エジプトが学ぶべきトルコの経験――公正発展党(AKP)とムスリム同胞団

執筆者:山内昌之 2011年2月16日
カテゴリ: 国際 金融
エリア: ヨーロッパ 中東
ムスリム同胞団はAKPのような「現実感覚」をもてるか(エルドアン・トルコ首相)(c)AFP=時事
ムスリム同胞団はAKPのような「現実感覚」をもてるか(エルドアン・トルコ首相)(c)AFP=時事

 エジプトはじめアラブの国々の政情激変のなかで、その解決のモデルをトルコに求める動きが出ている。確かに、アラブだけでなく民主化を渇望するイスラム世界にとって、独特な世俗主義と議会制民主主義を成功させたトルコの歴史的経験は参考になるかもしれない。しかし、問題は2つに分けて考えねばならない。第1は、イスラム国家たるオスマン帝国の解体によるトルコ共和国の成立を正当化する世俗主義(ライクリッキ)の評価にかかわる問題である。第2は、イスラム主義から出発しながら政権を掌握した公正発展党(AKP)の議会制民主主義への適合問題である。

世俗主義と「管理された民主主義」

 政治や教育を宗教から切り離す世俗主義は、フランスのライシテ(政教分離原則)に学んだ初代大統領ケマル・アタテュルクと、その支持基盤だった国防軍の理念そのものであった。このために、政局が混迷を深めると世俗主義を中核とするケマリズムの守護者として、軍は1960年と80年に実力によるクーデタを起こし、71年には書簡によるクーデタを成功させたのである。しかし、国防軍の政治介入を許しがちなケマリズムはそのままでは民主主義の政治理念になるはずがない。この意味でもトルコの世俗主義は、国民のイスラム信仰にさえ懐疑的なエリート軍人による「管理された民主主義」と不可分の性格を最初からもっていた。
 国防軍参謀総長が共和国大統領とほぼ同格で国家安全保障会議(MGK)を構成し、外交と安全保障の基本方針を決める「管理された民主主義」の政治体制は、そのままエジプトはじめ新たなアラブ国家の民主化モデルにはなりえない。しかも、およそ5年に1度定められる「安全保障政策文書」は、「赤書」(クルムズ・キタプ)と呼ばれるが、原則的に公開されずトルコで「いちばん神秘的」とされる重要公文書になっている。国家の外交や安全保障の骨格や基本方針を秘密にする政治体制は、民主主義というよりも権威主義に近いものであり、欧米や日本のシビリアン・コントロール(文民統制)と異なる性格を帯びていた。こうした世俗主義や「管理された民主主義」は、事実上の終身制に加え世襲化現象さえ生んだアラブの「王朝的共和制」よりは進歩的だったかもしれない。とはいえ、旧宗主国でもあるトルコの体験そのものを、独立したアラブの誇り高い人びとが模倣する可能性は少ない。むしろ、エジプトはじめアラブの共和国にとって教訓とすべきは、政権を担当しているAKPの成功経験であり、それを支える幅広い有権者の意識や行動様式の特質にほかならない。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
山内昌之 1947年生れ。東京大学学術博士。エジプト・カイロ大学客員助教授、米ハーバード大学客員研究員などを経て現職。イスラーム地域研究と国際関係史を専門とし、文化審議会、外務人事審議会、日本アラブ対話フォーラム、日中と日韓の歴史共同研究委員会などの委員としても活動。最新刊『歴史家の羅針盤』(みすず書房)ほか、『嫉妬の世界史』(新潮新書)、『歴史と外交』(中央公論新社)、『歴史のなかの未来』(新潮選書)など著書多数。2006年、紫綬褒章を受章。
comment:1
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順