保守論壇で大きな存在感を見せた渡部昇一(2016年05月撮影)(C)時事

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 渡部昇一は1930年生まれ、百田尚樹とは26歳違いであり、保守論壇におけるキャリアも百田よりはるかに長い。渡部は1975年の『腐敗の時代』で論壇に、翌76年ベストセラーとなった『知的生活の方法』で広く読書界に認知された。その後、1980 年に大西巨人との間のいわゆる「神聖の義務」論争ではその優生学的姿勢が物議を醸した。1982年の第一次教科書問題では大手マスコミ各社の報道姿勢を批判して注目を集め、以来、2017年に死去するまで『正論』や『諸君!』といった媒体で展開された保守系論壇で重きをなし続けた。

 渡部の存在は、『日本国紀』にとって大きな意味を持っている。『日本国紀』の編集者、有本香は「自虐史観」と区別された「民族の物語」としての日本通史の必要性を強調しつつ、「渡部昇一さんをはじめ、様々な方」が「それぞれ立派なお仕事」を残していると述べる。そのうえで、「できれば世代的に自分に近い方が通史を書いてくれたらいいな」(『「日本国紀」の副読本』、32頁)と百田本を位置づけてみせる。保守系・「右寄り」のマーケットにおいて競合する存在として、渡部の著作が意識されていたことがここからはうかがえよう。

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