「悪党」をめぐる記述は史家の史観を問う重要な試金石となってきた[楠木正成像(東京都千代田区皇居外苑)、(C)時事通信フォト]

(前回はこちらから)

 最初に取り上げたいのは『日本国紀』である。前回述べたような本連載の基本的な視点からすると、『日本国紀』は決して「面白い」歴史叙述ではない。しかし、なぜ「面白くない」かを考えることには、面白い歴史叙述とは何かを考えるにあたり大きな意味がある。また、日本史の通史を書くということがいかなる意味を持っているのかについても、重要な手がかりを与えてくれるだろう。なお、ここで「面白くない」というのはあくまで『日本国紀』という歴史叙述についてであり、小説家である著者の小説の面白さとはまた別である点は最初に確認しておきたい。

 『日本国紀』、著者は百田尚樹。百田尚樹は1956年生まれ、同志社大学を中退後、放送作家としてテレビ制作に携わる傍ら、2006年特攻隊員をテーマにした『永遠の0』で作家としてデビューし、以後、保守的文化人としての立場を鮮明にした。安倍晋三元首相との個人的な親密さでも知られており、2013年には安倍晋三との対談本『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』を出版している1。2007年に屈辱的な形で辞任に追い込まれて以降の安倍を支えた「雨天の友」(野田佳彦)としての自負と、2012年末の劇的な勝利で安倍が政権を奪還したことの喜びが、そこには満ち溢れている。

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