「トランプ政権に翻弄される世界」グローバルトレンド#3
※2025年4月11日収録。鼎談内容をもとに編集・再構成を加えてあります。
細谷 本日は「トランプ政権に翻弄される世界」をテーマに議論を進めていきます。トランプ政権成立以降、世界は大きく揺れ動いています。想定外とも言える事態が連続し、とりわけトランプ大統領が発表した「相互関税」で、世界は混迷を一層深めています。このテーマについて多角的に議論を行いますが、まず初めに、副センター長の鶴岡路人さんに「岐路に立つ大西洋同盟」と題してお話しいただきます。
特に2月28日のホワイトハウスにおけるトランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談は世界に大きな衝撃を与え、その後、米欧間の摩擦も広がりました。ヨーロッパでは、「戦略的自立」をめぐってアメリカとの同盟関係や提携が限界に達しているのではないかという悲観的な議論も広がっています。この点について、まず鶴岡さんから、お話を聞かせていただけますでしょうか。
「岐路に立つ大西洋同盟」と欧州の戦略的自立
鶴岡 トランプ政権の関税措置は全世界に影響を及ぼしましたが、安全保障、政治、外交で一番大波になっているのは米欧関係だと思います。
先ほどゼレンスキー大統領とトランプ大統領の会談の話がありましたが、ああいったものを見せつけられると、「アメリカは引き続き頼れる同盟国なのか」という大きな疑問が生じてしまうわけです。NATO(北大西洋条約機構)自体は存続していますが、「何かあった時に本当にアメリカは頼りになるのか」という疑問があるわけです。
ウクライナに関しても、首脳会談の決裂を受けて、ウクライナへの支援が一時的にせよ完全に停止する事態となりました。ヨーロッパから見ると、これはウクライナだけの問題ではなく、ウクライナの将来はヨーロッパの将来に直結しています。
だからこそ、ウクライナが見捨てられたり、敗北に追い込まれたりする状況を阻止しなければなりません。この観点から、もはやアメリカに任せておくわけにはいかず、頼り続けることもできないという思いが強まり、ヨーロッパの将来をアメリカとロシアに決められたくないという意識が高まったのだと思います。
もう一つは、米欧関係は危機の歴史であり対立自体は珍しくありませんが、現在の状況が本質的に新しいとすれば、それは、単なる米欧対立の次元を超え、アメリカがロシア側に行ってしまうかもしれない、あるいは、すでに行ってしまった、行きつつある、将来行くかもしれないという懸念が欧州内に生じているためです。
そうなると、ヨーロッパにとってアメリカが明確に敵になってしまいかねません。これはもはや同盟内の対立ではなく、相手側に行ってしまう可能性への対処です。これを阻止しなければならず、もし阻止できないなら、ヨーロッパの利益を守るために自ら立ち上がる、ということになります。
そこで出てくるのが「プランB」です。「プランA」は、ヨーロッパ諸国が国防予算を増やしてアメリカのコミットメントを確保し、NATOを維持することです。対して「プランB」では、NATOはもはや信用できない。形としては残るかもしれないけれども、ヨーロッパが自立して安全保障・防衛を行うというものです。
興味深いのは、ヨーロッパにはそれができるはずだ、という点です。ロシアを前にヨーロッパはアメリカに依存しなければ安全保障を守れないと言う人は今まで多かったわけですけれども、ロシアとヨーロッパのサイズを比較すると、経済規模ではヨーロッパがロシアの約10倍、国防予算でも2〜3倍あります。これほど大きなヨーロッパが、なぜ単独でロシアに対処できないのかという疑問があるわけですね。
トランプ政権はヨーロッパに対し、「単独でロシアに対処できるはずだ」と言っていますが、これはやはり正しい指摘なのだと思います。ヨーロッパが、はっきり言えば、これまで国防努力を怠ってきたために、アメリカに依存しなければ安全保障を維持できない仕組みになってしまった。ヨーロッパが本気になれば対処できるはずです。
この点が、日本やインド太平洋地域とは異なります。日本は、どう頑張っても単独で中国に対処するのは物理的に困難です。一方、ヨーロッパの場合は物理的には可能なはずなので、「プランB」の議論が日本よりもリアリティを持って語られます。
もちろん、バルト三国やポーランドのようにロシアの脅威を直接感じている国々は、今後もアメリカに頼らざるを得ないでしょう。また、イギリスのように、アメリカとインテリジェンスや軍事(核兵器含む)での統合度が高すぎる国にとっては、それを解いて自立して行くのは難しいはずです。
したがって、どこで踏ん切りをつけて本当に自立に向かうかは、国によって様々な温度差があるのだろうと思います。
細谷 貴重なお話をありがとうございます。アメリカとロシアで世界を分割するという、最近よく言われる「ヤルタ2.0」のような議論、つまりフランスのようなヨーロッパ大陸諸国を排除し、大国だけで世界分割をするという話も出ていますね。
その中で、ブレグジットでEU(欧州連合)を離脱してから大陸諸国との関係が悪化していたイギリスですが、スターマー首相とフランスのマクロン大統領が密に連絡を取り、英仏を中心にヨーロッパだけで安全の保証のための部隊を派遣する動きも出てきており、これは明らかに新しい動きですよね。
森さん、こうしたヨーロッパの動きは、アメリカから見るとどのように映るでしょうか。後ほど、第2次トランプ政権のトランプ関税についてもお話を伺いますが、まずは米欧の摩擦やヨーロッパの戦略的自立について、アメリカ外交からの見解をお願いします。
今後のアメリカの対外政策
森 少し前に、フーシ派への攻撃に関するシグナル・チャットのやり取りが、手違いでチャットグループに含まれていたジェフリー・ゴールドバーグ氏(アトランティック誌編集長)によって全文公開されました。そのやり取りの中に顕れていましたが、「ヨーロッパはアメリカに安全保障をただ乗りしており、アメリカが彼らの地域の利益を守ってやっている」という意識がトランプ政権内には根強くあります。「ヨーロッパは、自分たちの安全保障はもっと自分たちで担うべきなのに、アメリカはいいように利用されてきた」という思いが非常に強いのです。
これは政権発足前から言われていましたが、トランプ政権はヨーロッパへの軍事的関与を基本的に削減する方向です。中東については、イラン問題はありますが、核合意を結び、イスラエル優位の中東を作った上でアメリカは引く、という青写真があると思われます。その代わりに、アメリカは中国やインド太平洋にフォーカスする、という方針を実行に移そうとしている段階かと思います。
では、アジアはどうなのか。先ほど鶴岡さんからもお話がありましたが、ロシアとヨーロッパの軍事バランスと、中国と周辺国の軍事バランスとでは状況が大きく異なります。アメリカから見ると、現在、政権内には大きく二つのキャンプがあると言われていて、一つはMAGA系の一国主義の人たち、もう一つは対中タカ派です。最近もヘグセス国防長官が来日し、従来の同盟関係を維持・強化していく方向が確認されたと理解されています。
いまのところ短期的には、対中抑止を念頭に、日本などの同盟国を中心に抑止力を高めようとしています。国防総省内で国防戦略の暫定指針が作定されたという報道もあり、中国による台湾侵攻の抑止と本土防衛が優先目標として定められたと言われています。ですから、短期的には現体制下でインド太平洋へのコミットメントは維持されるでしょう。
しかし、中長期的にどうなるかが皆さんの不安だと思います。トランプ氏は、アメリカが既に関与している紛争からは手を引きたいと考えていますが、新たな紛争は起こしたくない。ここに、対中タカ派が発言力を持つ基盤がありますが、中長期的にアメリカにとってインド太平洋に死活的利益があるのかと問われると、それが必ずしも自明ではありません。
では、アメリカのコミットメントはどのように整理できるか。先ほどのプランBの話に関連しますが、日本やインド太平洋の同盟国としては、3通りくらいのシナリオを考える必要があるでしょう。
第一に、従来通り台湾と日本に対する防衛コミットメントを堅持するシナリオがあります。そこに死活的利益があり、戦う価値があると見なしている状況ですね。第二に、台湾の価値についてはよくわからないが、同盟国である日本は依然として重要だと考えるというシナリオがありえます。第三に、日本に対するコミットメントも自明ではなくなるというシナリオです。
現在はまだこの第三のシナリオには至っていません。おそらく第一と第二の中間あたりにいて、そこでアジアの文脈でも「プランB」のような議論が出てきていると思われます。ここで問われているのは、「アメリカが必然的にインド太平洋での利益を見出さなくなる」という宿命論の立場に立つのか、それとも「インド太平洋諸国がアメリカと積極的に議論し、アメリカにとって手放すには惜しいと思えるような新しい関係を築けるか」という「これからの可能性」を考えるのか、なのだと思います。
他方で、中国もアメリカと交渉し、自国の利益を確保しようとしていきます。奇妙な構図ですが、現状維持を望む同盟国と、現状変更を望む中国との間で、アメリカとの交渉が同時に進行していく。アメリカはそれを天秤にかけながら、勢力圏のような考え方をするのか、それとも同盟国を引き付けておく方が有利だと判断するのか、その分岐点に立っていく状況が考えられます。
経済的なレンズでインド太平洋を見るトランプ政権からすれば、日本は「ドル箱」になりえます。ですから、関税交渉では日本との関係を維持する方が、それを手放すよりも良い、という判断に導くような結果を作り出し、トランプ政権内や共和党内でそうした認識(パーセプション)を醸成することが、重要な戦略目標になってくるでしょう。その交渉や関係構築が、三段階目の「日本に対するコミットメントも自明ではなくなるという状態」に移行するかどうかを左右するのではないでしょうか。
細谷 鶴岡さん、森さんともに、従来の政策の延長線上ではない、認識を根底から変えるような大きな動き、「プランB」に近い考え方について指摘されました。そうなると、日本やヨーロッパ諸国のような同盟国は、従来の発想にとらわれず、考えたくないことも含めて、様々な事態を想定しなければならない、大変な岐路に立っているわけです。
ここまで森さん、鶴岡さんに主に安全保障の側面からお話しいただきましたが、森さんがいま言及されたトランプ関税についても議論を深めていきたいと思います。
この関税は、戦後の自由貿易体制の秩序を根底から覆すような保護主義的、単独行動主義的な政策として批判されています。これが国際秩序や、日本、ヨーロッパのような同盟国にどのような影響を及ぼすとお考えでしょうか。
「トランプ関税」と国際貿易秩序の行方
森 トランプ政権の高関税政策の動機については、いくつかの説明があります。①貿易赤字の削減、②不公正貿易の是正、③製造業の国内回帰、④交渉のレバレッジ、⑤歳入増。おそらくこれら全てが動機になっているのでしょう。
当面の注目点は、交渉によって解除される部分と、解除されない部分があるのかどうかです。一律10%の追加関税については、トランプ政権は解除する気はないのではないかと私は見ています。相互関税については、国別のディールによって関税の解除幅が変わってくるのでしょう。世界中の国が、どのタイミングで何を差し出し、相互関税の解除を目指すかを見極めている段階だと思います。
特に米中関係が焦点となっています。中国に対しては報復関税で100%を超えるような高率の関税が課されていますが、中国としては、トランプ政権は世界中から報復関税をかけられて経済が立ち行かなくなるだろう、という読みのもとに粘る戦略をとるでしょう。そして、トランプ政権が音を上げそうになったところで、自国に有利なディールを引き出そうとするはずです。ただ、その際にどこまで追加関税の解除に至るかは不透明です。
確かにこの関税政策は一時的に大きな波紋を呼んでいますが、国際経済秩序をどう変えるかということについては、今後の交渉次第で何がどこまで解除され、何が残るのかを見極めた上で、影響を見極めていく必要があります。
アメリカ国内で物価が上昇し、共和党議員の地元の産業が報復関税で打撃を受ければ、政治的な反動が出てくる可能性があります。その時、中間選挙で共和党が敗北した場合の結果なども踏まえ、トランプ氏が判断を変えるのか、それともイデオロギー的に4年間貫くのか。その判断によって、国際経済の行方も変わってくるでしょう。
細谷 鶴岡さんも、先月はドイツなどヨーロッパへ何度か出張されていたと思いますが、ヨーロッパには動揺が広がっていますよね。一方で、日経新聞の秋田浩之さんのように、「EUもTPP(環太平洋経済連携協定)に参加し、日欧でアメリカの関税政策等に対応すべきだ」という議論もあります。自国の利益や同盟関係をどう守るかと同時に、日欧でどのように自由貿易体制を守っていくか。このあたり日本の対応、そしてヨーロッパの対応について、鶴岡さんはどのようにお考えですか?
鶴岡 やはり、「自由貿易」という旗を掲げ続ける存在が必要だということです。日本とEUはその先頭に立つべきでしょう。
ただ、今回の関税問題で一層可視化されるのは、世界の経済はもっと複雑だということです。今回の関税は「モノの貿易」に対するものですが、日米間、米EU間ともに「サービス貿易」の比重が高まっています。サービス貿易では、アメリカは対日、対EU ともに黒字なんですね。トランプ政権が関税措置の一時停止を決定した背景にも、債券市場の動きなど様々な要因が指摘されています。モノの貿易だけに着目していると、経済の全体像は見えてきません。
例えばEU側も、サービス貿易に関してはアメリカ側が黒字なので、デジタル課税 など様々な対抗手段を持っています。ですから、関税の話だけでは終わらない、より複雑な駆け引きになっていくでしょう。
もう一つ私が注目しているのは、今回のトランプ関税が世界全体を相手にしてしまったということです。中国が反発するのみならず、世界で反発が広がったわけですね。日本の観点から実は非常に困るのは、いわゆる「グローバルサウス」と呼ばれる国々をアメリカが敵に回してしまい、それらの国々におけるアメリカへの信頼が一気に崩壊していることです。これは関税だけでなく、それ以前からの中東・イスラエル絡みのダブルスタンダード批判なども影響しています。
アメリカの信認が世界で低下することは、日本の国益にとっても巨大な懸念です。アメリカへの信頼を失った国々にとって、相対的に中国や、場合によってはロシアの方が魅力的に見えるという土壌が広がってしまう。これは、アメリカの同盟国である日本として真剣に捉え、どう対処すべきかを考えなければならない問題です。
細谷 アメリカの関税政策がアフリカの貧困国に対しても関税率を上げることで反発を受けている一方で、中国がそれらの国々の関税をゼロにすると発表しました。まさに米中間で途上国や貧困国に対し真逆の政策が取られており、鶴岡さんがおっしゃったようなアメリカへの反発と、それを受けた中国の攻勢が見られます。
そうなると、日本にとってアメリカとの緊密な同盟関係が、従来の資産(アセット)ではなく、むしろ負担(ライアビリティ)になりかねない。このことを日本としていかにアメリカに伝えるかが重要になってきます。
トランプ政権に対峙する日本
細谷 最後に、「トランプ政権に対峙する日本」というテーマで、日本はこの政権とどう向き合うべきか、日米同盟の将来について伺います。2月7日の日米首脳会談では、石破総理が当初の想定以上に充実した共同声明を発表しました。
他国と比較しても、日本は第1次トランプ政権と安倍政権、そして第2次政権と石破政権の間で、模範例と評価されるような緊密な関係を維持しています。しかし、今回の関税措置については当初の想定より厳しい内容となり、一部には相当なショックが走りました。
先日、NATOのルッテ事務総長が来日し、慶應義塾大学でも講演と学生との意見交換を行いました。その後、ルッテさんは首相官邸で石破茂総理とかなり有意義な意見交換を行い、日本とNATOとの情報共有体制の強化や防衛産業協力の加速で合意しました。防衛産業協力については、短い滞在期間中に三菱電機も訪問されているわけです。
このように、石破政権はアメリカとの良好な関係維持に努めながら、ヨーロッパとの連携も強化し、特にウクライナ支援ではアメリカと一線を画して積極的な支援を維持することで、ヨーロッパ諸国との連帯を示しています。
もちろん第1次安倍政権のように、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想やCPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定)といった、日本がリーダーシップをとり、価値を共有する国々の連携を強める動きも必要でしょう。
日本がトランプ政権にどう向き合い、日米同盟をどう維持していくべきか。まず森さんから、日米同盟維持のために日本には何が必要か、お考えをお聞かせください。
日米同盟維持のために日本に必要なこととは
森 まさにいま細谷先生にご説明いただいたように、アメリカに対する見方が揺らぐ中で、日欧協力やグローバルサウス諸国との関係強化は間違いなく重要になってきます。
まず日米関係に目を向けると、最近は「今日のウクライナは明日の東アジア」という言葉の“意味合いが変わってきた”と言われますよね。当初は「侵攻はアジアでも起きかねない」ことを示したものが、今は「アメリカに見捨てられる可能性」を危惧する言葉にぴったりだというような話です。専門家の間でのやりとりですが、日本国民のアメリカに対する見方も相当揺らいでいるでしょう。
もちろん、同盟相手を信用できるかは重要ですが、同時に、相手が同盟に背を向けた状況も考えなければなりません。日欧協力や日・グローバルサウス協力だけで、日本が従来確保してきた利益や価値、特に安全保障を維持できるかというと、そうではありません。安全保障面では、中国や北朝鮮の抑止という観点からみれば、アメリカは依然として代替の利かない不可欠なパートナーです。まず、この認識から出発する必要があります。
安全保障分野では、「インド太平洋、アジア、そして日本の平和と繁栄は、アメリカの平和と繁栄に直結している」ということを、あらゆるレベルでアメリカに認識してもらう努力が必要です。これまでは「日本はアメリカにとって重要だ」という前提の上に協力関係を築いてきましたが、今後は日本側が汗をかいて、その重要性をアメリカに理解してもらう取り組みを積極的に行わなければならない時代です。
まず死活的利益が日本・アジアにあると理解してもらった上で、さらに戦略が必要です。万が一、現状変更を試みる武力衝突が起きた際にはアメリカが介入する、という仕組みを日米の取り組みを通じて構築します。日本の防衛力を強化しつつ、アメリカとの防衛協力を深化させ、アメリカを巻き込む戦略を持つべきです。肝心なのは、中国や北朝鮮から見て、「アメリカを切り離せる」と思わせないようにすることです。
同時に、経済的な価値も重要です。アメリカにとって日本は不可欠な経済パートナーであり、「日本と貿易する方が良い」「日本との関係を維持した方が良い」と理解してもらうための新しい枠組み(アレンジメント)を作り直し、アメリカに日米同盟の価値を再発見してもらう。こうした努力を多面的・多層的に行っていく必要があります。トランプ氏を見ていると、どうしても心許ない部分もありますが、それでもこれを続けていかなければ、日本の安全保障は確保できないと思います。
細谷 鶴岡さんはヨーロッパの専門家として、ヨーロッパ諸国との比較や、核共有、拡大抑止の揺らぎといったヨーロッパを参照する事例が増える中で、トランプ政権に対する日本の対応をどうお考えですか?
鶴岡 ヨーロッパも日本も同じだと思いますが、「アメリカをまだ諦めるのは早い」ということです。例えばヨーロッパの文脈で、アメリカを諦めて「プランB」に進むことを突き詰めると、ドイツやポーランド、バルト諸国にとっては「アメリカと、イギリスやフランスと、どちらがより信用できるか」という問いになります。
ただヨーロッパの場合は、アメリカ以外にも頼れるかもしれない、拡大抑止を提供してくれるかもしれない国がありますが、日本にはその比較対象がありません。そうなると日本の単独対応となりますが、中国が物理的に大すぎるため厳しいでしょう。
それでも米国を諦めたくなる気持ちも分からないではないのですが、ここで重要になるのは、「日本にとって日米同盟は目的ではなく、あくまで手段である」という原点に立ち返ることだと思います。
日米同盟の維持・強化が目的化してしまうと、「アメリカを信用するしかない」という思考に陥りがちです。しかし、「日米同盟は日本の国益を守るための手段の一つである」と少し引いて考えれば、日本の国益を守るための様々な手段の中で、日米同盟の意味がより機能的(ファンクショナル)に見えてきます。そうなれば、「どれだけのコストをかけて維持すれば日本にとって採算が合うのか」という計算が成り立ちます。
その様々な手段の中に、NATOとの関係、ヨーロッパとの関係、オーストラリアなどとの関係といったものも入れて、パッケージとして捉える。日本の国益を守るという目的に照らして、様々な手段の最適なミックスを考えていく。そうすれば、「アメリカを信じるか信じないか」「諦めるか諦めないか」といった心情的な議論ではなく、より具体的で冷静な検討が可能になるのではないでしょうか。
細谷 おっしゃる通り、日米同盟にしてもNATOにしても、戦後70年、80年と蓄積されてきた制度化の重みは無視できません。これと同レベルの安全保障協力を一から作るのは膨大な労力と費用がかかります。在日米軍基地なども含め、それだけ深く埋め込まれた制度的な基盤があります。
ヨーロッパの場合は、イギリス、フランスという核保有国があり、限定的ながらも独自の選択肢を持つ土壌がありますが、日本がアメリカの拡大抑止に見捨てられた場合に、英仏に同等のものを頼めるかと言えば、それは不可能です。英仏の核戦力を合わせてもアメリカ一国の10分の1程度ですから。
また、ヨーロッパが対峙するロシアと比べても、日本の隣には圧倒的に強大な中国が存在します。こうした状況を考えると、アメリカとの関係がこじれたからと言って日本が安易に自立するという選択は難しいでしょう。
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