2022年12月7日、ドイツでテロ組織を結成し、クーデターを計画したとしてライヒスビュルガー(帝国臣民)の中心メンバーであるハインリヒ13世ロイス王子(71歳)ら25人が逮捕された(C)Tilman Blasshofer/Reuters TV via REUTERS
ショルツ政権に対するクーデターや連邦議会議事堂への突入を計画していた疑いで、「ドイツ帝国の復活」を唱える右派組織ライヒスビュルガー(帝国臣民)のメンバー25人が逮捕された。政治家や現役兵士も含む同組織の計画は荒唐無稽だが、彼らの思想にはQアノンなどトランプ支持者と共通するディープ・ステート陰謀論が深く根差している。

 12月7日午前6時過ぎ、ドイツ連邦警察の特殊部隊GSG9など約3000人の警察官たちが、ドイツ、オーストリア、イタリアの150カ所でライヒスビュルガー(帝国臣民)メンバーの自宅や事務所を急襲した。

 家宅捜索に、MP3型自動小銃を持ち、ヘルメットをかぶった完全武装の特殊部隊員が同行したのは、決して大袈裟ではない。ライヒスビュルガーのメンバーには退役軍人や元警察官が多く、一部は武器を所有しているからだ(2016年にバイエルン州警察がライヒスビュルガーのメンバーの自宅を捜索しようとした際に容疑者が発砲し、警察官1人を射殺したことがある)。

 家宅捜査令状に記された容疑事実は、「テロ組織の結成」だ。連邦検察庁は、ライヒスビュルガーのメンバーたちが去年11月に「評議会」と呼ばれる団体を結成し、武装蜂起によりショルツ政権を転覆することで、軍事政権の樹立を目指していたと見ている。

 この日、連邦検察庁は、評議会で中心的な立場にあった不動産業者ハインリヒ13世ロイス王子(71歳)ら25人を逮捕した。逮捕された25人の内、22人が評議会に属しており、3人は支援者だった。連邦検察庁は、この他のライヒスビュルガーのメンバー27人についても、任意の事情聴取を開始した。つまり逮捕者・非逮捕者を合わせて、現在捜査の対象となっているライヒスビュルガーの人数は、50人を超える。

 この日ペーター・フランク連邦検事総長が記者会見を行い、「ハインリヒ13世らは、軍事的手段を使ってドイツの国家秩序の破壊を目指していた。容疑者たちに共通していることは、ドイツの国家体制を否定し、ライヒスビュルガーやQアノンの陰謀論を信じていることだ」と述べた。連邦検察庁は、ドイツでテロやスパイ事件など国家体制を脅かす重要事件だけを担当する。連邦検事総長は、通常記者会見を行わない。彼が記者たちの前に姿を見せたことは、政府が今回の事件をいかに重く見ているかを示している。

 約3000人の警察官が動員された強制捜査も、近年のドイツでは例がない。連邦検察庁と連邦刑事局の他、連邦憲法擁護庁、連邦軍の軍事防諜機関(MAD)と各州の警察も加わった捜査態勢は、1970~80年代に当時の西ドイツを揺るがせた極左テロ組織「赤軍派(RAF)」に対する捜査以来の陣容である。極右組織に対する強制捜査としては、対二次世界大戦後、最大の規模だ。

逮捕者には現役判事、軍関係者も

 フランク連邦検事総長によると、ハインリヒ13世はクーデター後の新政府で「国家元首」の地位につくはずだった。旧東ドイツ・テューリンゲン州に狩猟用の居城を持つハインリヒ13世は、約800年間続く貴族の家系に属している。2019年にチューリヒでの会議で行った演説でハインリヒ13世は、「ドイツは主権国家ではなく、憲法も持っていない。国連のライセンスを受けた民間組織にすぎない」と述べて現在のドイツ政府の正統性を否定した。

 さらに彼はこの演説の中で、「1918年まで続いたドイツ帝国の国家体制を復活させるつもりだ」と語るとともに、反ユダヤ的な姿勢を露わにした。彼は「ロスチャイルド一族は、戦争や革命のための資金調達を行い、欧州の国々で君主制を破壊してきた。第一次世界大戦は、欧州でのユダヤ人の増加と勢力拡大につながった」と述べている。

 18世紀以来王侯貴族や政府のために融資や資金運用を行ってきたユダヤ人マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの一族は、後にフランクフルトやロンドン、パリなどに銀行を創設し、19世紀のヨーロッパで最大の金融業者となった。「戦争や革命の背後にはユダヤ人がいる」というハインリヒ13世の言葉から、彼が反ユダヤ主義者であることがわかる。

 ハインリヒ13世の一族が住んでいたテューリンゲン地方は、第二次世界大戦後ソ連軍に占領され、1949年からは社会主義国東ドイツに編入された。このため一族は、ソ連と東ドイツが実施した土地の国有化政策によって不動産を没収された。1990年の東西ドイツ統一後、ハインリヒ13世は没収された不動産の返還をドイツ政府に要求したが、その望みは拒否された。このことが、ハインリヒ13世が政府に深い恨みを抱くきっかけとなった。

 他の逮捕者の中には、現役の裁判官もいた。ビルギット・マルザック・ヴィンケマン判事(58歳)は、ベルリン地裁で働いていた。極右政党ドイツのための選択肢(AfD)の党員でもあり、2017~21年に連邦議会で議員も務めた。当時ヴィンケマン判事は、メルケル前首相の難民政策を舌鋒鋭く批判。このためAfDのアリス・ヴァイデル共同党首から「素晴らしい政治家だ」とほめられたこともある。ヴィンケマン判事は、新政府で司法大臣を務めることになっていた。法の番人である裁判官が、武力による国家転覆を目指すグループに属していたのは、驚きである。しかもヴィンケマン判事は、連邦議会議員の資格を失った後も、連邦議会に出入りできる通行証を返却せずに、保持し続けていた。つまり同氏は、議事堂に突入する武装勢力のために、内部の警備体制などを探ることができる立場にあった。

 連邦検察庁は、ハインリヒ13世らのクーデター計画が決して空想の産物ではなく、かなりの具体性を帯びていたと見ている。ドイツ政府の法務大臣と内務大臣は、2022年12月12日に連邦議会の法務委員会で議員たちに、捜査状況についてブリーフィングを行った。

 この会議に出席した議員たちによると、ハインリヒ13世らは、ドイツ全国に286の「祖国防衛部隊」を設置する計画を持っており、テューリンゲン州、ザクセン州、バーデン・ヴュルテンベルク州ではすでに準備が始まっていた。この部隊は、クーデターの際に政治家や官僚の逮捕や処刑を行う任務を負っていた。

 さらにシュピーゲル誌電子版の2022年12月13日の報道によると、連邦検察庁は家宅捜索の際に、政治家や官僚、医療関係者らの名前を記したリストを押収した。リストにはアンナレーナ・ベアボック外務大臣(緑の党)、サスキア・エスケン社会民主党(SPD)党首、SPDのケビン・キューナート幹事長、フリードリヒ・メルツ・キリスト教民主同盟(CDU)党首の名前が含まれていた。捜査当局は、このメモに記された政治家が、武装蜂起時の逮捕予定者である可能性もあるとして、容疑者たちを追及している。

 実際、今回逮捕された容疑者には、連邦軍や警察の関係者が目立つ。アンドレアス・M二等軍曹は、連邦軍の「特殊コマンド部隊(KSK)」に属する現役の兵士。連邦軍は去年11月に全将兵に新型コロナウイルスワクチンの接種義務を課したが、Mは接種に反対する発言を行っていた。ドイツでは多くの極右関係者やライヒスビュルガーがワクチン接種を拒否している。連邦検察庁は、Mが連邦軍の中で、ライヒスビュルガーのために情報を収集したり、ライヒスビュルガーの思想に同調する兵士をスカウトしようとしたりしていたと見ている。このため警察は、バーデン・ヴュルテンベルク州カルフにあるKSKの兵営でも家宅捜索を実施した。

 また連邦軍の空挺部隊に所属していたリューディガー・フォン・ペスカトーレ元中佐(69歳)は、インターネットに公開した動画の中で「ドイツにおけるレジーム・チェンジ(体制変革)の必要性」を主張していた。彼は現役時代に東ドイツ人民軍の自動小銃や拳銃165丁を盗んだ罪で有罪判決を受け、除隊させられている。

 連邦検察庁は、「容疑者たちはクーデターの際には武装集団をベルリンの連邦議会議事堂に突入させて、議員たちを逮捕することを計画していた。その際に、死傷者が出てもやむを得ないと考えていた」と述べている。

 警察の家宅捜索では、秘密保持を約束したライヒスビュルガーたちの署名入りの誓約書数百枚が発見された。このことから、クーデター計画について知っていたライヒスビュルガー関係者の数は三桁にのぼり、今後も逮捕者が出る可能性が強い。

極右勢力がロシアに急接近していた

 ライヒスビュルガーの思想は、1970年代に極右活動家マンフレート・レーダーらが主張し始めた考え方だ。第二次世界大戦後建国された西ドイツを主権国家として認めず、自分たちの祖国は1871年に建国され、1918年に消滅したドイツ帝国だと信じている。中には、今回逮捕されたハインリヒ13世のように「ドイツ帝国は今も続いており、現在のドイツ政府は連合国のためにドイツを管理している民間組織にすぎない」と主張する者もいる。彼らは現在のドイツのパスポートや運転免許証を認めず、税金や交通違反の罰金の支払いも拒否する。「帝国パスポート」と書かれた青い独自の身分証明書を持つ者もいる。

 連邦内務省のナンシー・フレーザー大臣は、12月10日に行った記者会見で、「ライヒスビュルガーの数は増えつつある」と語った。大臣によると、今年12月1日の時点で、ライヒスビュルガーの数は去年に比べて約9.5%増えて約2万3000人になった。その内2000人が暴力を行使する傾向が強いと見ている。

 つまりライヒスビュルガーは、単に風変わりな思想を持った王政復古主義者たちの集まりではない。彼らは、軍事力による体制の転覆を準備する、危険な組織に変化しつつある。連邦検察庁が強制捜査に踏み切った理由はそこにある。

 ロシアとの接点も気になる所だ。連邦検察庁は、「ハインリヒ13世は新政権の樹立後、第二次世界大戦の連合国と交渉して新たな平和条約を締結することを目指していた。そのために、ライプチヒのロシア総領事館とも接触していた」と説明している。ハインリヒ13世は、ドイツでのクーデターの承認を、ロシア政府から得ようとしていた。「第二次世界大戦後、連合国はドイツと正式な平和条約を結んでいない。このため、連合国は今もドイツを支配している」というのは、ライヒスビュルガーの典型的な主張だ。

 ロシア・ウクライナ戦争のためにドイツとロシアが対立関係にある中、過激勢力が密かにロシア政府と接触しようとしていた点は、見逃せない。ドイツのための選択肢(AfD)などの極右政党は、概して反米主義が強く、ロシアに友好的な態度を示すことで知られている。ハインリヒ13世と面会したロシアの外交官は、半信半疑だったと伝えられる。しかし万一プーチン政権がライヒスビュルガーのクーデター計画に理解を示した場合、ロシアはドイツの国家体制を内部から侵食するための手段を確保していた可能性もある。

前兆は、2020年夏の議事堂突入未遂事件

 今回のクーデター計画を一笑に付してはならない理由がある。それは、2020年夏にライヒスビュルガーや他の極右勢力が起こした、ベルリンの連邦議会議事堂への乱入未遂事件である。

 この事件は、ライヒスビュルガーが言葉だけではなく、実際に暴力を使って民主主義社会を攻撃する準備があることを、初めて示した。

 2020年8月29日にベルリンで約4万人のコロナ懐疑派の市民が、当時のメルケル政権のコロナ対策に反対するデモを繰り広げた。市民たちは政府の指示を無視し、マスクを着けず、他の参加者との間に1.5メートルの距離をとるようにとの当局の命令も無視して行進した。

 午後になって、警察が予期していなかった事態が起きた。連邦議会議事堂の前に集まっていた約500人の群衆が突然防護柵を乗り越えた。彼らは、議事堂の正面入り口に向けて走り出し、議事堂に乱入しようとした。しかし入り口で警備していた3人の警察官が暴徒を押し返し、建物への乱入をかろうじて防いだ。群衆は議事堂の前で黒・白・赤の旗を掲げて、入り口前の階段でたむろしていたが、やがて到着した応援の警察官たちによって解散させられた。

 議事堂乱入を試みたのは、ライヒスビュルガーやネオナチなどの右派勢力だった。そのことを示すのが、彼らが掲げていた黒・白・赤の旗である。この旗は、1871年から1918年までドイツ帝国(プロイセン国王を皇帝とする帝政ドイツ)の国旗として使われた物で、「ライヒスフラッゲ(帝国旗)」と呼ばれる。ナチスも1933年から2年間にわたり、この旗に鉄十字章を配した「帝国戦争旗」を一時的に使ったことがある。

 第二次世界大戦中にナチスドイツが、戦功があった兵士に授与した鉄十字章のリボンにも、この3つの色が使われていた。大戦初期、国防軍兵士の鉄兜にもこの色のワッペンが貼られていた。つまり黒・白・赤の旗は帝政ドイツだけではなく、ナチス時代のドイツの影をも引きずっている。

 今日のドイツでは、鉤十字(ハーケンクロイツ)の旗や親衛隊のシンボルであるルーン文字のSSのマーク、髑髏のマーク(親衛隊の制帽の徽章に使われた他、武装親衛隊のSS第3戦車師団「トーテン・コップ=髑髏」が師団の紋章として使った)などを公衆の面前で掲げることは、国民扇動の罪に当たるとして禁止されている。

 これに対し、帝国旗はナチス以前の時代にも使われたので、公衆の面前で掲げることは法律で禁止されていない。このためネオナチはデモの時にしばしば帝国旗を掲げる。いわばネオナチにとって帝国旗は鉤十字の旗の「代用品」だ。つまりこの旗をデモの際などに公衆の面前で掲げる人々は、ネオナチかそれに近い思想の持ち主である。

コロナ懐疑派と右派勢力を結ぶ「ディープ・ステート」妄想

 議事堂乱入未遂事件には、様々なネオナチ・極右勢力が参加していたが、ライヒスビュルガーのメンバーたちも混ざっていた。デモには他にも様々な団体・組織が参加していた。

• 極右政党「ドイツのための選択肢(AfD):2015年の難民危機を追い風として、2017年の連邦議会選挙で第3党にのし上がった。党の幹部たちはトルコ人や黒人をあからさまに蔑視したり、ナチスドイツによる犯罪を矮小化したりする発言を繰り返している。2022年12月の時点で党員数は、約2万9000人。デモには、一般党員だけではなく、AfDの連邦議会議員や州議会議員も参加していた。

• Qアノン:米国に端を発し、欧州でも信奉者が増えている極右団体。既成政党などエスタブリッシュメントが世界支配のために「ディープ・ステート(目に見えない地下国家)」を築いていると主張。Qアノンには、米国のトランプ大統領を「ディープ・ステートと戦う解放者」として支持する者が多い。2016年の米国大統領選挙前に「ヒラリー・クリントン元国務長官は、ワシントン郊外のピザ店の地下に子どもたちを監禁して虐待する組織を率いている」というデマを拡散した。

• クヴェア・デンカー(「常識的な考え方に挑戦する人々」):ドイツ政府が2020年3月に導入したマスク着用義務、外出・接触制限令などに反対する市民団体。2021年にドイツで始まった新型コロナワクチンの接種にも反対。「コロナは季節性のインフルエンザと変わりない。コロナ・パンデミックは、市民を抑圧するために政府がでっち上げた嘘だ」と主張するコロナ懐疑派も多い。旧西ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州で始まった。

• アイデンティタリアン運動:白人至上主義を標榜し、イスラム教国からの移民の受け入れなどに反対する、国際的な極右グループ。

 これらの団体・運動の賛同者に共通するのは、「我々はディープ・ステートに支配・抑圧されている」という陰謀論もしくは妄想を抱いていることだ。当時から連邦検察庁は、コロナ対策反対運動と、ネオナチ・右派勢力が「メルケル政権(当時)による独裁に対抗する」という共通の目的のために接点を見出しつつあることに懸念を抱いていた。

 コロナ政策反対運動に参加している人々は、「メルケル政権は新型コロナウイルスの危険性を過大視することで市民の間に恐怖感を植え付け、ロックダウンやマスク着用の義務化などによって、憲法が保障する市民権を制限している」と主張した。

 2022年3~5月に新型コロナウイルスが猛威を振るった際に、イタリアやスペイン、フランス、英国でそれぞれ3万人を超える死者が出たことは、捨象されている。彼らの中には、「新型コロナウイルスは、米国のビル・ゲイツが世界を支配するために拡散した」という陰謀論を唱える人もいる。ビル・ゲイツは2015年の時点で、パンデミックに対する備えを強化するべきだと講演などで主張していたからだ。

 コロナ対策反対派の間には、「予防接種反対主義者」という人々もいる。彼らの中には「新型コロナウイルスに対するワクチンの中には、目に見えないほど小さな半導体が含まれていて、予防接種を受けると、ビル・ゲイツが建設しようとしている世界政府にコントロールされる」という陰謀論を主張する人もいる。

 コロナ政策反対デモに参加する人の中には、アルミホイルで作った帽子を頭にかぶったり、アルミホイルを丸めた球をネックレスのように首からぶら下げたりしている人がいた。彼らは、「アルミホイルが政府による脳波のコントロールから守ってくれる」と考えている。「アルミの帽子は、各国政府が導入しようとしている5G(第5世代移動通信システム)の電波から身を守る」と考えている人もいる。

 科学や常識とは無縁な、馬鹿馬鹿しい主張だが、ドイツでは彼らが極右との間に接点を見出しつつあることから、一笑に付すことはできない。実際極右勢力には、コロナ懐疑派が多かった。一時ドイツの連邦議会議事堂では、コロナワクチンを接種していなければ、本会議場に入ることを禁止された。コロナワクチン接種を拒否したAfDの議員たちは、議場に入ることができず、市民の傍聴席で審議を聞いていたことがある。

 陰謀論者たちの「自分たちはメルケル政権の独裁体制によって自由を抑圧されている」という認識には、ネオナチのそれにも通じるものがある。「ユダヤ金融資本が世界を支配している」というネオナチの主張と重なるところがあるからだ。2019年9月に手製の武器を持って旧東ドイツ・ハレのユダヤ人礼拝施設(シナゴーグ)でユダヤ人信徒の殺害を目論んだネオナチの青年も、犯行声明の中で「ユダヤ人が世界を支配している」と主張していた。彼もディープ・ステート陰謀論を信じていた。

 つまりコロナ対策反対運動は、陰謀論者とネオナチが合流する、一種のサブカルチャー運動に発展していた。したがってベルリンのデモの主催者も、ライヒスビュルガーやネオナチ組織のメンバーたちがデモに参加するのを禁止しなかった。ミュンヘンやシュトゥットガルト、ハノーバーなど他の町で行われたコロナ対策反対デモにも、ネオナチやライヒスビュルガーのメンバーが参加している。

ライヒスビュルガーの思想の持ち主が議事堂突入を煽った

 私は、ディープ・ステートに関する根も葉もない妄想を堂々と主張するライヒスビュルガーの路線には、米国のトランプ主義者たちの思想と重なる物があると考えている。ドイツのメディアは、「2020年8月に右派思想を持つ市民を煽って連邦議会議事堂への乱入をけしかけたのは、トランプを支持するドイツ人の陰謀論者だった」と伝えている。

 議事堂乱入未遂の引き金を引いたのは、ドイツ各地でコロナ政策反対デモに参加してきた「タマラ・K」という女性心理治療士だった。

 ドイツ西部のアイフェル地方出身のKは、8月29日に、ベルリンの連邦議会議事堂の前でマイクを握り、「我々は、今日世界史を書き換える」と語りかけた。そして群衆に対し「トランプ大統領(当時)が、いまベルリンに到着した」と嘘をつき、「トランプ大統領に我々の歓迎の意を示そう。議事堂の前の階段に座って、彼が来るのを待ち、我々がドイツの現在の政治体制に強い不満を持っていることを示そう。もはや議事堂前に警察官はいない。我々が議事堂の主であることを示そう」と呼びかけた。

 この言葉が合図だったかのように、帝国旗を持ったネオナチ、ライヒスビュルガーのメンバーたちが防護柵を乗り越えて、議事堂の階段に殺到した。当時米国のQアノンの信奉者の中には、「腐敗したエスタブリッシュメントによって築かれたディープ・ステートと戦ってくれる」として、トランプ大統領に大きな期待を寄せる者が多かった。タマラ・Kがコロナ政策反対デモで、突然トランプ氏を引き合いに出した点に、ドイツの陰謀論者とQアノンの間の距離の近さが感じられる。

 Kは突入未遂事件の前日にも、ベルリンの目抜き通りウンター・デン・リンデンの歩道で「明日何かが起こる。我々は明日団結して、フェイク国家であるドイツ連邦共和国を廃止し、平和条約を要求する」と述べている。この言葉から、Kがライヒスビュルガーの思想を持っていたことがわかる。「明日何かが起こる」と語るKの言葉は、8月29日の議事堂突入の試みが突発的なものではなく、計画的な犯行だった可能性も示唆している。

ドイツは自国の「陰謀論」に何を学んだのか

 ベルリンでの突入未遂事件は、コロナ対策に反対する運動を媒介として、荒唐無稽なディープ・ステート妄想や陰謀論と極右思想の危険な混合体が醸成されたことを示した。

 この事件から約5カ月後の2021年1月6日には、大西洋を隔てた米国ワシントンDCで、Qアノンやトランプ支持者たちが、議会議事堂に突入するという前代未聞の事件が起きた。議会に突入した暴徒の中には、元軍人らも含まれていた。2020年のベルリンでの議会突入未遂事件、2021年のワシントンDCでの議会突入事件、さらに今回明らかになったライヒスビュルガーによるベルリンでの議会突入計画は、一本の糸で結ばれている。それはソーシャルメディアを通じて急激に拡散し、社会に不満を抱く市民の頭脳を汚染して、過激な行動に走らせる妄想と陰謀論である。

 今回ドイツの捜査当局は、ハインリヒ13世らによるクーデター計画が単なる夢想家の産物ではなく、議会制民主主義への直接的な脅威と断定して、強制捜査に踏み切った。2年前にライヒスビュルガーたちがベルリンで実際に乱入未遂事件に加わっていたことを考えると、多数の軍・警察関係者が関与した今回の政府転覆計画を「荒唐無稽な茶番劇」と一笑に付すことはできない。2020年のベルリンでの事件、2021年でのワシントンでの事件が示すように、ディープ・ステートをめぐる妄想と陰謀論は、危険な爆発力を秘めているからである。

 ライヒスビュルガーに属する市民の比率は、ドイツの人口のわずか0.03%にすぎないと指摘する人もいるだろう。だが、油断は禁物だ。ドイツは、かつてディープ・ステート陰謀論者の術中に落ちて、国を誤った経験を持つからだ。

 1920年代にアドルフ・ヒトラーという元画学生が、ミュンヘンのビアホールでの演説で、「ユダヤ人金融資本による世界支配」という陰謀論をぶち上げた時、多くの政治家や市民は「荒唐無稽」とあざ笑い、歯牙にもかけなかった。1923年にヒトラーがミュンヘンで起こしたクーデターの試みは、政府によって瞬く間に鎮圧された。しかしヒトラーはその後突撃隊、そして親衛隊というナチス党の暴力装置を拡大し、最後は選挙という民主主義の仕組みを悪用して政権を掌握した。当時のドイツ社会、そして欧州諸国が早い時点でこの人物の危険性を見抜けなかったことは、1945年までに全世界で少なくとも5500万人の命を奪う大惨事を引き起こした。

 しかもソーシャルメディアによって、今日ではディープ・ステート陰謀論の拡散が1920年代に比べてはるかに容易になっている。私は、一見荒唐無稽なディープ・ステート論に基づくクーデター計画であっても、その芽を早期に摘むことは重要だと思う。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。