ロシア・ウクライナ戦争の「性質」を問い直し「正当な終結」を探る(2023年 第Ⅰ号‐1)

執筆者:API国際政治論壇レビュー(責任編集 細谷雄一研究主幹)2023年5月18日
戦争から得られるものが逓減して行くのは確実だが……[2023年5月9日、モスクワ「赤の広場」で行われた軍事パレードを観閲したプーチン露大統領(中央)](C)時事
戦争は2年目に入っても終結への道筋が見えない状況が続いている。プーチン大統領にロシア軍を撤退させる意思がない中で、歴史的経緯や今後のヨーロッパの責任も含め、戦争の「性質」を問い直す議論が熱を帯びる。その「性質」を正しく捉え続けることこそが、停戦へ向けた正当なシナリオを導き出すための大前提になるだろう。(第2部はこちらからお読みになれます)

1. なぜ戦争が長く続くのか

■見通しの暗い戦争を戦うプーチン

 2023年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻から1年が経過した。依然として戦争の見通しは不透明で、戦争終結への道筋は見えない。そのようななかで、この戦争の性質を検討し、また今後の見通しを論じる論考が数多く見られた。

『フォーリン・アフェアーズ』誌が組んだロシア・ウクライナ戦争勃発から1年の特集には、戦争史研究の大家であるロンドン大学キングス・カレッジ名誉教授のローレンス・フリードマンが寄稿している[Lawrence Freedman, “Kyiv and Moscow Are Fighting Two Different Wars: What the War in Ukraine Has Revealed About Contemporary Conflict(キーウとモスクワは異なった戦争を戦っている―ウクライナでの戦争が明らかにした現代戦)”, Foreign Affairs, February 17, 2023]。フリードマン教授は、ウクライナとロシアがそれぞれ「二つの異なる戦争」を戦っていていると論じる。すなわち、ウクライナが民間人の被害を避けてロシア領内への攻撃を自粛する「制限戦争」を戦っているのに対して、ロシアは民間人や市街地を直接攻撃するような「総力戦」を戦っているのである。ロシアの総力戦的な戦い方がウクライナ国民の戦意を昂揚させ西側諸国のウクライナ支援を強化しているのに対して、ウクライナの制限戦争的な戦い方は奏功し機動力を活かしてハルキウ奪還に成功した。ウクライナが最終的にこの戦争に勝利するためには、ロシアがいかに無駄な戦争をしているかと認識させ、ロシア軍を後退させることが重要であると論じている。的確な分析といえる。

 他方で、外交問題評議会会長のリチャード・ハースは、「なぜ戦争がこれからも続くのか」と題する論考のなかで、計画通りに進まない戦争においてウラジーミル・プーチンが難しい選択を迫られており、時間との戦いに陥っていると論評する[Richard Haass, “Why the War Will Continue(なぜ戦争がこれからも続くのか)”, Project Syndicate, February 23, 2023]。同時に、ロシアへの制裁の効果も限定的で、ウクライナも妥協する余地がないために、外交が行える環境にはないのが現実である。このような状況についてハースは、悲劇的なことに、今後も戦争が継続していくであろうと予測する。

 元駐ロ米国大使のマイケル・マクフォールは、より長期的な視野で考えるならば、このロシアによるウクライナ侵攻が、プーチン体制終焉の契機になると予測する[Michael McFaul, “Are we seeing the beginning of the end of Putinism?(我々はプーチニズムの終焉を目撃しているのか)”, The Washington Post, January 24, 2023]。マクフォールによれば、負けている戦争の指導者は将軍を頻繁に交代する。プーチンが総司令官を交代させるのは、現実はロシアが戦争で敗北しつつあるからだ。プーチンは年が明けてから大規模な攻勢を決断しているが、次のような理由から、かつてのような「全知全能の指導者」であるかのようなロシア国民からの評価を得ることはないであろう。第一にロシア軍が戦場で大勝を収める可能性は低い。第二に、ウクライナ侵攻後には包括的な対ロシア制裁が始まり、そのことがロシアを世界経済から切り離してしまった。第三に、プーチン大統領へのロシア社会の支持が後退している。すでにプーチンにとっての最良の時期は過ぎ去った。ウクライナでの大失敗が、「プーチン主義」と呼べるような、ロシアにおけるイデオロギーの終わりの始まりとなるかもしれない。最近のプーチンの言動が、まさにそれを物語っているのだとマクフォールは分析する。

 実際に、プーチン大統領はきわめて困難で、見通しの暗い戦争を戦っている。元ロシア担当の国防省分析官で、現在はRAND研究所上席政策研究員のダラ・マシコットによれば、ロシア軍は現在、攻撃を重視して、動員した兵力と旧式装備で戦っているが、そこから得られるものは逓減し、今後ますます苦戦を強いられることになるであろう[Dara Massicot, “Russian Troops Know How Little They Mean to Putin(ロシア軍は⾃分たちがプーチンにとっていかに矮⼩な存在かを知っている)”, The New York Times, February 22, 2023]。プーチンは、防衛より攻撃を重視し、ロシア軍の総括司令官をセルゲイ・スロヴィキン将軍からワレリー・ゲラシモフ将軍へと交代させた。だが、粗雑な戦術で攻撃を続ける結果、侵攻開始当初よりもロシア兵の死傷者数が増加しており、新たに動員された兵士たちは自分たちが「使い捨て」であると認識している。他方で残された兵器の多くは修復が必要で、兵力の練度も低く、ロシア軍の新たな攻勢は困難である。いわば、プーチンはロシア人の人命を犠牲にして、ロシアの未来を投げ捨ててしまったのだ。ロシア軍のギアは壊れており、練度の低い兵員と旧式戦車では、たとえアクセルをふかしても、もはやギアを上げることはできないのだ。

■停戦に向けて必要なこと

 戦争が永遠に続くわけではないが、同時にプーチン大統領が早期にロシア軍を撤退させる見通しがあるわけではない。だとすれば、今後徐々に、停戦へ向けたシナリオを考えていく必要が生じるであろう。

 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授で、ソ連外交史が専門の歴史家のヴラディスラブ・ズーボックによれば、ロシアが戦闘に勝利できないことは明確であるが、他方でロシアを完全に打ち負かすまで戦い続けるのはリスクが大きい[Vladislav Zubok, “No One Would Win a Long War in Ukiraine(ウクライナにおける⻑期戦に勝者はいない)”, Foreign Affairs, December 21, 2022]。いわば、欧米諸国は、ロシアが受け入れ可能な戦後の構想を提示する必要がある。戦争終結のためには、したがって、ロシアが敗北を受け入れることと同時に、ウクライナが完全な勝利の到達が困難だと認識することが重要だ。その場合に、ロシアの主権と領土保全が尊重され、またロシアが国連憲章などの国際法や国際的な合意を遵守することを前提に同国の国際社会における大国としての地位を受け入れ、さらにはロシア人の資産凍結を解除するためのタイムテーブルを提示することが必要となるであろう。

 他方、ウクライナで国防相を務め、現在はシンクタンクの防衛戦略センター(CDS)に所属するアンドリー・ザゴロドニュクは、ウクライナによるクリミア奪還の重要性を指摘する[Andriy Zagorodnyuk, “The Case for Taking Crimea(クリミア奪還の場合)”, Foreign Affairs, January 2, 2023]。それが必要なのは単に正義に基づくのみならず、クリミアがウクライナに戻らなければウクライナの安全も経済再建も難しいからだと論じる。また、ロシアがクリミアを支配し続ければ、ヨーロッパと中東にロシアが自らの影響力を拡大して、世界の安全を脅かすことになるだろう。それゆえウクライナは、交渉に拠るか、あるいは戦争を続けることに拠るかに拘わらず、クリミアを奪還する必要があると述べる。もちろん、そのためには大きなコストが必要となるであろう。はたして、アメリカ、さらに欧州諸国は、そのようなウクライナの意志を尊重するだろうか。あるいは、ロシアとの妥協的な和解へと誘導するであろうか。そのような疑問も残る。戦争の趨勢は、ある段階からはクリミアの位置づけによって大きく左右されるであろう。

 今後、戦争がどのように継続していくのかという問題は、戦争がどのように始まったのかという歴史的経緯をめぐる認識とも深く結びついている。プーチン大統領はウクライナに侵攻をする際に、何度となく、NATO(北大西洋条約機構)が「1インチも」東方には拡大しない、というかつての「約束」を反故にしたことに言及してきた。

 この過程について最も詳細に検討を行った歴史家のメアリー・サロッティは、『フィナンシャル・タイムズ』紙に寄稿した論稿で、ロシアは西側諸国と結んだ合意についての誤った認識を抱き、歴史を歪曲していると指摘する[Mary Elise Sarotte, “ʻNot one inchʼ: unpicking Putinʼs deadly obsession with the details of history(「1インチも」―歴史の詳細に関するプーチンの致命的な執着を解き明かす)”, Financial Times, February 17, 2023]。すなわち、ロシア(当時はソ連)がドイツ統一を受け入れた1990年、NATOがその代わりにロシアとの間で東方拡大しない「約束」を行ったという事実はない、と論じる。「NATOは1インチも拡大しないはずではなかったのか」とプーチンは批判するが、これはあくまでも当時のジェームズ・ベーカー米国務長官が交渉中に言及した言葉に過ぎず、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領はそのような前提条件を設けることを明確に拒絶した。そもそも、NATOは加盟国数を制限することへの合意などは行っていない。プーチンは意図的に歴史を改竄し、武器化することによって、自らへの支持を拡げようとしているのだ、とサロッティは批判する。そのような歴史の歪曲を、われわれは拒絶する必要がある。

2.重みが増すヨーロッパの責任

■ヨーロッパが選択するべき道

 はたして、これからどのようにして戦争を終結させることができるのだろうか。そして、その上でのヨーロッパの責任は、より大きなものとなっている。ヨーロッパはどのように対応するべきか

 欧州議会議長のロベルタ・メッツォラは、「ウクライナはヨーロッパであり、ヨーロッパはウクライナである」というタイトルの論稿をフランスの『ルモンド』紙に寄せている[Roberta Metsola, “Roberta Metsola : « LʼUkraine, cʼest lʼEurope, et lʼEurope, cʼest lʼUkraine »(ウクライナはヨーロッパであり、ヨーロッパはウクライナである)”, Le Monde, February 22, 2023]。そこでは、戦争勃発から1年が経過する中でウクライナへの支援を継続していく重要性を強調している。メッツォラによれば、自由と正義なくして平和はあり得ない。欧州議会は、ウクライナの解放、そしてEU(欧州連合)への加盟を望んでいる。ウクライナのEU加盟は、象徴的および道義的な意味のみならず、解放後のウクライナの復興にも役に立つであろう。ウクライナのEU加盟が必要なのは、「ウクライナはヨーロッパであり、ヨーロッパはウクライナである」からだ。

 元フランス首相のマニュエル・ヴァルスもまた、ヨーロッパがウクライナを支援する重要性を力説する[Manuel Valls “Manuel Valls : «LʼUkraine, résister ou se sou-mettre»(ウクライナ、抵抗か服従か)”, Le Figaro, February 9, 2023]。ウクライナに対する軍事支援こそが、ウクライナがロシアの攻勢に立ち向かうことを可能にし、またロシアを交渉に向かわせることを可能とする。確かに今後は、戦争の硬直状態を憂えて、早期に停戦交渉を求める声が大きくなるであろう。だが、プーチンはこれまで何度も嘘をついてきた。合意が、ロシアによって遵守される保証はない。ヴァルスによれば、毅然たる態度のみが、平和と安定をもたらすのだ。いずれの国でも、自らがコストを背負い、危険と背中合わせでウクライナを支援する事に対して戸惑う声がある。だが、ウクライナへの支援を継続し、ウクライナが戦争で勝利することが、ヨーロッパが選択するべき道なのだとヴァルスは訴える。

 同様の主張は、EUのジョセップ・ボレル外務・安全保障上級代表によっても述べられている[Josep Borrell, “Making Ukrainian Victory Possible(ウクライナの勝利を実現するために)”, Project Syndicate, February 2, 2023]。ボレルはこれまでも、EUのなかでロシアに厳しい制裁を科して、ウクライナを支援する重要性を繰り返し説いてきた。ボレルによれば、レオパルト2やM1エイブラムスのような高性能の戦車をウクライナに供与する効果が発揮されるのは、戦場にとどまらない。それはまた、ヨーロッパやアメリカの強固な決意というものを、もはやプーチンが疑うことができないような、象徴的な意味での政治的な効果も持つのだ。ボレルによれば、戦争を終わらせる唯一の方法は、侵略者を追い出すための手段を、ウクライナに与えることだ。そしてEUの任務は、そのためにも、ウクライナ支援に全力を尽くすことだ。ウクライナが主権を回復し、そしてEUの中で自らの居場所を見出すための手段を、これからも提供し続けることが重要だ。ウクライナに対する強靭な支援をEUが継続するために果たしてきたボレル代表のこれまでの役割は、巨大である、

■安全地帯に止まることはできなくなった

 ところで、これまでヨーロッパの安全保障については、NATOがその抑止に責任を負っていた。それはすなわち、アメリカの軍事力にヨーロッパ諸国が依存していることを意味していた。

 ブリュッセル自由大学教授のルイ・シモンは、EU自らが抑止と防衛のために十分なリソースを確保する必要があると説く[Luis Simón, “The Ukraine War and the Future of the European Unionʼs Security and Defense Policy(ウクライナ戦争とEUの安全保障・防衛政策の⾏⽅)”, CSIS, January 30, 2023]。それはまた、EUが発表した戦略方針である「戦略羅針盤(Strategic Compass)」を実行する上での中核に位置づけるべきだ。欧州安全保障におけるアメリカの将来の関与は、インド太平洋への傾斜や、アメリカの国内政治に大きく左右され、不透明だ。いずれにせよ、ヨーロッパ自らが役割を拡大する圧力は増すであろう。すなわち、EU自らが、抑止や防衛の重要な一角を担うべきだ。

 かつてイラク戦争を前にして、アメリカのネオコンの理論的支柱であったロバート・ケーガンがその著書の中で、米欧関係について、「アメリカ人はマーズ(戦争の神=火星)からやってきて、ヨーロッパ人はヴィーナス(美の神=金星)からやってきた」と、そのイデオロギーの違いを説明した。

 だが、『ルモンド』紙の論説委員のジル・パリスは、今ではアメリカもヨーロッパも皆が、「マース」から来ていると論じている[Gilles Paris, “Vingt ans après l’invasion de l’Irak, la guerre est dans toutes les têtes, et tout le monde vient de Mars(イラク侵攻から20年、戦争は皆の頭の中にある、そして皆は「戦争の神(マーズ)」からやってきた)”, Le Monde, January 11, 2023]。「歴史的転換(Zeitenwende)」を経たドイツを含めて皆が、「戦争の神」になったのだ。ロシアのウクライナ侵略を経験し、もはやヨーロッパは「美の神」として戦争から離れた安全地帯に止まることはできなくなった。

 そのような変化が最も顕著であったのが、ドイツである。そして、ドイツが直面した大きな問題が、高性能なドイツ製戦車レオパルト2のウクライナへの供与の承認であった。

 国際戦略研究所(IISS)のシニアフェローであるフランツ=ステファン・ガディは、レオパルト2が戦場に及ぼす影響を冷静に解説する[Franz-Stefan Gady, “Will Leopard 2 tanks actually boost Ukraine’s battlefield chances?(レオパルト2は、ウクライナの戦力強化につながるか?)”, Financial Times, January 25, 2023]。まず、レオパルト2は、徹底的な訓練と、軍事ドクトリンの変更、そして西側諸国による装備や弾薬の継続的な提供によってはじめて、効果的な運用が可能となる。アメリカ製の戦車M1エイブラムスはそれとは異なる能力と兵站が求められ、同時に投入するには複雑な準備が必要となる。だが、そうだとしても、ドイツ政府はより早期に供与を決定するべきであっただろう。なぜなら、ガディによれば、ドイツの優柔不断によって、大西洋同盟全体で貴重な政治的リソースを犠牲にしたからである。ドイツ政府は、軍事力は正しい目的のために用いられるのであれば、それは「善なる力(force of good)」となり得ることを学ばなければならない。ガディのこのような指摘は、おそらくそのまま日本にもあてはまるのではないか。

 実際に、ドイツは従来の楽観的で協調的な対ロシア政策を大きく修正しつつある。

 ドイツ外交問題評議会(DGAP)のシュテファン・マイスターヴィルフリード・ジルゲは、ウクライナ戦争によってこれまでのドイツの協調的で相互依存に基づいた「オストポリティーク(東方政策)」に終止符が打たれたと論じる[Stefan Meister and Wilfried Jilge, “Nach der Ostpolitik(オストポリティークの後)”, DGAP, December 6, 2022]。プーチンのもとで、ロシアはドイツやEUにとっての「敵」へと変貌し、ロシアに対抗する防衛力を構築することがドイツの外交・安全保障政策の根幹になりつつある。メルケル政権は、2014年のロシアによるクリミア侵略や、その他の挑発的な行動にもかかわらず、ロシアへのエネルギー依存を強化してきた。このようなドイツの消極的な姿勢が、ロシアの権力者たちをよりいっそう侵略的にさせたのだ。それゆえ、ドイツもEUも、ロシアとの新たな関係を深く認識する必要がある。ドイツの政策目標は、ウクライナの勝利と、ウクライナ独自の防衛能力の強化、その復興と、さらにはEUへの統合でなければならない。同時に、新しいロシア政策を構築して、戦争に反対するロシア人エリートを取り込み、統合していく必要もあると説いている。 (続く)

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