大蔵省主計局で奨学金制度の創設に関わった際、大平は自身の苦しかった学生時代を思い浮かべたという[大平正芳記念館の2階にある、同氏が帰郷した際に使用した居室=香川県観音寺市](C)時事

 権力の行使は抑制的であるべきだという大平正芳の根底には「保守主義」の思想があった。それを支えていたのは、人間とは不完全なものである、という諦念ともいうべきものである。政治学者佐藤誠三郎は「大平正芳の政治姿勢」(『大平正芳 政治的遺産』)で、大平の人間観・社会観に「思想としての保守主義の神髄」をみている。

 佐藤によると、思想としての保守主義は、フランス革命の指導者やマルクス主義者のように、人間の完全性を信じ、理想社会の青写真を描いて突き進もうとする急進主義に対する懐疑として出発した。「保守主義者は、人間の不完全性を自覚し、理性や計画よりは、歴史によって鍛えられ、時間の経過に耐えて生き延びてきた、伝統の中にひそむ叡智を尊重し、環境の変化に対しては漸進的・部分的に改善を積み重ねることによって、対応しようとする」。本人の著書『素顔の代議士』から、大平の人間観を紹介しよう。

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