2023年4月15日、ドイツ最後の原子力発電所閉鎖を記念して、環境団体がベルリン・ブランデンブルク門前に展示したオブジェ(Achim Wagner / Shutterstock.com)

 ドイツでついに最後の原子炉3基が廃止された。2011年の福島第一原発事故を受けての12年越しの廃炉は悲願だったはずだが、世論調査では回答者の6割近くが脱原子力に反対。その背景には、ロシア・ウクライナ戦争によるエネルギー価格高騰への不安、気候変動への懸念、さらにチェルノブイリや福島事故の記憶の風化がある。

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 今年4月15日にドイツで最後の3基の原子炉が廃止された。同国では、約60年続いた原子力時代の終焉そのものよりも、その前日にドイツ公共放送連盟(ARD)が公表した世論調査の結果が注目を集めた。

約6割が脱原子力に反対

 世論調査機関インフラテスト・ディマップのアンケートは、2023年4月11日から2日間、1204人の市民を対象に実施された。その調査結果によると、「ドイツの脱原子力政策は間違いだ」と答えた市民の比率は59%で、「脱原子力政策は正しい」と答えた市民の比率(34%)を25ポイントも上回った。

 脱原子力についての意見には、年齢によって違いがある。脱原子力に賛成した年齢層は、18~34歳の市民だけだった。この年齢層の回答者の50%が脱原子力に賛成したが、35歳以上の市民のうち、60%を超える回答者が脱原子力に反対した。特に35歳から49歳の働き盛りの世代の間では、67%が脱原子力に反対した。

 また脱原子力についての意見は、支持政党によっても異なった。緑の党支持者の82%、社会民主党(SPD)支持者の56%が脱原子力に賛成した。これに対し、キリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)支持者の83%、ドイツのための選択肢(AfD)支持者の81%、自由民主党(FDP)支持者の65%が脱原子力への反対を表明した。

 ARDは、「回答者の過半数が脱原子力に反対する最大の理由は、ロシアのウクライナ侵攻以降のエネルギー危機」と見ている。

 ARDが公表した世論調査で、「エネルギー価格の高騰について懸念を持っているか」という問いに対しては、回答者の66%が「懸念を持っている」と答えた。「懸念を持っていない」と答えた人の比率はわずか7%、「あまり懸念していない」と答えた回答者の比率も25%に留まった。

2011年にはドイツ人の過半数が脱原子力を支持

 この数字は、2011年3月に起こった福島第一原発事故後の12年の時の経過を感じさせる。今のドイツでは、原子力に対する不安感が薄れたかのようだ。だが12年前には、全くそうではなかった。

 福島事故から約3カ月後の2011年6月にドイツで行われた世論調査では、回答者の54%が脱原子力に賛成し、反対する市民の比率(43%)を上回った。私は1990年からドイツに住んでいる。このため、福島事故に対する当時のドイツ政府、企業、メディア、市民たちの反応をつぶさに観察することができた。

 ドイツは日本から約9000キロメートル離れている。それにもかかわらず、ドイツ人の反応はパニックに近かった。多くの人々が、ヨウ素剤や線量計を買いに走った。あるドイツ人は、「子どもが遊ぶ砂場が放射性物質で汚染されていないかどうか、線量計で測る」と語った。東日本大震災が発生した翌日の3月12日には、原子力発電の専門家(ドイツ人)が「この事故は、炉心溶融につながるだろう」という見立てをテレビのニュース番組で発表した。

 ドイツの大衆紙は「原発ホラー」、「黙示録」などの大見出しを一面トップに掲げ、あたかも日本全土が放射性物質で汚染されたかのような印象を読者に与えた。あるドイツ人は「これから日本車を買おうと思うのだが、放射性物質で汚染されていないかどうか心配だ。検査する方法はあるだろうか」と真顔で私に尋ねてきた。別のドイツ人は、自宅の居間に置いてあるピアノを指さして、「この日本製のピアノは、福島事故の前に買ったから安心だ。今では、日本のピアノは買わない」と言った。

 私の知人で、過去にドイツで勤務した経験を持つ日本人の元銀行員は、ドイツ人の友人からメールを受け取って驚いた。その友人は、「ドイツの私の家に泊まらせてあげるから、すぐに日本を脱出しなさい」と呼びかけてきたのだ。そのドイツ人は、「チェルノブイリ事故の時もそうだったが、原子炉事故が起きた時、政府は事故の本当の規模をすぐに国民に伝えないものだ」と語っていた。

 それほどまでに、ドイツでの福島事故に関する報道はセンセーショナルで、不安を煽るものだった。当初福島中央テレビと提携していた日本テレビを除くと、NHKなど日本の大半のテレビ局は、原子炉建屋の爆発シーンを直ちに放映せず、骨組みだけになった建屋の静止画像などを流していた。これに対しドイツの放送局は、福島中央テレビが撮影した衝撃的な映像を繰り返し流した。私が当時この映像をドイツのテレビニュースで見た時、NHKはまだこの福島中央テレビの特ダネ映像を放映していなかった。つまり多くのドイツ人視聴者は、NHKの番組を主に見ていた多数の日本人よりも早く、建屋が吹き飛ぶ映像を見ていたことになる。

 福島事故の映像が、ドイツ人に強い不安感を与えた理由は、1986年に起きたチェルノブイリ事故の記憶が蘇ったからだ。この時、ドイツ南部の森や牧草地などが、放射性物質によって汚染された。乳牛、そしてミルクも汚染された。バイエルン州の森では、今でも茸や木の実を食べた猪や鹿の肉から、規制値を上回る放射性物質が検出されることがある。チェルノブイリ事故以降、ドイツ市民の間では原子力に対する懐疑的な見方が強まったが、福島事故は「ドイツの原子力発電事業を葬る棺」に打ち込まれる釘の役割を果たした。

 2011年に首相だったアンゲラ・メルケル氏が、原子力推進派から脱原子力派に「転向」したのは、こうした市民の不安が持つ、政治的な起爆力をすばやく理解したからだ。

 社会主義時代に、東ドイツの研究所で物理学者として働いたメルケル氏は、原子力アレルギーとは無縁だった。メルケル氏は原子力推進派だったCDUに属し、「再エネが普及するまでのつなぎとして、原子力エネルギーを使うべきだ」と主張した。同氏は、2010年には電力業界の意向を受け入れて、2002年に左派連立政権(ゲアハルト・シュレーダー政権=SPDと緑の党の連立政権)が施行した原子力法の改正法に変更を加え、原子炉の運転年数を延長した。

 しかしメルケル氏は、「福島事故が起きた後も原子力に固執していたら、緑の党やSPDに有権者を奪われてしまう」と考えた。実際、福島事故の約2週間後にドイツ南西部の保守王国バーデン・ヴュルテンベルク州で行われた州議会選挙では、脱原子力を要求した緑の党が圧勝した。約半世紀に及ぶCDU支配が終わり、緑の党の党員が州首相の座に就いた。この劇的な政権交代を見て、ドイツの全ての政党が緑の党に右へ倣えをするように、原発廃止を主張し始めた。

 一転して「脱原子力派」になったメルケル氏は、2011年8月に改正原子力法を施行し、当時使われていた17基の原子炉を2022年12月31日までに廃止することを決めた。同時に、原子力エネルギーを代替するために再エネの拡大に拍車をかける政策を実行した。電力業界も、もはや原子力発電に固執することはなかった。

 当時脱原子力に賛成したのは、リベラル勢力または左派に属する市民だけではなかった。ある大手ドイツ企業の保守的な思想を持った管理職社員も、私に対して「福島事故に関する報道を聞いて、ドイツが原発を廃止するのは正しいと思った」と語っている。

 多くのドイツ人たちは、日本について、「何事もきちんと行う、ハイテクノロジー大国」という先入観を持っていた。その日本ですら、原子炉事故を防げなかったという事実は、多くのドイツ人の心にこのエネルギーに対する不信感を植え付けたのだ。

ドイツ人が脱原子力に反対する2つの理由

 2011年には脱原子力に拍手喝采したドイツ国民だが、12年後の今になって、原発の必要性を感じる市民が増えている理由は、2つある。

 1つは去年2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始したために、ドイツの電力・ガス価格が高騰し、市民の間で「エネルギー料金を払えなくなるのではないか」という不安が強まったことだ。もう1つの理由は、欧州で地球温暖化の兆候が顕著に表われ始めているために、気候変動に対する市民の懸念が強まっていることだ。

 最初にエネルギー危機について説明しよう。実は私は、今年4月14日に公表された「回答者の過半数が脱原子力に反対」という報道を聞いても、驚かなかった。なぜなら、去年の夏、市民のエネルギー危機への不安が日に日に強まっていた時に行われた世論調査では、脱原子力に反対する市民の比率がすでに今よりもはるかに高かったからだ。

 去年8月4日にARDが公表したインフラテスト・ディマップの世論調査によると、「最後の3基の原子炉を2022年末以降も運転するべきだ」と答えた回答者の比率は82%で、「2022年末に廃止するべきだ」と答えた回答者の比率(15%)を大きく上回った。

 当時は、ロシアの国営企業ガスプロムが、同国から西欧へガスを輸送する海底パイプライン・ノルドストリーム1を通じたガス供給量を徐々に減らしており、ドイツの市民や企業経営者の間で「2023~2024年の冬にはガスが不足するのではないか」という不安が募っていた。当時フランスの原子炉のほぼ半分が、部品の材質などに関する問題のために止まっており、冬にドイツで電力が不足してもフランスはドイツに電力を融通できないという事情もあった。ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、オラフ・ショルツ政権は過渡的な緊急措置として、廃止する予定だった石炭火力発電所や褐炭火力発電所の再稼働を許可した。しかし2022年夏の降水量不足のためにライン川などの主要河川の水位が下がり、石炭運搬船が航行できないという事態も起きていた。

 ショルツ政権が当初予定されていた2022年末に3基の原子炉を廃止せずに、今年4月15日まで3カ月半運転期間を延長したのも、「エネルギー危機の最中に、なぜ運転できる電源を止めるのか」という市民や企業の不満の声が強まり、冬に電力不足が起きる可能性が生じたからである。脱原子力を1980年の結党時以来の悲願としてきた緑の党も、流石に回答者の82%が運転継続を望むという世論調査の結果を無視することはできなかった。緑の党は「新たな核燃料を装荷しない」という条件で、原子炉廃止を伸ばすことに同意した。

電力・ガス会社が「料金を2倍に引き上げる」と通告

 なぜドイツのエネルギー危機への不安感はこれほど強いのか。それは、この国に住む人々が去年夏から秋にかけて、「異次元の電力・ガス価格高騰」をエネルギー企業から通告されたからだ。当時のショックは、今も人々の骨身にしみている。

 たとえば私が住んでいるミュンヘンの電力・ガス供給企業シュタットヴェルケ・ミュンヘン(SWM)は、去年11月3日に、「電力卸売市場での調達価格が高騰したため、2023年1月1日から電力料金を約2倍に引き上げる」と企業・市民に通告した。

 この結果、毎年2500キロワット時(kWh)の電力を消費する家庭が、月々支払う電力料金は、これまでの62.71ユーロ(8779円・1ユーロ=140円換算)から122.7%増えて、139.64ユーロ(1万9550円)になった。年間電力料金は、752.53ユーロ(10万5354円)から1675.67ユーロ(23万4594円)に高騰することになった。

 これまで、電気代の値上がり幅は、1年間に2000~7000円程度だった。それが2023年には、一挙に約13万円も増えるというのだ。私は33年間ドイツに住んでいるが、これほど急激な電気代の値上げは経験したことがない。

 SWMが大幅な引き上げを通告したのは、電力料金だけではなかった。同社は2022年10月18日、「ガスの調達価格が高騰しているので、2023年1月1日からガス料金を約93%引き上げる」と発表した。この結果、毎年2万kWhのガスを消費する家庭では、月々支払うガス代が159.17ユーロ(2万2284円)から、307.41ユーロ(4万3037円)に増えることになった。

 ドイツでは、ガスは最も広く使われている暖房方式だ。ドイツ連邦経済・気候保護省によると、2019年には4600万世帯の家庭の48.2%がガス暖房を使っていた。

 私はSWMの発表直後、この会社から電力とガスを買っている市民の1年分の負担がどれくらい増えるかを計算した。その結果、年間電力消費量2500kWh、年間ガス消費量2万kWhの標準家庭では、2022年1月に37万2758円だった電力・ガス料金の負担が約37万円増えて、75万1044円になることがわかった。エネルギー費用が1年間で約101%、つまり2倍に増えるという異常事態だ。

 ガスや電力料金を引き上げたのは、SWMだけではない。ノルトライン・ヴェストファーレン州ケルン市の地域エネルギー企業ラインエネルギーは、2022年10月1日から家庭用ガスの価格を1kWhあたり7.87セント(11円)から18.3セント(25.6円)に132.5%引き上げると発表した。年間ガス消費量が1万kWhの世帯の年間のガス料金は、960ユーロ(13万4400円)から2002ユーロ(28万280円)になる。またケルンの標準世帯の地域暖房の年間料金は、2021年には407ユーロ(5万6980円)だったが、市民は、「2022年10月1日から暖房料金を約73%引き上げられて705ユーロ(9万8700円)にする。また1kWhあたりの電力料金も、2023年1月1日から77%引き上げる」という通知を受けた。

 エネルギー費用の高騰は、特に貧しい人々にとっては極めて大きな負担となる。

 ドイツ連邦統計庁によると、2022年6月の時点で、就労可能だが仕事が見つからない長期失業者の数は約370万人、病気などで就労できず、生活保護を受けていた低所得者の数は約116万人にのぼった。この内長期失業者が受け取る援助金は、2023年1月1日の時点で1カ月あたり502ユーロ(7万280円)である。彼らは、この中からガスや電力料金を払わなくてはならない。

 またドイツの年金生活者の内、27.8%にあたる約490万人が、毎月1000ユーロ(14万円)未満の年金で暮らしている。彼らにとって、電力・ガス料金が2倍に増えるということは、大きな打撃である。ドイツでは滞納額が100ユーロ(1万4000円)を超えると、エネルギー企業は電力やガスを止めることを許されている。

 これまではドイツでも「たかが電気」と考えて、電力購入契約書をきちんと読んだ人は少なかった。このため電力などの料金の大幅引き上げを通告されて、多くの市民が途方に暮れた。

 ドイツの多くの町には、消費者保護団体が運営する消費者センターという組織があり、料金の支払いなどに窮した市民の相談や、詐欺的商法や欠陥製品に関する苦情などを受け付けている。ロシアのウクライナ侵攻以降、各地の消費者センターでは、ガス・電力料金に関する市民の問い合わせが例年に比べて急増した。中には、「電力・ガス料金が高くなったので、もう子どもに小遣いをあげられない」と相談窓口で泣き出す母親もいた。

光熱費高騰により倒産する企業も

 エネルギー料金の急激な引き上げを通告されたのは、市民だけではない。2022年夏から秋にかけて、多くの企業経営者たちが法外な請求書を突き付けられた。バイエルン州のある中小企業は、地元の電力会社から、「料金を10倍以上に引き上げる」と通告された。

 同州東部のプラットリング市にあるヘフェレ社は、バスタブ、シンクの製造、洗面所、浴室、暖房設備の組み立てなどを行っている。従業員数230人の中小企業だ。同社は商品を展示するショールームでの照明、工場および中庭の照明、倉庫で使用する電動フォークリフトなどのために、同市内にある公営電力販売会社(シュタットヴェルケ)から電力を買っていた。

 しかしこの電力会社は、2022年9月に、「電力卸売市場での調達価格が高騰したので、これまでの電力購入契約は続けられない」とヘフェレ社に通告してきた。電力会社は、ヘフェレ社の経営者に対し、「2023年1月1日から貴社の電力料金を1kWhあたり5.5セント(7.7円)から70セント(98円)に引き上げる」と伝えた。12.7倍の引き上げである。

 製紙業界もエネルギー費用の高騰に苦しんでいる。紙の乾燥には、大量のガスが使われるからだ。ノルトライン・ヴェストファーレン州の有名なトイレットペーパー・メーカーハクレ社は、ガス費用の急増を理由に2022年9月9日に裁判所に倒産手続きの開始を申請した。1875年創業のハンブルクの靴メーカー、ゲルツ社も、同年9月6日に倒産した。

沈静化しつつあるエネルギーマーケット

 ドイツ政府は去年11月に、市民がエネルギー貧困に陥るのを防ぐための対策を打ち出した。ショルツ政権は今年1月1日から、日本政府同様に激変緩和措置を実施し、補助金を投じて市民や企業の電力、ガス、地域暖房の価格に部分的な上限を設定した。これによって、ガス・電力料金が通告通り約2倍に跳ね上がる事態は避けられた。

 さらに今年1月からは、電力・ガス価格が下がる傾向を見せ始めている。欧州では電力価格とガス価格は連動している。欧州のガス卸売価格は、ロシアのガス供給量削減の影響で、去年8月の最終週に1メガワット時あたり300ユーロを超えるという過去最高値を記録した。これは、2021年8月の価格に比べて、約7倍の水準だった。だがガスの卸売価格はその後下落を続け、現在ではロシアのウクライナ侵攻が始まる前の水準よりも低くなっている。マーケットは沈静化したのだ。

 さらにドイツ企業と市民が、2022年のガスの消費量を前年に比べて約18%減らしたことや、去年11月にはドイツの地下ガス貯蔵設備の充填率が一時100%に達したこと、友好国ノルウェーやオランダがドイツに着実にガスを供給し続けたこと、2022年から2023年の冬が暖冬であったこと(ドイツの大晦日の気温は、一部の地域で20度近くに達した)も加わり、恐れられていた「冬のエネルギー危機」は回避された。ミュンヘンのSWMも、今年4月1日から電力料金を引き下げた。

 しかし去年夏から秋にかけて「電力・ガス料金を2倍に引き上げる」とエネルギー企業から通告された時の衝撃と不安は、今も人々の脳裏に刻み込まれている。

 2023年にドイツは、ロシアからのガスなしで再び地下ガス貯蔵設備の充填率を引き上げなくてはならない。ドイツはロシアのウクライナ侵攻が始まってから3カ所に液化天然ガス(LNG)の引き上げターミナルの建設を始めたが、完成するのは2025~2027年になる。このため去年12月から、つなぎの手段として、FSRUと呼ばれる浮体式LNG再ガス化貯蔵設備6基の設置を開始している。

 ドイツ政府が最も恐れているのは、エネルギー供給網に対するテロだ。万一ノルウェーからドイツにガスを送っている海底パイプラインに対して破壊工作が行われ、ガス供給が途絶えた場合、ドイツは窮地に追い込まれる。つまり近い将来ドイツでエネルギー危機が起きる可能性は、ゼロではない。市民や企業経営者の約6割が、「ドイツがこの時期に使用可能な電源を自ら減らすことは理解できない。原子炉を廃止せずに、エネルギー危機が過ぎるまで温存しておくべきではないか」と考えたのは、そのためである。

気候変動に対する懸念が強まる

 脱原子力反対のもう一つの理由は、ドイツ人の間で気候変動に対する懸念が強まっていることだ。同国の世論調査機関フォルサが去年11月に公表した世論調査の中で、「何について強く不安を抱いているか」という設問(複数回の回答が可能)に対して、気候変動を挙げた回答者の比率が59%と最も多かった。気候変動について懸念する市民の比率は、「ウクライナ戦争が他国に拡大すること」を挙げた市民の比率(53%)を上回った。

 またアレンスバッハ人口動態研究所が2021年3月に公表した世論調査によると、2021年1月に「気候変動について懸念を抱いている」と答えた回答者の比率は54%で、2017年1月の比率(37%)よりも17ポイント増えた。特に30歳未満の市民の間では、この比率が2017年1月の44%から、2021年1月には65%に21ポイント増えているのが目立つ。

 ドイツ気象庁(DWD)は、1881年以来の気象観測データに基づいて「ドイツの気温の年間中間値は、1881年から2021年までに1.6度上がったことが統計的に確認されている。1881年以来、ドイツで最も気温の年間中間値が高かった年は、2000年以降5回あった。1年間の内、気温が30度を超える日の数は、1950年代には平均3日だったが、現在では平均9日に増えている。1950年代には、1日の最高気温が零度未満の日の数が1年あたり平均28日だったが、現在では平均19日に減っている」と報告している。

 特にドイツ人に強い不安を与えたのが、2021年7月にドイツ西部のラインラント・プファルツ(RP)州やノルトライン・ヴェストファーレン州などを襲った記録的な集中豪雨と土石流だった。ドイツでは183人が死亡したが、この死者数は1962年にドイツ北部を襲った洪水(347人が死亡)に次いで2番目に多かった。つまり犠牲者数では、過去59年間で最悪の気象災害だった。

 RP州のアール川に面した町や村は、まるで絨毯爆撃を受けたかのように、深刻な損害を受けた。ドイツ保険協会(GDV)によると、この洪水が原因で、2021年の気象災害による保険損害額は127億ユーロ(1兆7500億円)という過去最高の額に達した。2021年7月18日に水害現場を訪れたメルケル首相(当時)は、「この惨状を前にして、私は語るべき言葉がない。過去数十年間に、深刻な気象災害が頻発している。我々は、気候変動と戦う努力を強めなくてはならない」と述べ、この災害と気候変動の間に関連があるという見方を打ち出した。

欧州で脱原子力国は少数派

 実は、欧州全体で見ると、脱原子力国は少数派だ。原発を廃止した国はドイツ、オーストリア、イタリアの3カ国(スイスは2011年5月に脱原子力を決めたが、実際に全原発が廃止されるのは2045年になる。スペインも脱原子力の方針を持っているが、2018年に同国政府は全廃の時期を2028年から2035年に延ばしている)。

 一方、英仏や一部のスカンジナビア諸国、東欧諸国などは、原子力を拡大する方針を打ち出している。たとえばフランス、ハンガリー、フィンランドなど11カ国は、今年2月、化石燃料からの脱却を加速するために、原子力発電の拡大を目指す「原子力連合」を結成した。これらの国々は、欧州連合(EU)が義務付けた2050年までのカーボンニュートラル達成のために、再エネだけではなく原子力発電を拡大することも必要だと考えている。

 この連合に属するポーランドは現在原子炉を持っていないが、2030年代に米国の支援を受けて最初の原子炉を稼働させる予定だ。ベルギーは2025年までに全原子炉を廃止する予定だったが、ロシアのウクライナ侵攻開始後方針を変えて、運転期間を2035年まで延長することを決めた。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は去年、14基の原子炉を新設する計画を発表した。

 欧州委員会も、原子力に前向きな姿勢を見せている。EUは、今年1月1日に施行させたタクソノミー(グリーン経済活動のリスト)に関する委任法令の中で、原子力発電を一定の条件下で「気候変動の軽減に貢献し得る経済活動」と認定した。また、欧州委員会は今年3月16日に公表した「ネット・ゼロ産業法(NZIA)案」の第3条でも「廃棄物の量が少ない、SMRなどの進歩した原子力テクノロジー」を、「非炭素化に大きく貢献する技術」と定義した。NZIAは、EUが2050年までにカーボンニュートラルを達成するために、グリーン産業を支援する枠組みを設定する重要な法案だ。

 ドイツの野党CDU・CSUは、2025年の連邦議会選挙を視野に入れて、ドイツでの原子力カムバックの必要性を訴えている。こう考えると、ドイツが最後の3基の原子炉を廃止した後も、原子力の将来をめぐる議論が続くことは確実だ。

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