アフリカの最大の魅力は人口。現在のアフリカの人口は約14億人で、中国やインドとほぼ同じ規模だ。約7割が30歳以下の若者であり、新しい技術を積極的に活用する世代とデジタルイノベーションは非常に相性が良い。アフリカへのスタートアップ投資が急増し、エコシステムが成長する中、若者の活躍が今後のアフリカの成長の鍵となる。
シンガポールのアントラー社の調査によると、アフリカの成長段階からユニコーン(評価額が10億ドルを超える、創業10年以内の未上場企業)までのステージにある企業の創業者114 人にヒアリングしたところ、創業時の年齢の中央値は 29 歳、35 歳以上はわずか 20% と、30歳以下・30歳前後の若者が中心だ。
JICAの起業家支援「Project NINJA」
筆者が所属する国際協力機構(JICA)は、2020年1月にアフリカを含む各国のスタートアップ・エコシステムの強化に取り組む起業家支援プロジェクト「Project NINJA(Next Innovation with Japan)」を立ち上げ、筆者はプロジェクトの発起人として活動を続けてきた。
Project NINJAの活動を通じて、スタートアップエコシステムの様々な関係者と連携し、社会課題解決に取り組む起業家を支援・育成することにより、社会課題解決、雇用創出及びリバースイノベーションの創出を目指している。貧困・格差の拡大、不十分な衛生状態、水・食料の不足、インフラの未整備等、アフリカには多くの社会課題が存在する一方、自らが痛みを感じている社会課題を解決したいという優秀な起業家が多い。Project NINJAは彼らと一緒に課題解決に取り組む伴走型の支援である。
また、政策提言から産業毎の起業家間の連携促進、開発途上国の起業家と日本企業とのマッチングや他国展開支援等も実施している。
JICAが支援するスタートアップは企業登記前から登記後数年の創業後間もない企業が多い。
ナイジェリアでは2022年にJICA支援のもと、ナイジェリア政府機関であるデジタル・イノベーション局(The Office for Nigerian Digital Innovation: ONDI)が企業登記前及び企業登記直後の起業家を主な対象とした起業家育成プログラム(iHatch:アイハッチ)を開始。同プログラム第1期は約5000社の応募の中から優秀な8社を選定した。
AI画像診断サービスを提供する Xolani Health社
その中の1社にXolani Health社(ゾラニ・ヘルス社)がある。同社は画像診断AIを活用し、アフリカで不足する放射線科医の読影業務を支援するサービスを提供するためのプロトタイプを構築。同サービスにより、疾患の見落とし防止や読影精度の向上だけではなく、読影時間の削減、レポーティングなどの業務効率化を支援する方針だ。
ナイジェリアのみならずアフリカでは放射線科医が大幅に不足しており、X線を用いたコンピュータ断層撮影(CT)像や磁気共鳴撮影像(MRI)を撮影した後、医師の予約が数週間埋まっており、結果が速やかに診断できない等の課題がある。また、医師によっては知り合いの放射線科医にWhatsApp等の連絡手段を活用して画像を送信し、セカンドオピニオンを求める場合もあるが、WhatsAppで送信すると画質が低下し、適切な診断ができないという課題もある。
同社は放射線画像から「異常所見の抽出」、「病変の識別」、「疾患名候補の提示」、「各臓器・部位のセグメンテーション」等をAIで行い、これらの情報をもとにした「レポーティング支援」まで行うサービスを提供する予定だ。
まだプロトタイプであり、政府承認は受けていない段階だが、NINJAは同社を企業登記前から支援しており、2022年7月の企業登記完了後も支援を続けている。
JICA支援のiHatchプログラムにおいては、他国で既に展開している成功企業のビジネスモデル分析等も支援し、成功事例をもとに他国展開を意識したビジネスモデル構築支援を行っている。
今後同社は、2022年10月よりイスラエルで行われる米TechStars社のアクセラレーションプログラムに参加する予定である。プロトタイプが出来上がった初期段階においてベンチャーキャピタルの出資や銀行融資を獲得することは難しい。このような事業の初期段階を支援し、今後の拡大につなげて社会課題を解決するという意味で、JICAが伴走支援する意義は大きい。
過去最大のスタートアップ投資
アフリカでは高い経済成長により消費者の購買力が向上し、特に成長著しいスタートアップへの投資が高まっており、テック・スタートアップを中心にビジネス市場が大きな変貌を遂げている。フィンテックを中心とした金融インフラが成長し、他産業への裨益が進んできており、アフリカのスタートアップ市場はより魅力的な市場として世界からの注目を集めている。
2021年の株式投資額は52億米ドル(約7280億円)と、前年の3.7倍で、過去最大となった。フィンテックスタートアップのFlutterwave、Opayや、企業とITエンジニアのマッチングを手掛けるAndela等、ユニコーンが5社誕生するなど、スタートアップ市場が大きく盛り上がる展開をみせたことが背景にある。
さらに2022年上半期(1月~6月)は第1四半期(1月~3月)にFlutterwave (2億5000万米ドル)、Moove(配車サービスのドライバー向けに自動車ローンを提供:1億5000万米ドル)の大型資金調達もあり、投資額は前年を上回るペースで増加した。国別にみると、ナイジェリア、ケニア、南アフリカ、エジプトの4カ国が毎年のBig4で、2021年は全体投資額の73%にあたる38億5400万米ドルを集めている。
また、シードステージ¹の投資件数・金額も2020年の22億米ドル・228件から、2021年は61億7000万米ドル・507件に急増していることから、将来的なシリーズA・B²になり得る企業が続々と誕生していることが窺える。
主要都市の市場規模が重要
何故Big4が投資を集めることができるのか。
エコシステムが比較的成熟していること等が理由としてあげられるが、そのエコシステムの要素の1つに都市ベースの市場規模の大きさがある。
ナイジェリアは商業都市ラゴス、エジプトは首都カイロという1つの都市に人口と富が集中することにより、スタートアップが効率的に成長することができる。
国単位でみることも重要ではあるが、筆者は(ビジネスモデルにはよるものの)都市ベースでの人口×購買力がスタートアップの成長力及び成長の限界を測る上で重要と考えている。
単純比較はできないが、人口2000万人超のナイジェリアのラゴスで生まれた企業と、人口120万人程度のルワンダの首都キガリで誕生した企業を①成長スピード、②成長の限界値で比較した場合、ナイジェリア・ラゴスの方がより速く、大きく成長できるだろう。
他国展開で市場規模を拡大
それは、他国展開する時点での企業の成熟度の差としても表れる。
アフリカは全体でみれば約14億人の人口を有するが、1カ国、1都市ベースの市場規模でみると大きくないケースが多く、成長の限界がある。
アフリカ最大の人口を擁するナイジェリアの約2億人に対し、ガーナの人口は3100万人、セネガルの人口は1670万人、ルワンダは1300万人と、大半の国は3000万人以下と小規模だ。また、高い失業率や質の低い雇用に就く人も多く、(ビジネスモデルにもよるが)「顧客」としてみなすことができるパイは統計数値の人口規模程は大きくない。
そのため、国内市場を一定程度獲得した後、スタートアップが更なる成長を続けるには、他国展開をする必要がある。自身で進出する場合もあれば、他国で既に展開している同業他社の買収や連携を活用して展開する場合もある。
アフリカには大きく分けて、東アフリカやナイジェリア、ガーナ等の英語圏、セネガル、コートジボワール等の西アフリカを中心とした仏語圏、エジプト等の中東と文化圏が近い北アフリカ圏、南アフリカがある。一般的に、サブサハラの英語圏の企業は英語圏内で、仏語圏の企業は仏語圏にまずは進出をすることが多い一方、チュニジアやエジプト等の企業はサブサハラを目指すよりは欧州や中東市場の獲得を目指していることが多い。
言語や商慣習以外にもデジタル化の発展度合いも進出先に影響する。欧州との関係性が深い北アフリカはDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む一方、サブサハラでは多くの地域で農業・保健セクターを中心に未だDXがなされておらず、デジタイゼーション・デジタライゼーションを中心としたビジネスモデルが多い印象である。
このような観点からもサブサハラのビジネスモデルは状況が類似したサブサハラ間での他国進出がしやすい。
JICAの支援先であるケニアのフィンテック企業Ecobba社はケニアからスタートし、共同創業者のネットワーク及びパートナー企業を活用して、サブサハラ域内のザンビア、タンザニア及びナイジェリアに進出している。共同創業者のケシア・ンティランデクラCEO兼共同創業者は「市場規模が比較的大きく、ビジネスモデルが適合する国への進出を検討する。ただ、進出国の状況に合わせたローカライゼーションが必要であり、ローカライゼーションは同じサブサハラであっても新しく別会社を作るぐらい難しい」と語る。
このようにサブサハラで生まれた企業は、サブサハラ域内に進出することが多いが、ここ数年、サブサハラ内で成功したスタートアップのサブサハラ以外の他国展開が進んでいる。
上記で紹介したナイジェリアのユニコーン企業のFlutterwaveは2021年3月に1億7000 万米ドルを調達した際に、エジプト、モロッコ、チュニジアへの進出を発表した。また、同じくナイジェリアのマーケティング・データ分析企業のTerragonは2018年にインドやインドネシアで事業を展開するシンガポールのBizense社を買収し、アジアへ進出。フィンテック企業のPaga も2020年にエチオピア企業のApposit社を買収し、エチオピア及びメキシコへの進出を発表した。同じくフィンテック企業のLidyaも2019年にポーランドやチェコ共和国に進出した。
このような他国展開が、アフリカのスタートアップの1つの特色だ。アフリカの魅力は人口、市場規模、今後のポテンシャルとよくいわれる。しかし、ナイジェリア等の一部の国を除き、アフリカ1カ国ごとの市場規模は小さい。言語、商慣習やエコシステムの発展度等による見えない壁がある。それらをつなぎ合わせることにより、より大きな市場へと変貌するのである。
アフリカのスタートアップビジネスをめぐるJICAの取り組みはこれからも続く。
社会課題をビジネスとして解決する起業家を育成することは持続性のある支援に繋がっていく。どれだけ良いアイデアがあっても、チャレンジをしなければ成功もしないし、失敗もしない。チャレンジする起業家に伴走して社会課題を解決していく。
このような起業家とともにアフリカの地にて今後も活動をしていきたい。
[1]シードステージ:大枠のビジネスが定まった段階にあるスタートアップに対する投資。シリーズAの前段階に位置しており、一般的に製品の具体的な内容や販売方法などは決まっておらず、プロトタイプを開発している段階。
[2]シリーズA:プロトタイプが完成し、製品の提供を開始している段階。シリーズB(英語:Series B)とは、スタートアップに対する投資ラウンドの1つの段階のことであり、シリーズAに続く資金調達。一定の収益を生み出しており、ビジネスが軌道に乗り始めた段階にあるのが一般的。