プーチンがウクライナで実行する「未完の仕事」とは

執筆者:名越健郎 2021年11月26日
エリア: 北米 ヨーロッパ
11月4日、クリミア半島のセバストポリを訪れたプーチン露大統領。挑発か余裕か (C)AFP=時事
ウクライナとの国境に10万の兵を展開したプーチン大統領。その心中には、ロシア帝国を復活して“レガシー”を残そうという思惑が。風雲急を告げるウクライナ情勢、4つのシナリオ――。

 12月1日は、ウクライナが国民投票で90%以上の賛成を得て、ソ連邦からの独立を決めて30周年。ウクライナの独立決定を受けて、ロシア、ウクライナ、ベラルーシのスラブ3国がソ連邦解体を決め、ミハイル・ゴルバチョフ大統領が退陣。ソ連は1991年12月末に崩壊し、15の新興独立国が誕生した。

 だが、ロシアは今年、ウクライナ国境地帯で軍事演習を実施し、10月以降、10万の大軍を国境に展開するなど緊張が高まっている。ソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と称したウラジーミル・プーチン露大統領は、ウクライナを「ロシアの一部」とみなし、「未完の仕事」に着手するとの見方が出てきた。

 これに対して、ジョー・バイデン米大統領は年内の米露首脳会談を模索しており、対中・対露で「二正面外交」を強いられる。

「ロシア1月末侵攻」説も

 訪米したウクライナ軍情報機関トップのキリロ・ブダノフ准将は、米軍事メディア『ミリタリー・タイムズ』(11月21日付)に対し、

「ロシア軍がウクライナ国境周辺に9万2000人の兵力を展開し、来年1月末か2月初めまでに侵攻する準備をしている」

 と語った。

 准将は、攻撃はおそらく、空爆、砲撃、機甲攻撃に続いて東部での空挺部隊による攻撃や黒海沿岸のオデッサ、マリウポリへの上陸、それにベラルーシ領からの小規模侵攻を伴うだろうと述べた。

 米『ブルームバーグ通信』(11月22日)も、ロシア軍が多方面からウクライナに迅速かつ大規模に侵攻する準備を整えており、米政府はロシア軍と兵器の配備地図を欧州同盟諸国と共有した、と伝えた。それによると、ロシア軍は約100個大隊、約10万の兵力を準備し、クリミア側とベラルーシ側の南北から侵攻するシナリオという。

 2014年のウクライナ危機で、東部ドネツク州などの親露派勢力が独立宣言して内戦が始まって以降、これまでに1万4000人の死者が出た。戦闘は近年、膠着状態にあったが、今年に入ってロシアが軍事威圧を強めた。

 3月には10万の兵力を国境地帯に配備した。6月のジュネーブでの米露首脳会談に先立ち、一部の部隊を撤収させたが、兵器は残したという。9月中旬、ロシア軍はベラルーシと大規模な合同軍事演習「ザーパド2021」を実施し、ウクライナ攻撃を想定したとされる。演習後、国境地帯の兵力が再び増強された。

 一方、ロシア対外情報庁(SVR)は11月22日、異例の声明を出し、

「米国はロシアの戦車軍団がウクライナの都市を破壊するという恐ろしい絵を描き、脅威を煽っているが、完全に間違っている」

 と全面否定した。

「制限主権論」を導入して理論武装

 プーチン大統領がウクライナ情勢に苛立ちを強めているのは間違いない。7月には「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」という長大な論文を発表し、歴史的にロシア人とウクライナ人は一民族だったことを強調、

「ウクライナの主権は、ロシアとのパートナー関係の中で初めて可能になる」

 と主張した。旧ソ連が1968年、チェコスロバキアの自由化を弾圧した際に使った「制限主権論」の復活を思わせる。

 10月には学者らとの会見で、

「ウクライナを支配するのは攻撃的な民族主義者だ。ロシア系住民が脅威にさらされている」

 と述べ、クリミア併合や東部介入の時の口実を再び持ち出した。

 11月18日にはロシア外務省で演説し、北大西洋条約機構(NATO)が黒海のクリミア周辺に戦略爆撃機を飛行させるなど、軍事圧力を拡大しているとし、

「欧米諸国はわれわれの警告したレッドラインを表面的にしか捉えていない。警告や懸念は全て無視された」

 と述べ、相応の措置を取ると強調した。

 大統領や首相を歴任したドミトリー・メドベージェフ安保会議副議長も9月に論文を出し、

「外国の支配下にあるウクライナ指導部と関わることは無意味だ」

 とし、ウォロジミル・ゼレンスキー大統領を「特定の民族的ルーツを持つ人物」と呼び、メドベージェフ氏自身も母親がユダヤ系ながら、ユダヤ系であることを揶揄した。クレムリンはゼレンスキー政権を相手にせずとの立場を鮮明にした。

元ジョージア大統領同様の姿勢に転じたゼレンスキー

 ロシアの強硬姿勢の背景には、ウクライナ側が挑発を強めたこともありそうだ。コメディアン出身のゼレンスキー大統領は2019年の就任後、ロシアとの対話姿勢をみせていたが、今年に入って支持率が20%台に低下する中、反露姿勢を強化した。

 ウクライナ検察は5月、親露派政党幹部で大富豪のビクトル・メドベチュク氏を国家反逆容疑で逮捕した。プーチン大統領は同氏と親交が深く、同氏の娘の名付け親で、ゴッドファーザーだ。ゼレンスキー政権はクレムリンとのパイプ役を失脚に追い込み、同氏が経営する3つの親露派テレビ局を閉鎖した。

 同政権は8月、ロシアに併合されたクリミア半島の奪還を目指す国際会議をキエフで開催した。日米欧など40カ国以上が参加し、「クリミア併合を容認せず、非難し続ける」との共同声明を採択。今後も開催を続けるとしている。

 ゼレンスキー大統領は9月初めに訪米し、バイデン大統領と会談。米側は新たな軍事援助を約束し、「主権と領土保全」を擁護した。バイデン大統領は親ウクライナとして知られるが、NATO加盟要請は認めなかった。

 ウクライナはさらに、トルコから無人攻撃機を導入し、東部の戦場で親露派の攻撃に使用するなどNATOとの軍事提携を強めた。約25万のウクライナ軍は、2014年の内戦開始当時より強化されている。ゼレンスキー大統領は、2008年にロシアを武力挑発し、ロシア軍の侵攻を誘発したジョージアの親米派、ミヘイル・サーカシビリ元大統領を彷彿とさせるところがある。

未完の仕事に4つのシナリオ

 こうした中で、米国の専門家、ユージン・ルーマー、アンドルー・ワイス両氏が11月、カーネギー財団のサイトに発表した論文「ウクライナ:プーチンの未完の仕事(Ukraine: Putin’s Unfinished Business)」が内外で話題だ。

 論文は、経済・社会を安定させ、外交的地位を高め、シリアなど対外軍事遠征も可能にしたプーチン大統領は、来年70歳の誕生日を迎えるにつれ、自らのレガシーを考えていると指摘。

「偉大なロシアを復活させたプーチンの業績リストには、ロシアの歴史的帝国の復活という未完の仕事があり、ウクライナの復帰ほど重要な課題はない」

 と分析した。論文はその上で、

「2014年にクリミアを併合し、東部で戦争を開始したものの、ロシアは国際的に孤立し、ウクライナ全体が欧米に傾斜した。残りの任期とレガシーを考えれば、ウクライナがやり残した最大の事業だ」

 と述べ、今後クレムリンが着手しそうなシナリオとして、以下の4点を可能性が強い順に挙げた。

(1)直接介入はせず、威嚇的な軍事圧力を使って緊張を人為的に高め、ウクライナ側や欧米の自制を勝ち取る。不安を煽ることで、ドイツなどNATO穏健派諸国の譲歩を促し、西側陣営を分裂させることができる。

(2)東部の親露派支配地域への自治権付与やウクライナの連邦化をうたった2015年のミンスク合意の強制履行。ウクライナ側は自国に不利な同合意を無視しているが、ロシアはミンスク合意の履行によって、ウクライナの中立的地位が確定するとみている。

(3)ウクライナ東部の占領拡大。クリミアの水源であるウクライナ南部の運河や港湾都市マリウポリなどアゾフ海沿岸地帯を制圧し、クリミアと東部の回廊を確保する。

(4)全面侵攻によるドニエプル川東岸の支配。その場合、ロシア軍は奇襲攻撃でウクライナ軍の背後を崩し、ドニエプル川の後方に退却させると予測する専門家もいる。そうすれば、クレムリンは帝政ロシア時代の領地である「ウクライナ左岸」を回復できる。クレムリンはキエフに傀儡政権を樹立し、任務完了となる。

 論文は、新たな領土を制圧する(3)や(4)のシナリオは、領域の管理や治安維持に巨大なコストがかかるほか、欧米の厳しい制裁に遭うなど現実的でないとしながら、

「クレムリンは別の論理で動いており、現在の挑発行為を真剣に受け止める必要がある」

としている。

米政府も疑心暗鬼

 ロシア・ウクライナ国境の緊張を受けて、バイデン大統領は2度目の米露首脳会談を検討している。ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官も、年内に開かれる可能性があると述べた。プーチン大統領は新型コロナ禍で極力外遊を避けていることから、オンライン会談になるとみられる。ただし、11月15日の米中首脳オンライン会談同様、言いっ放しに終わる可能性もある。

 首脳会談では一定の歩み寄りが予想され、前回同様、ロシア軍の部分撤退がみられるかもしれない。しかし、ウクライナがプーチン大統領の「未完の仕事」とするなら、問題解決には程遠い。

 カーネギー財団モスクワ・センターのドミトリー・トレーニン所長は、同センターのHPに発表した論文で、

「60年近く前、ホワイトハウスはキューバがソ連の不沈空母になることを受け入れなかったように、ウクライナが米国の不沈空母となり、モスクワから数百マイルの国境に米軍が駐留することは、クレムリンには受け入れられない」

 とし、「プーチンの未完の仕事」は安全保障の脅威を取り除くことだと指摘した。

 ウクライナ侵攻説についてはロシア国内でも否定的で、政権に近いシンクタンク、国際問題評議会のアンドレイ・コルチョノフ研究員は、

「侵略して何か得点があるのか。損失は巨大で、得られる利益は非常に限定的だ」

と述べた。

 ロシアの政治学者、タチアナ・スタノバヤ氏は、

「ウクライナのタカ派がさらに挑発行為を強め、ロシアが全面対立に引き込まれることが憂慮される」

 と語った。

 米政府は疑心暗鬼で、ロイド・オースティン国防長官は記者団に対し、

「プーチン氏が何をしようとしているのか、正確には分からない」

 とコメントした。アントニー・ブリンケン国務長官は、

「ウクライナの領土保全への米国のコミットメントは鉄壁だ」

 としながら、ロシアが侵攻した場合の米国の行動については言及を避けた。

 新年を挟んで、ロシア・ウクライナ国境の緊張が続くことになる。

 

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授を経て、2022年から拓殖大学特任教授。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。
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