化機関 (UNESCO) 統計研究所の発表(2020年)によると、チュニジアは国民の43.3%がSTEM(科学・技術・工学・数学)教育を受けており、世界で最も比率が高い。また、アフリカで初となるAIに特化した大学(Pristini AI University)も開校し、アフリカ等の他国からも留学生を積極的に招いており、人材強化に更に力を入れている。

 また、民主化前は起業時にビジネスアイデア等に関して政府の承認を受ける必要があったほか、プロセスが官僚的であり、承認までの時間も多く要し、起業することが困難であった。しかし、民主化後は起業をすることが比較的容易になった。「アラブの春以前は、大学卒業後は終身雇用を得ることがゴールであったが、自分の人生をコントロールする(=起業)ことがゴールに変わった」とKahled氏は指摘する。

 チュニジアの経済規模自体は大きくなく、スタートアップ/企業が更に成長するには他国に進出することが不可欠であるが、このような豊富なテック人材に加えて、欧州、中東、アフリカ市場等に物理的に距離も近く、多様な市場へのアクセスを有することも、チュニジアの強みである。最近のチュニジアのスタートアップの資料を見ていても、以前は欧州への進出を目指す企業が多かったが、競争の激しい欧州・中東市場より、競争があまり激しくなくポテンシャルの高いサブサハラアフリカを目指す動きが増加してきている印象である。

チュニジアの法制度のポイント

 スタートアップ法制度もスタートアップエコシステムの発展を後押ししている。各種減税に加えて、社会保障費用等の政府負担等、起業家が必要としているサポートを的確に実施しているところがポイントである。

 筆者は2022年9月及び2023年1月にチュニジアを訪問し、同国のスタートアップ法制度の成功の秘訣は大きく3つあると感じた。①民間へ多くの権限を委譲している点、②透明性が高く、理解しやすい選定システム、③官民のステークホルダーの有機的な連携である。

 スタートアップの選定プロセス、スタートアップ向け公的ファンドの運営や各省庁や民間団体等との連携といった法制度の運用は、政府機関も株式を保有するSmart Capital に任されている。チュニジア政府は細かく関与せず、基本的には運用実績等の報告レポートを政府機関に提出させる程度である。スタートアップ業界に関する素人である政府側から細かい関与がないというのがポイントだ。さらに、Smart Capitalに優秀な人材を確保するために、給与は公務員水準ではなく民間金融機関と同等程度となっている。

 また、スタートアップを選定する9人の委員のうち、チュニジアのエコシステムを代表する人物が6人を占めており、過半数を民間が占め、民間の声が届くシステムになっていることもポイントだ。選定委員の多数を民間人が占めるというのは、簡単なようで難しい。政府機関は一般的に権限を民間に移譲することを好まないことが多い印象がある。実際に複数の国の政府関係者と話すと、「この点については素晴らしいが、我が国では難しいだろう」という反応が返ってくる。

(Smart CapitalのDirector Salma Baghdadi氏:筆者撮影)
 

 2つ目は、透明性が高く、分かりやすい選定システムである。スタートアップ法の支援を受けたい企業は毎月の月初に応募することができ、応募数が40社になった段階で締め切られる。その後、月末までに結果が発表される。各社の評価内容等の詳細が開示されるため、改善点を理解した上で、再度応募することができるし、評価側からのアドバイスを貰うこともできる。一度落選した企業は6カ月後に再度応募することが可能となる。

(チュニジアのスタートアップ法制度に応募した企業の合否が分かるホームページ)
 

 3つ目は官民のステークホルダーの有機的な連携である。人口1200万人ぐらいで、土地面積も小さい国だからこそ可能なのだろうが、スタートアップエコシステムの主要関係者はほぼ全員が繋がっている。政府関係者間、投資家間等の同業種だけではなく、幅広い業種の関係者が密に連携をしながらエコシステムを作り上げていることが特徴だ。主要な1人に他の人を紹介してもらうと、ほぼ全員と繋がることができる。この有機的なネットワーク、お互いをサポートし合う連携も特徴的である。

ナイジェリアのスタートアップ法制度の課題 

 私が滞在しているナイジェリアにおいても、2022年10月19日にスタートアップ法制度が制定され、2023年3月8日には、実行委員会(Implementation Committee)の設置、また4月5日には法制度の全体を管轄する評議会(National Council for Digital Innovation and Entrepreneurship=NCDIE)を設置する等、少し時間がかかっているが、現在実施に向けて着々と準備が進んでいるところだ。

 ナイジェリアでは、スタートアップ法制度の対象になるには①会社設立後10年以内であること、②デジタル技術を活用したイノベーティブな事業であること、③3分の1以上の株式がナイジェリア人によって保有されていること等の条件があり、認定されたスタートアップには一部税金の免除や投資家への税控除等も盛り込まれている。

 また、Nigeria Sovereign Investment Authority (NSIA)によって、政府系ファンドからスタートアップへの資金提供が毎年100億ナイラ(約30億円)以上行われる予定になっている他、中央銀行やBank of Industry等の政府系金融機関からのグラントやローン等が提供される予定である。

 JICAは同国のスタートアップ法制度の支援も実施しており、スタートアップエコシステム構築の日本人専門家(筆者)を派遣し、伴走型でのアドバイスを行っている他、ナイジェリアでの円滑な法制度の実行に向け、2023年1月にはナイジェリアのスタートアップ法制度関係者を連れて、チュニジアやコンゴ民主共和国のスタートアップ法制度の事例を学ぶための研修を実施した。

(チュニジア政府とナイジェリア法制度チームの会議:筆者撮影)
 

 ナイジェリアにおけるスタートアップ法制度実施の課題は、①民間から信頼される制度設計にできるか否か、②透明性のあるスタートアップ選定プロセスが構築できるか、③スタートアップ向けの政府ファンドの財源である。

 ナイジェリアに限らず、一般的に途上国の政府機関は民間側からの信頼があまりないことが多い。特に、他のアフリカ諸国と比較しても、ナイジェリアのスタートアップエコシステムは民間主導で発展してきていることもあり、民間側からは「ナイジェリア政府はあまり頼りにならない、あまり信頼すべきではない」との声も聞かれる。全体の枠組み、意思決定、スタートアップ選定のプロセスまで、政府主導で強引に進めることなく、お互い協力しながら、透明性があり、民間側から信頼される制度を構築していくことが鍵になるだろう。

 また、毎年30億円超の資金がファンドに提供されることになっているが、現時点でファンドの資金源が決まっていないという話も聞く。2023年3月14日には、ナイジェリア副大統領府がアフリカ開発銀行等の資金援助を受け、6億1800万ドル(約803億円)のスタートアップ向けファンドの組成を発表した。今後同ファンドとスタートアップ法制度との連携に期待したい。

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不破直伸

国際協力機構(JICA)スタートアップ・エコシステム構築専門家。Project NINJA発起人。1982年生まれ。ボストン大学大学院・金融工学専攻。投資銀行やIT系のスタートアップ役員などを経て、ウガンダに移住。JICA本部にて勤務した後、現在はナイジェリア滞在。アフリカ諸国のスタートアップ・エコシステム構築支援に従事。

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