ウクライナ和平を左右するクレムリン「戦争党」対「平和党」の暗闘

執筆者:名越健郎 2024年12月27日
ベロウソフ国防相(左から2人目)とマントゥロフ第一副首相(右から2人目)は「平和党」の中心人物とされている[2024年9月19日、大統領の視察に同行=ロシア・サンクトペテルブルク](C)EPA=時事
クレムリン内部の動きを伝えるとされるテレグラム上のチャンネルから、新たな情報が流れ始めた。「戦争党」と「平和党」の対立だ。強硬派の「戦争党」にはパトルシェフ大統領補佐官、ナルイシキンSVR長官、ボルトニコフFSB長官など。経済優先の「平和党」にはチュメゾフ・ロステクCEO、マントゥロフ第一副首相、ベロウソフ国防相らの名前が挙がる。双方とも停戦の必要性では一致したとされるが、マントゥロフをプーチン後継者とする説、パトルシェフが主導権を握ったとの説などがあり、必ずしも辻褄は合っていない。ただ、いずれにせよ「トランプ停戦」を視野に入れた動きが活発化していることが窺える。

 2025年はロシア・ウクライナ戦争が、「戦争か平和か」の瀬戸際の年となる。停戦を公約に掲げるドナルド・トランプ次期米大統領は、1月20日の就任直後から和平工作に動きそうだが、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は南東部4州からのウクライナ軍の完全撤退など多くの条件を付けており、簡単には応じそうにない。

 とはいえ、ロシアによる全面侵攻から2月で丸3年になり、破壊や荒廃を阻止する必要がある。中国やインド、ブラジルなどロシアの友好国も早期停戦を支持し、ロシア国内でも「無意味な戦争」と批判する分析が出てきた。停戦に向けた「潮時」であることは間違いなく、プーチン政権の決断にかかってくる。

「特別軍事作戦」は時代遅れ

 統制が厳しいロシアのメディアで、SNS「テレグラム」を使って発信する情報チャンネルが気を吐いている。

 その一つがクレムリンの内情に通じた独立系の「インサイダーT」で、10月13日、ロシアの一部エリートがプーチン氏に対し、「特別軍事作戦は時代遅れ」として、早期停戦を説得していると報じた。

 それによれば、ロシアの大物実業家や一線の経済学者が包括的な研究を行い、特別軍事作戦を長期化させれば、1980年代後半の旧ソ連に匹敵する破滅的結末を招くと結論付けた。

 研究は、①国家予算の40%を占める国防予算が増加の一途をたどり、巨額の負担になっている②制裁によってロシアの工業は競争力が大幅に低下した③世界各国はグローバル化や脱炭素化に向けて非軍事部門の経済発展に努めているのに、ロシアは乗り遅れてしまった④国内の民族間対立が先鋭化し、社会状況を悪化させている――とし、将来の発展に舵を切るため、特別軍事作戦を早期に終わらせるよう求めている。

 研究はまた、戦時経済で医療や教育、技術開発の予算が大幅に縮小され、戦死者・傷病兵の急増で死亡手当、傷病手当、軍人年金の負担が巨額になっているとし、技術開発分野でも中国やインドにまで追い抜かれたと警告した。

 戦争は無意味であり、ロシアの経済発展を阻害するとの極めて真っ当な研究といえよう。ただし、研究に参加した実業家や学者の名前は公表されておらず、報告書の要旨だけがSNSで伝えられた。正体が割れれば、直ちに弾圧されるためだろうが、早期停戦を求める健全で冷静な議論が、愛国主義全盛のロシアで浮上しつつある。

後継候補にマントゥロフ第一副首相

 同じく独立系のテレグラム・チャンネル、「SVR(対外情報庁)将軍」によれば、クレムリンでは強硬派の「戦争党」と経済優先の「平和党」の派閥抗争が拡大しているという。

「平和党」の総帥は軍需産業を牛耳るセルゲイ・チェメゾフ・ロステクCEOで、傘下にデニス・マントゥロフ第一副首相、アンドレイ・ベロウソフ国防相らテクノクラートらが加わる。これに対し、「戦争党」はニコライ・パトルシェフ大統領補佐官(造船担当)が主導し、セルゲイ・ナルイシキンSVR長官、アレクサンドル・ボルトニコフ連邦保安庁(FSB)長官らプーチン政権の実力者が連なる。チェメゾフ氏もパトルシェフ氏と同様、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の出身ながら、産業を管轄する過程で経済優先に舵を切ったとされる。

「SVR将軍」によれば、ロシア・ウクライナ戦争はこれまで「戦争党」が推進してきたが、戦争長期化に伴い、終結させなければロシアの経済・金融システムの危機を招き、現体制の存続が危うくなるとの認識が政府内でも優勢になった。「戦争党」は停戦のための有利な条件を主張するが、停戦の必要性には同意しつつあるという。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
名越健郎(なごしけんろう) 拓殖大学海外事情研究所客員教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長、編集局次長、仙台支社長を歴任。2011年、同社退社。拓殖大学海外事情研究所客員教授。国際教養大学特任教授、拓殖大学特任教授を経て、2024年から現職。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミアシリーズ)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ゾルゲ事件 80年目の真実』(文春新書)など。
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