液化石油ガス(LPG)価格の高騰を機にカザフスタン全土に広がった暴動は、長年続く「ナザルバエフ‐トカエフ独裁体制」を根底から揺るがす事態となった。「先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」による動画配信「ROLESCast」第7回(1月6日収録)は、東京大学の小泉悠・山口亮の両氏が、暴動の背景と影響について議論する。

 

*お二人の対談内容をもとに編集・再構成を加えてあります。

山口 ROLESCast第7回をお届けします。2022年初のROLESCastとなります。今年も何卒宜しくお願い致します。

 今回はカザフスタンの非常事態について語りたいと思います。

 

小泉 凄い2022年の幕開けになってしまいましたね。

 

山口 カザフスタンでは先週末から燃料価格の高騰をきっかけに始まったデモがエスカレートして、大統領家宅や最大都市アルマトイにある政府施設、空港などが襲撃されました。

 5日、カシムジョバルト・トカエフ大統領が内閣総辞職を承認し、向こう180日にわたってガソリン価格に上限を設定しましたが、同時に非常事態宣言と対テロ作戦を発動しました。これにより外出やデモの禁止、インターネットのアクセス制限などがあるようです。

 トカエフ大統領は必死に火消しにあたっているわけですが、小泉先生はどう思いますか。

安定していたはずのカザフスタンで「まさか」の事態

小泉 今回、ロシアや旧ソ連地域の専門家の多くが驚いたと思います。

 というのもソ連が崩壊して15の共和国に分かれた中で、カザフスタンは安定していると見られていたからです。確かにずっとヌルスルタン・ナザルバエフの独裁体制ではありましたが、同時にエネルギー資源が豊富に出て、独裁ではあるけれど政治的に安定しており、ロシアとの関係もいい。西側からも投資が入っているということで、問題はあるけれども安定していると見られていた。

 そのカザフスタンでまさかこんなことが起きるのかというのが、多くの人々の率直な感想だったと思います。

 面白いのは、燃料価格の高騰という、ある意味では些細なことからはじまっているということ。日本でも最近はガソリンが高いですが、それでみんな火炎瓶を持って出てきたりはしない。日本人は今のところ「大変だね」と言って我慢できている。

 でもカザフスタン人の中には、安定しているけれども溜まってきたものがあり、それが今回、車の燃料として使われる液化石油ガスの価格が吊り上がったことへの不満から、全国レベルの暴動に発展してしまった。

 こういうことが起こり得るのかというのが私の印象です。

爆発したナザルバエフ体制へのフラストレーション

山口 今回の事態は燃料価格の高騰がきっかけと言われていますが、私もカザフスタンの方たちと話していて、以前からカザフスタンでは若い世代を中心に、政治とりわけナザルバエフ体制への不信感が強かったという印象を受けました。小泉先生がおっしゃったように、つもりにつもったフラストレーションが一気に爆発したように見える。

 なので、いくらか政府が燃料価格の問題を何とかしたとしても、根本的な問題は政治にあるので、事態が簡単におさまらない気がします。

 

小泉 私もそう思います。ここまで行くと、ガソリン価格をどうするという小手先の戦術で国民の不満が収まるとは思えない。

 そもそも最初に問題が起きたのはカザフスタンの西の方なのですが、西の方は経済開発が遅れている。伝統的に首都は東の方の天山山脈側のアルマトイにあって、1997年に遷都した新しい首都は今はヌルスルタンという名前になっていますが、ここも国土中央部のやや東寄りにある。

 そのため西の方は、資源は出るけれども人々の生活が置き去りにされてきたという不満感がずっとあった。

汚職に繋がっていた燃料価格の国家統制

小泉 しかも今回燃料価格が急に高騰した原因は、1月1日から燃料価格の国家統制が廃止されたことにあります。これまでは人々に安いエネルギーを供給しますよと言って、国家が統制して燃料価格を安くしていた。

 私もカザフスタンの専門家ではないので、今回いろいろなものを急いで読んだのですが、その中にあった面白い指摘は、燃料価格の国家統制がカザフスタンの汚職に繋がっていたということ。

 カザフスタンはガスが出るので、安いガスを国内で売るより外国に流してしまった方が儲かるらしいのです。外国では国内の1.5倍くらいで売れる。そのため業者は、せっかく燃料が出るのにそれを国民に売らないで、外国に流してしまう。その結果、ガスは出るのにいつもガス不足という状況があった。そういった汚職の構造そのものにみんなは不満がある。

 政権もそれは分かっていたので、じゃあ市場メカニズムで価格が形成されるようにしようということで、天然ガス価格を電子取引で、即座にガソリンスタンドで買うようなシステムにした。そうしたら市場メカニズムが働くので、外国並みに一気に値段が上がってしまった。

 中長期的に見たらそれが公正な取引メカニズムかもしれないけれども、これまで汚職のせいでガスの不足があって、今度は市場に任せますと言っていきなりガスの価格が上がるというのは、国民にしてみれば「何なんだよ」というのがあるのだと思います。

 加えて、ナザルバエフとその周りの人が私腹を肥やしてきたことは、みんな知っている。身近な公共セクターの長であるとか軍であるとか大企業であるとかが賄賂をもらう汚職構造が出来ていることを、人々は日々の生活を通じて知っている。そうした普段の生活の中で感じられる社会や経済の不公正感みたいなものが、今回の燃料の高騰という一事を通じて吹き出してしまった。

 それが西の方の発展の遅れた貧しい地域にとどまらず、アルマトイという四半世紀前までは首都だった、今でも人口が最大規模の街でも物凄く揉めている。

国民の鎮圧を嫌がる軍

小泉 私の背景画像はアルマトイの状況ですが、これはかつての国会議事堂です。

 ここに押し寄せてくる人々に対して一部鎮圧に出る警官隊もいるけれども、あちこちでデモ隊に対して共感を示して「もう俺たちは君たちを鎮圧しない」と言って武器を捨てちゃう警官隊もいる。末端の警察官レベルの人も相当、現体制に不満を持っていたんだろうと思います。

 そういったことを含めても、ガス価格をどうこうしますということで人びとの不満が収まるとは思えない。大規模な政治的変動を伴うと思いますし、ずっと権力を握ってきたナザルバエフさんと、彼が2019年に大統領に任命したトカエフさんの政治的な運命にもかなり影響を与えると思います。

 

山口 たとえば軍が出てくる可能性はありますか。

 

小泉 あり得ると思いますが、問題は旧ソ連の国々の軍隊はこういう時に国民の鎮圧に出てくるのを嫌うこと。

 1990年代や2000年代のロシアの軍関係研究では、なぜ旧ソ連の軍隊はこれほどまでに国民弾圧を嫌うのか、というのが大きなテーマでした。内務省まではデモ隊の鎮圧は本体任務なので、「やれ」と言われればやりますが、軍になると嫌がる。

 これは1989年のソ連末期にソ連軍が何度も反ソ連暴動鎮圧に駆り出されたことが影響しています。グルジア(ジョージア)のトビリシやエストニアのタリンなどあちこちで反ソ連暴動鎮圧をやらされて、国民に銃を向けてしまった。彼らなりに一応、人民を守る軍隊だという正義感があったわけですが、その「我々」が守るべきソ連国民に銃を向けて傷つけてしまったということが物凄いショックだった。

 少なくともロシア軍に関して言うと、91年8月のクーデターや93年10月のモスクワ騒乱など、政治から命令されても動きませんでした。

 今回のカザフスタン軍の場合も、どのくらい政治的なカルチャーとしてそういうものを受け継いでいるのか分かりませんが、これだけ国民も治安機関も権力にそっぽを向いている中で、軍だけが果たして体制に忠誠を誓うかというと怪しいと思っています。

 そうすると、軍からも治安機関からも見放されてしまう元大統領のナザルバエフにしても現大統領のトカエフにしても、政治生命どころか物理的な生命が危うくなってくる。

 なので、ここで首都を捨てて逃げちゃうのか、ロシアなどに泣きついて介入してもらうのかが注目されていたわけですが、日本時間の1月6日にロシア主導の旧ソ連の軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」が声明を出し、治安回復のために期間限定で平和維持部隊を送ることになりました。

 おそらくまずは旧ソ連国から集めてきた平和維持部隊がカザフスタンに入って秩序回復に当たるのだと思いますが、果たしてそれだけで騒動が収まるのかはまだまだ分かりません。

カザフスタンを見捨てられないロシア

山口 複雑な問題ですよね。カザフスタンだけではなく中央アジアの旧ソ連国家がいろいろ関わってきている。

 ロシアはカザフスタン情勢をどのように見ていると思われますか。

 

小泉 ロシアも相当頭を抱えていると思います。

 ロシアにとってカザフスタンは長年のパートナーだった。旧ソ連の中でもロシアに対して反抗的な態度を取る国や、ウクライナのようにNATO(北大西洋条約機構)に入ると言う国もある中で、カザフスタンはそういうことは言わない。

 ナザルバエフは独裁者でもありますが、ロシアとカザフスタンが中心となってユーラシアを再編していきましょう、旧ソ連をゆるやかな形で再統合していきましょう、というプーチンのユーラシア計画の良き理解者でもある。

 政治家としてのキャリアはナザルバエフさんの方が上なので、プーチンにとっては頼れる先輩みたいな感じもあったと思います。

 エネルギーも出るから経済的にも豊かだし、国土面積も旧ソ連ではロシアに次いで2番目だし、軍隊も相当大きなものを持っているので、非常に頼れるパートナーだった。それがここへきて足元から崩れつつある。

 それはプーチンからすると見捨てられないと思います。ましてナザルバエフ体制のような比較的安定した体制でさえ国民の抵抗で崩壊するのだとしたら、もっと不安定な国がいっぱいある。キルギスやタジキスタンはずっと貧しいし、政治的にも不安定な部分がある。いつ同じような政変が起こるか分からない。キルギスについては何回も政変が起きているので、何が起きるか分からない。

 これで「カザフスタンを放っておくよ」と言ったら、旧ソ連の国々が「我々は自由にします」と言って、ロシアから離れていきかねない。なので、何もしないわけにはいかない。

 他方で難しいのは2点あって、1つはロシアがウクライナ周辺に軍隊を集めている真っ最中だということ。

 ロシアがNATOやウクライナにいろいろな要求を突き付けていて、「言うことを聞かなかったらロシア軍が入っていくかもしれないぞ」と脅しをかけている真っ最中にカザフスタンでこういうことが起きて、ロシア軍の主力をこっちに投入しますという話になると、ウクライナの方は当面安全ですねということになりかねない。つまり脅しの効果が著しく薄れてしまう。その意味ではロシアは真っ向から入っていきにくい。

 しかし、もう1つの問題として、ここでロシアがカザフスタンを見捨てますとなると、あまりにも体裁が悪い。そこでまずは平和維持部隊を入れましょうかという話になっているのだろうと思います。

中央アジアへの飛び火

山口 中央アジア地域を見ると、あまり民主化が進んでいない印象を受けます。今回のカザフスタンの事態が他の中央アジアの国に飛び火することはありますか。

 

小泉 それがロシアの恐れている最悪の事態なのだと思います。

 キルギスは何度も政変があって、2005年のチューリップ革命は中央アジア唯一の民主革命ということで欧米からも称賛された時期がありました。

 その他の中央アジアの国々を見ると、たとえばウズベキスタンは長らく続いたイスラム・カリモフの独裁体制からシャフカト・ミルジヨエフ体制に代わったけれども、結局ミルジヨエフ体制も独裁。ただ、カリモフに比べれば、ある程度締め付けを緩和するとか、周辺諸国との関係改善を模索するとかいうことをしている。

 ソ連崩壊後、独裁体制が敷かれた中央アジアの国では、崩壊後30年経つと同じ独裁者ではやっていられなくなり、1代目が2代目を指名して、ある程度、近代化や関係改善や締め付け緩和をさせながら、徐々に体制の近代化や延命をはかっていくというのが、これまでのスタイルでした。

 カザフスタンもその例にもれず、2019年にナザルバエフさんが大統領から引退し、トカエフさんを後継者に指名し、襲名なのだなと見られていた。

 ところが中央アジアの中でも一番安定していると思われたカザフスタンでこういうことが起きると、ウズベキスタンのミルジヨエフ体制は大丈夫なのか、中央アジアでも特に独裁色が強いトルクメニスタンは大丈夫なのかということになる。

 

山口 トルクメニスタンは中央アジアの北朝鮮と言われていましたよね。

 

小泉 トルクメニスタンは天然ガスが出るので、お金はある。北朝鮮のように飢餓が起きるという話にはなっていませんが、極端な個人崇拝と物凄い統制が敷かれ、事実上の鎖国状態です。いまはまだガスが出ているので良いですが、何かあったら危ないのではないかという話はずっとある。

 プーチン政権やロシアからすると、「カザフスタンのような国でさえ政権がひっくり返るなら、俺たちもやれるんじゃないか」という感じが中央アジアの国々で広がったら凄く嫌だなと思っていると思います。

7割が信じる「アメリカ扇動説」

小泉 ここで難しいのは、ロシアが近年ずっと主張している言説です。

 こういったレジームチェンジ、人々が立ちあがって体制を倒すというのは、自発的にやっているのではないという言説が、プーチンさんの言説にも出てくるし、国家安全保障戦略のような公式ドキュメントにも出てくる。あるいはベラルーシやカザフスタンのような権威主義諸国のリーダーたちもそういうことを言う。「あれは裏からアメリカが手を回して扇動しているんだ」と。

 我々から見ると、「自分たちの独裁をごまかすために都合の良いことを言って!」となりますが、僕の目測で言うと、7割くらいは本当に信じているのではないかと思います。独裁者たちの内心の7割と、国民の7割が本当にそう思っている。 

 そうすると、今回の件をロシアや中央アジアのリーダーたちがどう受け止めるのかというのは大きな広がりとして問題になる。

 ロシアにしてみれば、いまウクライナ正面に軍隊を集めて、ヨーロッパ安全保障秩序の大転換を迫る大勝負をやっている真っ最中なわけですよね。「NATOはこれ以上の東方拡大をするな」、「ソ連崩壊後にNATOに加盟した国々については、そこに戦闘部隊を置いてはいけない。ロシアを脅かす軍事活動をしてはいけない」と。

 事実上、ヤルタ会談の時の線をもう一度引き直そうとするような要求をアメリカとNATOに突き付けて軍隊を集めてみたら、アメリカもNATOも一応話し合おうじゃないかということで来週話し合いが予定されている。

 ロシアにしてみれば、大勝負に出ている真っ最中に自分たちの柔らかな下腹部である中央アジアでこういう騒ぎが起きたことを、果たしてプーチンさんやロシアの情報機関はどう考えるか。彼らの思考パターンからすると、おそらく「西側の野郎、やってきやがったな」と思うんですよ。

 ベラルーシもそう思うんでしょう。一昨年から政権が倒れる寸前まで反政府の騒ぎが盛り上がったわけですから。あるいはちょっとリベラル路線に踏み出しているかなと言われているウズベキスタンも、やっぱりリベラル路線は危ないんじゃないかと思うかもしれない。

 私はカザフスタンの政変がうまいところに着地してくれればいいとは思いますし、ずっとお手盛り選挙で形だけの民主主義が続いているカザフスタンよりは、ちゃんと民主化してくれたほうがいいと思いますが、それが短期的にユーラシアの指導者たちの計算にどう影響するかはまた別問題だと思います。

 またカザフスタンは、われわれが考えるヨーロッパとわれわれが考えるアジアの間くらいにある。カザフスタンの人口の3割くらいはいわゆるロシア系やウクライナ系で、白人。けれど前の大統領のナザルバエフさんはアジア人の顔をしている。東アジアのアジア人より体格はユーラシア的ですが。今の大統領のトカエフさんは白人系とアジア系のハーフではないかと思います。

 このように人種的にも文化的にもアジアとヨーロッパの間にあって、地理的にもまさに間にある。最大都市アルマトイは天山山脈沿いにあって、目の前は中国。それから最初に騒ぎが起きた西側のアクタウは、目の前はロシアのウラル地方。つまりロシアから見ても中国から見ても、「目の前で起きていること」なんです。

 カザフスタンはロシアにとっても中国にとっても良い友人だった。良い友人で、安定していて、金回りも良い。一緒にやっていきましょうと言ってくれる重量感のある仲間だったのが、いきなりガラガラと崩れつつあるのは、ロシア側から見ても中国側から見ても不気味だと思います。

 そういう意味で、今回のカザフスタンの騒乱がどこに着地するのかは、グローバルな意味を帯びてくると思います。

固まっていない「国家としてのアイデンティティ」

山口 中央アジアの人たちの話を聞くと、民族間や部族間のいざこざについてよく聞きます。国民の間で国家としてのアイデンティティがあまり固まっていないのではないかなという印象を受けました。

 

小泉 これは旧ソ連の国々みんなそうだと思うんです。旧ソ連の中である程度の大国、たとえばロシアやウクライナやカザフスタンは、国土が大きい分いろいろな民族が混ざっている。

 ソ連時代は県境のようなものなのであまり問題にならなかったけれども、それがいざ独立すると、カザフスタンには白人もいればアジア系の人もいて、白人はロシア正教を信じている一方、カザフスタン人はイスラム教を信じている。

 ロシアには、正教徒もいればイスラム教徒もいれば仏教徒もいて、朝鮮族のアジア系の人々もいる。

 なぜ1つの国に住んでいるのかということについて、なかなか上手く説明ができない。

 ロシアやカザフスタンの政権が持ち出してくる原理としては、「一緒に第二次大戦を戦ってナチスという悪い連中を倒したじゃないか」、「われわれは歴史的な使命を果たした仲なんだよ」、という建国神話がありますが、この建国神話を使っていると、ロシアもカザフスタンも一緒に戦いましたよねということになるので、やはり「いまある国境って何なの?」ということを実感しにくい。

 それを100年、200年続けていけばアイデンティティも形成できるかもしれませんが、まだソ連が崩壊して30年なので、非常にあいまいな部分があるのだと思います。

 今回のカザフスタンの政変もあちこちで大きく人々が暴れているんだけれども、彼らの中に共通のアジェンダがあるようには見えない。

 一昨年、ベラルーシで反ルカシェンコ暴動が盛り上がった時は、「ずっとルカシェンコ独裁は嫌だ」、「民主化したい」、「少なくともルカシェンコのいないベラルーシをつくりたい」という皆が同意できるアジェンダがあったので、わかりやすかった。逆に言うと、ロシアやルカシェンコ政権はそこを狙い撃ちにした。

 今回はみんなの個々の生活の不満やそれぞれが所属する社会同士の利害関係があって、その中でナザルバエフのクラン(一派)だけが良い思いをしているのは許せん! ということだけが共通点なのではないかと思います。

 そうすると、ぬえのようなもので、今回の事態の本質というか主な動因がどこにあるのか分からない。

 ナザルバエフがつくりあげてきた社会全体が人々の怨嗟の対象になっているのだとすると、介入するロシアも介入していってどこを抑えれば止まるのかよく分からないのではないかと思います。

 おそらく平和維持部隊を送るのにあたって、何をするのかが一番難しいところだと思います。大都市に平和維持部隊が入ってきて、「みなさん解散、解散」ということまではできる。問題はその後ですよね。どのようにしてカザフスタンの社会を再編するのか。

 ロシアから見れば、ナザルバエフに退陣してもらうのはしょうがないかもしれないけれども、いかにしてこれまで通りロシアのパートナーでいてくれるカザフスタンに落とし直すのかが難しいと思います。

 ナザルバエフは独裁者ではありましたが、中央アジアや旧ソ連の独裁者の中では比較的穏健と言われていた。少なくともそんなに評判が悪くなかった。だけど、今ナザルバエフ体制が仮に崩れた後にどんな体制が出てくるか分からない。ロシアの介入も失敗したとしたら、もっとウルトラ・ナショナリスト政権になるかもしれないし、もっととんでもない政権になるかもしれない。内戦になることはないとは思いますが、不安定化するかもしれない。

 ということで、ナザルバエフの後の落としどころが今凄く各国とも心配なのではないかと思いますし、私もそこを心配しています。

 

山口 コンセンサスがないと、今後のカザフスタンをどういう国にしていくのかというビジョンがないので、不透明になりますね。

ウクライナ正面のロシア軍は動かない

山口 最後にカザフスタン政変の国際政治への影響についてはどう思いますか。

 

小泉 ヨーロッパの人たちが気にしているのは、今回の件がウクライナを巡る危機にどう影響するのかということですよね。おそらく今回の集団安保条約機構が出してきた声明を見る限りでは、カザフスタンへの介入は期間限定の平和維持活動ということなので、ウクライナ正面に集まっているロシア軍の主力は動かないと思います。

 今回の暴動はどれも反ナザルバエフであって反ロシア的なメッセージを帯びていないので、ロシアも大規模に軍隊を送ってカザフスタン全土を占領するというようなことは考えないと思います。なので、ヨーロッパ正面での問題は続いていく。

 問題はやはりカザフスタンをどこに着地させるのかというところだと思います。反ロ的な政権ができたり、そもそも誰と話し合えばいいのかもわからないくらいに不安定化したりしてしまうと、ロシアも全面的な介入を考えないといけなくなるかもしれません。

 それから目の前に中国がいる。カザフスタンが不安定化するとすれば、中国がどう考えるのか。アフガニスタンについてはタジキスタンくらいにまでとめたいなということで直接介入しないと言っていますが、カザフスタンについてはウイグルとの民族的なつながりも往来も多く、国境線も長く接していて、エネルギー供給もカザフスタンから受けている。

 カザフスタンがうまく収拾できなかった場合に、果たして中国が不介入政策を貫くのかどうかというのを、私は気にしています。さらに言うと、中国が自国の安全保障のためにカザフスタンに介入せざるを得ないとなった時に、ロシアはどう反応するのかというのもやはり気になる。

アフガニスタン諸勢力への影響

小泉 最後にもう1つ気になるのは、アフガニスタンとの絡みです。

 アフガニスタンが不安定化したけれども、タリバン勢力としては旧ソ連まで手を出しませんので大丈夫です、と言ったわけですよね。それが去年の7月くらい。その後、8月にカブールが陥落して、タリバン政権のアフガニスタンみたいなものができてしまった。それをロシアも中国も何となく認めてきた。

 中央アジア側ではロシア主導で軍事同盟をつくっているから、「お前ら入ってくるんじゃないぞ」という体制にしていたけれども、中央アジアで一番頼りになるはずだったカザフスタンがこうなってしまった。その他の国に波及するかどうかも分からないという時に、アフガニスタンとの絡みで今回の事態がどうなっていくのかも気になる点です。

 タリバン政権はわざわざ越境してこないのかもしれませんが、不安定なアフガニスタンの中にはIS(「イスラム国」)のホラサーン支部もいますし、パキスタン・タリバン運動という連中もいますし、ウズベキスタン・イスラム運動の残党もいる。そういう連中が中央アジアの不安定化をどう捉えるのか分からない。

 やはりカザフスタンの状況を早期に、なおかつ周辺国が受け入れられる形で収拾できるかどうかは、ユーラシアの中央部の秩序にも相当関わってくるのではないかと思います。

 

山口 中国は「一帯一路」もあるので、そこまで放っておけないのではないかと思います。

 

小泉 カスピ海に面したアクタウはエネルギーの積出港があって、「一帯一路」のハブの1つなんですよね。中国も関心があるんだと思います。

日本が考えるべき「権威主義体制と付き合うリスクと意味」

山口 日本の安全保障への影響はありますか。

 

小泉 日本は企業も進出していました。中央アジアの中でもカザフスタンの存在感は大きく、深いお付き合いを築いてきましたが、日本としてカザフスタンが独裁体制であることを見て見ぬふりしてお付き合いしてきた部分は、どこかで総括されなければいけない。

 ここで新しい政権ができるのか、体制がもちこたえるのか分かりませんが、日本として権威主義的な体制と付き合うことのリスクと意味をどう考えるのかというのは、今回の事例を1つの試金石としてちゃんと考えないといけないと思います。

 ミャンマーもベラルーシもそうですが、これまでなあなあで付き合ってきた権威主義体制があるところで不安定化して、とんでもないことを始める、とんでもない事態になることはある。それでも内政にうるさいことを言わないで付き合っていくのが大人の外交ですねという話でしたが、必ずしもそう言い切れない場合が出てくるはずなので、今回の件を機に考えてみたら良いのではないかと思います。

 

山口 突然起きたような感じはしますが、今後も注目しないといけないと思います。

今回も小泉・山口コンビでお届けしました。ありがとうございました。

 

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。