【インタビュー】ラグラム・ラジャン(米シカゴ大学経営大学院教授) 市場任せも過剰介入も間違いだ「適切な規制」で自由な市場経済を守れ

執筆者:牧野洋 2009年4月号
エリア: 北米

世界中が好景気に浮かれていた頃、いち早く金融の問題点に気づき、今回の危機を的確に予言した人物がいた。彼は今、何を思うのか。金融危機の本当の原因と今後の予測、そして危機再発を防ぐ方法を聞いた。

[シカゴ発]米国を震源地にした金融危機は「大恐慌以来の危機」と言われ、なお沈静化の兆しを見せていない。原因は何だったのか、今後どうすべきなのか、百家争鳴の状況だ。日本では「米国流の市場万能主義の欠陥があらわになった」といった見方が勢いを増している。
 そんななか、シカゴ大学経営大学院(ブース・スクール・オブ・ビジネス)のラグラム・ラジャン教授が脚光を浴びている。2005年時点で今回の危機を的確に予言し、「適切な規制を導入して危機を未然に防ぐべき」といった提言まで含んだ論文を発表していたからだ。
 シカゴ大の研究室でインタビューに応じたラジャン教授は、金融市場への規制強化を唱えながらも、「自由な市場経済システムの維持こそ成長をもたらす」と強調した。

危機はまだ続く

――2007年夏のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題を起点に始まった金融危機は、1930年代の大恐慌とよく比較されます。
ラジャン 大恐慌ほどひどくはありません。これから危機は一段と深まる可能性もありますが、大恐慌並みの危機へ発展することはないと思います。われわれは大恐慌時代よりも経済について熟知しており、その分だけ政策対応でも優れているからです。
 たとえば、自国産業を守るために貿易障壁を設けるといった保護貿易主義。21世紀を迎えた現在、自国産業が大打撃を受けているからといって、安易に保護貿易主義へ傾斜できるでしょうか。大恐慌時代と違い、自由貿易の利点については国際的な合意があり、それを無視して身勝手な振る舞いはなかなかできないのです。現実には保護主義に走る国も出てきていますが、そういう国は後になって後悔することになるでしょう。
 マクロ経済政策でも違いがあります。大恐慌時代には、不況の真っただ中に置かれていたにもかかわらず、多くの国が利上げや増税に踏み切り、事態を一層悪化させました。同時に、最低賃金を高水準に設定したため、企業は雇用を維持できず、結果として大量の失業者を生み出しました。今回の危機では、各国は明らかに正反対の政策を打ち出しています。
 とはいえ、現状は1981―82年の不況よりも深刻です。金融システムはなお不安定であり、銀行救済に向けて追加的な公的資金投入を強いられる局面も出てくるかもしれません。危機が終息するまでにはまだまだ時間がかかりそうです。
 ここにきて新興市場も不安定化要因になっています。少し前までは、米国が失速するなかで、中国やインドなど新興市場が世界経済を牽引するとの期待がありました。しかし、米国を震源地にした危機は世界連鎖し、先進国に続いて東欧など新興市場を直撃しています。最も大きな影響を受けるのは、経済力が弱い小国です。
――2005年8月、米カンザスシティ連邦準備銀行が主催したシンポジウムで、あなたは「金融システムの発展は世界をより危険にしたか?」という論文を発表しました。この論文は、サブプライム危機が表面化する2年前に書かれたにもかかわらず、あたかも危機発生後に書かれたかのように正確です。
ラジャン 論文では、「金融機関が過度なリスクを取っており、政府が監視を強めなければ大きな危機が起きる」と警告しました。底流にある問題として取り上げたのが、金融機関のインセンティブ(報酬)体系です。アップサイド(成功した場合の利益)は大きいのに、ダウンサイド(失敗した場合の損失)は小さいのです。
 ダウンサイドは小さいから、失敗を恐れずに大きなリスクを取るわけです。大きなリスクを取って成功すれば、多額の利益を手に入れます。失敗しても大して痛みを感じません。こんなインセンティブ体系になっていると、金融システム全体が過剰なリスクを抱えてしまうのです。
 ウォール街では高額報酬は当たり前で、転職も日常茶飯事です。こんな環境下では、投資銀行やファンドといった金融機関の経営者は長期的なリスクについて考える必要性を感じなくなります。気になるのは目先の利益だけ。実際にリスクが顕在化して、市場が混乱した場合にだれがダウンサイドを負担するのか。一般投資家です。
 これは「プリンシパル・エージェント問題」とも言われています。プリンシパル(最終的な資金の出し手である一般投資家)とエージェント(ファンドなど金融仲介業者)の利害は一致せず、放っておけばプリンシパルを犠牲にしてエージェントがぼろ儲けする構図です。長期的なリスクを顧みずにエージェントが暴走すると、金融システム全体のリスクが増幅します。だから、シンポジウムではエージェントの暴走を防ぐための規制が必要だと訴えたのです。
――そのシンポジウムは、18年にわたって米連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めたアラン・グリーンスパン氏の退任を記念する意味合いもありました。「プライベートレギュレーション(民間部門による自主規制)」を提唱する同氏がいる席で、あえて規制強化を主張したわけです。元財務長官のラリー・サマーズ氏(現国家経済会議議長)から「見当違い」と批判されるなど、集中砲火を浴びましたね。
ラジャン そんな感じでした。ただ、FRB議長としてのグリーンスパン氏の功罪について論文を書いたつもりはありません。あくまでも金融システムに内在するリスクについて書いたのです。
 誤解してほしくないのは、シンポジウムでは規制論者と見なされたかもしれませんが、わたし自身は「政府による介入で市場を管理すべき」といった議論には反対だということです。では何を主張しているのかというと、逆説的に聞こえるかもしれませんが、「自由な市場経済システムを維持するために適切な規制が必要」ということです。
 今回の危機発生前は、「市場は自ら問題を解決するから、外部から規制を加える必要はない」といった考え方が有力でした。一部の人たちはこの考え方を信じ、実行に移しました。その結末が現在の危機です。「プライベートレギュレーション」にはおのずと限界があるのです。

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執筆者プロフィール
牧野洋 1960年生れ。83年、慶應義塾大学経済学部卒業、88年、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール卒業(修士号)。日本経済新聞社でニューヨーク駐在記者や編集委員などを務め、2007年に独立。著書に、日米のジャーナリズムを比較した『官報複合体』(講談社)や『米ハフィントン・ポストの衝撃』(アスキー新書)、『不思議の国のM&A』(日本経済新聞出版社)、『最強の投資家バフェット』(日経ビジネス人文庫)などがある。
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