エネルギー危機:ドイツ「脱原発延期」に滲む「緑の党」の苦悩

執筆者:熊谷徹 2022年9月30日
タグ: EU ドイツ
エリア: ヨーロッパ
ドイツ政府がリザーブ電源に指定した原子炉イザール2号機(筆者撮影)
独政府は年末に予定していた最後の原発3基廃止を延期した。9月5日に3基中の2基を発電停止状態で「リザーブ電源」化する方針を発表したことに続き、同27日には来年4月半ばまで運転し続ける第2のオプションも提示。電力・ガス会社ユニパーの国有化が決まるなどエネルギー危機が深まる中、緑の党は「全原子炉の廃止」という悲願達成を目前にして歴史的な妥協を余儀なくされた。

 特に電力不足が懸念される南部

 ドイツ政府は脱原子力政策の変更について、2つのオプションを提示した。

 1つ目のオプションは、9月5日に連邦経済・気候保護省のロベルト・ハーベック大臣(緑の党)が発表した。彼は苦虫を嚙み潰したような表情で、今年12月31日に廃止が予定されていた3基の原子炉のうち、同国南部のイザール2号機とネッカーヴェストハイム2号機の廃止を3カ月半延期することを発表した。

 このオプションによると、政府は12月31日に、これらの2基の原子炉の発電を停止させる。しかし真冬の電力不足に備えて、来年4月半ばまでは「リザーブ電源」として温存する。電力会社は運転員を待機させ、政府が必要と判断した場合には、発電を再開させなくてはならない。ただし、新しい核燃料は装荷しない。もう1基のエムスランド原子炉は、予定通り12月31日に廃止される。

 南部の原子炉が温存される理由は、ドイツ南部では風力発電設備や石炭火力発電所の数が北部に比べて少なく、特に電力不足が懸念されているからだ。エムスランド原子炉は、北部に位置している。

 しかしこのオプションについては、イザール2号機を運転する電力会社プロイセン・エレクトラが「原子炉のリザーブ電源化は例がない。いちど運転を止めた原子炉を、政府の指示で短期間に再稼働することは、技術的に難しい」と難色を示した。機動性の高い天然ガス火力発電所と異なり、原子炉は一度発電を止めた後、すぐに発電を再開するのが困難なのだ。

 さらにドイツ政府の諮問機関である「経済専門家評議会」も、「2基の原子炉の発電をやめてリザーブ電源化しても、ガスの節約や電力料金の安定化には貢献しない。原子炉をスタンバイ・モードにすることで、不必要なコストも生じる」として反対した。同会に属する経済学者たちは、「現在のエネルギー危機は2024年の夏まで続く。少なくともそれまでは、原子炉の運転を続けるべきだ」と主張している。

 このためハーベック大臣は、9月27日に第2のオプションを提示した。大臣は、「フランスでは機器の不具合のために、56基の原子炉の内32基が運転を止めている。したがって、冬期にドイツで電力需給が逼迫しても、フランスから電力の融通を受けられない可能性がある」と指摘。

 大臣は、「フランスの状況が改善しない場合には、イザール2号機とネッカーヴェストハイム2号機を、2023年1月1日から4月15日まで運転し続ける可能性もある」と述べた。

 これまで運転継続を拒否してきたハーベック大臣が、2基の原子炉の運転継続の可能性を打ち出したのは、初めてである。

 第1のオプションと第2のオプションの内のどちらを採用するかは、今年12月上旬に政府が決定する。だがハーベック大臣は9月27日の記者会見で、「フランスの原子炉をめぐる状況が厳しいので、12月31日に運転をやめずに、来年4月15日まで運転し続ける可能性が高い」という見方を示した。

 これらの決定は緑の党にとって、苦渋の決断だ。全原子炉の廃止は、1980年の結党以来の悲願だったからだ。緑の党は、悲願の達成を目前にして、2基の原子炉の廃止延期を受け入れた。正に歴史的な妥協である。ハーベックが厳しい表情を見せたのは、そのためだ。

半年前の方針を180度転換

 ハーベック大臣が浮かない表情を見せたもう一つの理由は、彼が今から半年前に全く逆の結論を公表していたからだ。2月24日にロシアがウクライナに対する侵略戦争を開始した直後に、ドイツではエネルギー源についての議論が高まり、保守政党、一部の州政府首相、学界から「3基の原子炉の運転期間を延ばすべきだ」という意見が出された。

 このためハーベック大臣と連邦環境・消費者保護省のシュテフィ・レムケ大臣(緑の党)は、電力会社も交えて対策を協議した。その結果、両大臣は3月8日に、「3基の原子炉の運転を続けても、次の冬にエネルギー危機を大きく緩和することはできない」として、予定通り12月31日に3基の原子炉を廃止すると発表した。

 両大臣が当時、運転延長を拒否した理由の一つは、3基の原子炉が使用する核燃料を調達できるのが、早くても来年の秋になるので、今年の冬のエネルギー需給緩和には役立たないという見通しだった。核燃料市場では、ロシアと同国の同盟国であるカザフスタンが重要な地位を占めているが、ロシアへのエネルギー依存度を高めないようにするためには、これらの国々からの核燃料の購入も避ける必要がある。

 また3基の原子炉の安全検査が、13年間行われていなかったことも懸念の材料だった。前回これらの原子炉の安全検査が行われたのは、2009年である。ドイツの原子力法は、電力会社に対し10年ごとに安全検査を行うよう義務付けている。つまり通常ならば2019年に安全検査が行われるはずだった。しかし、原子力法には、「安全検査が予定されている年の3年後に、原子炉が廃止される場合には、安全検査は不要」とする例外規定がある。このため、電力会社は「どうせ2022年末に廃止するのだから」という理由で、2019年の安全検査を省いたのである。

 このため、ハーベック大臣とレムケ大臣は、3基の原子炉を一旦止めて安全検査をしない限り、運転期間を延ばすべきではないと考えた。この場合、原子炉が供給する電力量は一時的に減る。

 さらに二人は、緑の党左派の強硬な反対にも配慮しなくてはならなかった。レムケ大臣は、「ウクライナ戦争では、ザポリージャ原発がロシア軍によって攻撃を受け、現在も安全運転が確保されていない。この例が示すように、現在のように地政学的なリスクが高まっている時期に原発を使い続けることは、避けるべきだ」と主張した。

 またハーベック大臣らは、「3基の原子炉の運転期間を延ばした場合、緑の党の左派勢力や環境保護団体などが連邦憲法裁判所に違憲訴訟を提起する可能性がある」と判断した。両大臣は、違憲訴訟が起きた場合、裁判官が「運転継続の利点よりもリスクの方が大きい」と判断して、政府が敗訴する可能性が強いと考えた。

 実際、3基の原子炉が冬のエネルギー危機緩和に貢献できる度合いは、比較的小さい。現在最も需給が逼迫しているのは、天然ガスだ。ロシア政府が、8月31日以来、海底パイプライン・ノルドストリーム1によるガス供給を完全に停止しているからだ。

 しかしドイツ連邦統計庁によると、今年上半期の発電量に原子力が占める比率は6%で、天然ガス火力が占める比率(11.7%)よりも大幅に少なかった。

 さらにドイツがロシアから輸入している天然ガスの68%は、製造業界の熱源と家庭の暖房のために使われており、発電に使われているガスの比率(13%)を大幅に上回っている。つまり原子炉を運転し続けても、産業用ガスや家庭の暖房の足しにはならない。このため連邦政府は、3基の原子炉を運転し続けても、多量のガスを代替することはできないと主張したのだ。

 カールスルーエ技術研究所(KIT)も、「3基の原子炉の去年の発電量は330億キロワット時(kWh)で、去年ロシアから輸入されたガスによる火力発電所の発電量(500億kWh)よりも34%少なかった」と指摘している。つまり緑の党に属する両大臣は、「リスクが大きい原発を運転するメリットは、少ない」と考えたのである。

 また今年3月の時点では、RWEなどドイツの電力会社も「脱原子力は2011年に確定したことであり、変更するべきではない」と述べて、3基の原子炉の運転継続については消極的だった。

 その理由の一つは、「核のゴミ」の処理に関する政府と電力会社の間の合意だ。2017年に、原子力発電を行っていた電力会社4社は、高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵、最終貯蔵処分設備の建設と運営のための費用として、241億ユーロ(3兆3740億円・1ユーロ=140円換算)を政府に払った。この合意の前提は、全原子炉を今年末に廃止することだった。合意に基づいて、電力会社は将来高レベル放射性廃棄物の貯蔵処分にからむ一切の費用と責任、リスクから免除された。だが原子炉の運転を継続すると、高レベル放射性廃棄物の量が増える可能性もある。原子炉の運転が継続されることで、核のゴミの費用負担に関する合意を見直さなくてはならない事態を避けたいというのが、電力会社の本音だ。

ストレステストで電力不足の可能性が浮上

 ではなぜハーベック大臣は、6カ月前に行った決定を部分的に覆さざるを得なかったのか。その理由は、ロシア・ウクライナ戦争によってエネルギー市場の状況が日に日に厳しさを増していることだ。さらに気候変動の影響など今年3月には想定していなかった悪条件も加わり、今年冬に電力不足が生じる危険が浮上したからである。

 ハーベック大臣は、今年7月から9月に、送電会社4社に命じて、エネルギー需給が最も逼迫する今年の冬のための、「電力市場ストレステスト」を行わせた。ストレステストとは、電力供給量などについて様々な悪条件が重なった場合のシミュレーションを行い、電力系統(送電網)の安定が確保できるかを調べるものだ。政府がストレステストを実施させたのは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった直後の今年3月から5月に次いで、2回目。送電会社がストレステストを担当する理由は、これらの会社が、ドイツの電力システムを24時間体制で監視しており、電力の安定供給を確保する責任を負っているからだ。

 今回のストレステストの特徴は、1回目に比べて条件をさらに厳しくしたことだ。たとえば2回目のストレステストでは、フランスの原子炉の容量が1回目のストレステストでの容量に比べて、最大22%低くなると想定した。またドイツは電力不足を防ぐために、廃止する予定で止められていた石炭火力発電所の再稼働を始めているが、今年の夏には気候変動の影響で降雨量が少なかったために、ライン川などの主要河川の水位が低く、石炭を大量に積んだ大型貨物船の航行が困難になっている。つまり石炭火力発電所の再稼働が遅れる可能性がある。

 欧州のガス卸売価格は、8月には一時1メガワット時あたり300ユーロを超えて過去最高値を記録し、ガス輸入のための費用が急増している。さらに、冬のガス不足を懸念して、電気を使う温風ヒーターを購入する市民が急増しており、真冬には電力需要が例年よりも増えると予想されている。

 今回のストレステストは、こうした悪条件を加味して行われた。その結果、「最も多くの悪条件が重なるシナリオでは、次の冬に3時間から12時間にわたって、最高5300万kWhの電力が不足する可能性がある」という予測結果が出た。通常ドイツの送電会社は、電力不足が予想される場合には、オーストリアなど隣国から電力の融通を受ける。しかし今年は欧州の大半の国がエネルギー不足を抱えているため、オーストリアがドイツに十分電力を送れるかどうかは、未知数である。

 このためストレステストを行った送電会社は、政府に対し「3基の原子炉を年末に廃止せずに、運転を続けるというオプションも検討するべきだ」と勧告した。

世論調査の回答者の8割が運転継続を希望

 さらに国民の間でも、原子炉の運転継続を求める声が強まっている。ドイツの保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)が今年4月13日に公表した世論調査の結果によると、「3基の原子炉を来年1月1日以降も運転するべきだ」と答えた回答者の比率は、ロシア・ウクライナ戦争が始まる前の今年2月上旬には35%だったが、ロシア・ウクライナ戦争勃発後の今年3月には、57%に増えた。

 またドイツ公共放送連盟(ARD)が8月4日に公表した世論調査結果によると、回答者の実に82%が3基の原子炉の運転継続を希望した。「3基の原子炉を予定通り今年末に廃止するべきだ」と答えた回答者の比率は、15%に留まった。

 2011年の福島原発事故直後のドイツでの世論調査では、7割を超える回答者が脱原子力政策を支持していた。だがロシア・ウクライナ戦争がもたらしたエネルギー危機に対する不安感は、市民の原子力に対する意識を大きく変えたのだ。

 製造業界も原子炉の運転継続を希望した。ドイツ産業連盟(BDI)のジークフリート・ルスヴルム会長は8月6日、第2ドイツテレビ(ZDF)とのインタビューで、「冬に向けて、できるだけガス消費量を減らして備蓄するべきだ。発電に使うガスの量を減らすことも必要だ。政府はそのために、3基の原子炉を来年1月1日以降も運転できるように準備を整えるべきだ」と発言した。

 連立与党内部でも、企業経営者を最重要の支持基盤とする自由民主党(FDP)のクリスティアン・リントナー財務大臣が、「原子炉の運転継続については、イデオロギーにとらわれずに議論してほしい」と述べて緑の党に対する牽制球を送り、ガスを節約するために原子炉を使い続けるべきだという態度を打ち出した。

 このためハーベック大臣は、3月に公表した結論を修正し、冬に電力需給が逼迫すると予想される場合には、2023年1月1日以降3カ月半にわたり、2基の原子炉を運転する可能性を打ち出したのだ。

 ドイツ企業や市民の間では、「秋以降ガスや電力料金がこれまでの2~3倍になる」という懸念が強まっている。私の知り合いのドイツ人は、ガス会社から「今年10月1日からガス代を60%引き上げる」という通知を受け取った。市民の3分の1がガス代を払えなくなる可能性も指摘されている。製造業界では、すでにエネルギー危機の「被害者」が現れている。9月6日には大手靴メーカー・ゲルツ社、9日にはトイレットペーパーで知られる製紙企業ハクレ社が、エネルギー費用の高騰などのために倒産した。

 売上額ではドイツ最大の電力・ガス会社ユニパーは、ロシアがノルドストリーム1を通じたガス供給を停止したために、割高のガスを卸売市場で買って不足分を補わざるをえなくなり、逆ザヤ状態に陥った。このためドイツ政府は290億ユーロ(約4兆600億円)を投じて、ユニパーを国有化することを決めた。ドイツでの企業救済にかかる費用としては、最大の規模だ。

 ユニパー以外のエネルギー企業でも、経営状態が悪化しており、政府の救済を要請している。

 私はドイツに32年間住んでいるが、同国のエネルギー業界と製造業界が現在ほど深刻な危機にさらされているのを見たことは、一度もない。

 この危機がさらにエスカレートした場合、ハーベック大臣が2基の原子炉を来年4月15日に廃止できるかどうかは、未知数だ。緑の党の苦悩は、まだ当分続きそうだ。

カテゴリ: 環境・エネルギー
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執筆者プロフィール
熊谷徹 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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