無極化する世界と日本の生存戦略 (14)

第2次トランプ政権の対外関与と「4つの地域」をめぐる地政学的戦略(上)

執筆者:森聡 2025年1月29日
エリア: 北米
トランプは国内と国際場裏で二重の現状変革に乗り出す(C)AFP=時事
「グローバリズム」「リベラル国際主義」の拒絶はトランプ政権の基本線になるはずだが、どのように世界にかかわるべきかについては必ずしも一枚岩になっていない。対外関与を抑制したい正副大統領らMAGA系の一国主義と、現実的観点から優先すべき脅威に集中するルビオ国務長官やウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官らの優先主義は、その姿勢に本質的な違いがある。一方で、一国主義者はアメリカから富を奪う「収奪する中国」を、そして優先主義者はインド太平洋地域での地域覇権を企む「追い上げる中国」を敵視しており、両者の認識の合成によって共和党の強硬な対中認識が形成される。ただし、注意しなければならないのは、やはり最終決定権者トランプ氏による脱価値的な外交を通じた部分利益の追求がもたらしうる各種のディールである。

 戦後日本が前提としてきたアメリカ主導の国際秩序はすでに融解しつつある――。第2次トランプ政権が一国主義的な政策を推し進めれば、この種の議論が数多くみられるようになるかもしれない。たしかにドナルド・トランプが唱えている政策は、関税や移民をはじめとして物議を醸すものが少なくなく、トランプはアメリカにおけるイベントではなく、トレンドを体現しているとみる向きも多い。また、中国の影響力拡大やロシアによるウクライナ侵略とその国際的な余波、グローバルサウスの存在感の高まり、国際経済関係の武器化、先端技術をめぐる主要国間の競争などといった大きなうねりが生じている中で、トランプがアメリカの世界への関わり方を変容させようとしているため、国際秩序が融解するといったイメージが跋扈しがちなのは不思議ではない。問題は、そうした不確実性と流動性を増す国際情勢の中で日本の対外政策のあり方を論じる際に、トランプの言動などが発端となって生じるアメリカに対する不信感に駆られて、短絡的で性急な結論を導くことである。そうした陥穽にはまらないためには、トランプが何を体現し、どのような政策を追求するのか、それが日本のような同盟国、ひいては国際秩序にいかなる含意があるのかを冷静に理解するところから出発する必要がある。

二重の現状変革に乗り出すトランプ

 ところで、トランプが大統領に再選された理由には、表層的なものと深層のものがあるように思われる。表層的な理由は、カマラ・ハリスが物価高に起因する家計の圧迫を緩和ないし解消する具体的な方策を示せなかったのに対し、トランプは「私が大統領だった頃はアメリカの経済ははるかに良かった」と訴えて、現在の物価高に起因する苦境を脱したいと願う有権者の支持を獲得したからというものであろう。バイデン・ハリス政権が実は経営者に厳しく、トランプが減税を唱えて支持を集めたことも少なからぬインパクトを持ったと思われる。バイデン政権期に大量の移民が仮入国措置で流入したことも、思われている以上に広く不安や不満を生み出し、それらを汲み取ったのもトランプであった。

 より深い理由は、端的に言って、トランプが現状を打破する指導者として、現状に不満を持つ人々から期待されたからである。アメリカの世論調査には、「アメリカは正しい方向に進んでいるか」と尋ねるものがあるが、政権党の支持者は「正しい方向に進んでいる」と回答し、野党の支持者は「間違った方向に進んでいる」と回答する傾向が強く、イデオロギー的分極化が進むアメリカでは、見慣れた風景になった感がある。他方、「政府が常にもしくは殆どの場合に正しいことをすると信頼できるか」という質問に対して、「信頼できる」とする回答は、1964年に77%でピークに達して以降、若干の浮揚をみる時期もあったが基本的には下降傾向をたどり、2024年には22%にまで下落している(https://www.pewresearch.org/politics/2024/06/24/public-trust-in-government-1958-2024/)。また、政党についても、民主・共和両党に対して否定的な見方を持っていると回答した人々は、1994年には6%だったが、2023年には28%にまで増えている(https://www.pewresearch.org/politics/2023/09/19/americans-dismal-views-of-the-nations-politics/)。

 ワシントンの政治に対する不満や不信が募ってきているからこそ、なりふり構わない言動で壊し屋のイメージが強いトランプが現職の副大統領ハリスに競り勝ったとみることができる。事実、米CBSテレビの出口調査によれば、大統領選挙で「リーダーシップ」を重視した有権者の65%と、「変革」を重視した有権者の73%は、トランプに投票した(https://www.cbsnews.com/news/exit-polls-2024-presidential-election/)。

 つまりトランプやヴァンスには、現状の変革が自分たちのマンデートだという自負があり、彼らは、国内では各種の規制の撤廃、民主党の政策の一掃、そして「ディープステート」の解体をアジェンダ化し、それらを断行しそうな人物を閣僚に指名している。移民政策や多様性推進政策、エネルギー政策をはじめとする諸政策の見直しを、大統領令を活用しながら進めていく。連邦政府の補助金・融資プログラムや対外援助といった民主党政権が推進した政策の転換に向けた動きは、早速物議をかもしている。イデオロギー的分極化は、政党間の経済・社会・政治に関する考え方(イデオロギー)の距離が離れていくとともに、政党内でのイデオロギー的な凝集性が高まる現象を指すが、こうした分極化が進んでいく中で政権党が交代すると、統治体制の中で重視される価値観が変わり、それ自体が国内秩序に一種の変革をもたらす。就任演説にあった「常識の革命」という言葉には、そのような含意があると読むこともできよう。

 そして対外的には、ワシントンが推進してきたリベラル国際主義と呼ばれる従来の対外関与路線を否定し、対外関係を再編することがアメリカの国力再生につながるとの理解の下で、対外政策上の取り組みを展開していくとみられる。同盟や貿易自由化、民主主義・法の支配・人権といった価値外交を中核に据えた対外関与姿勢を修正し、アメリカの力の使い方も変化する可能性があり、その意味では、アメリカが自ら築いた戦後レジームから脱却しようとするように映るかもしれない。つまりトランプは、国内と国際場裏で二重の現状変革に乗り出すのであり、それがどのような軋轢や混乱を引き起こすのか、そして各種のトランプの取り組みのうち、どれが行き詰まりをみせるのか、あるいはどの取り組みがどこまで新たな常態を生み出すのかが注目される。

 本稿では、第2次トランプ政権の対外関与のアプローチがどのような地政学的な戦略(ジオストラテジー)を導く可能性があるのか、またトランプの脱価値的な外交が国際秩序にどのような影響をもたらしうるかということについて予備的に考察してみたい。

リベラル国際主義からの脱却

 トランプ本人は、物事を誇張しながら場当たり的に対応するので、戦略や一貫性といったものからは程遠いように見える。それでもトランプには、反グローバリズムや一国主義といった、後述するいくつかの基本的な意識のようなものがあり、それが共和党保守派とも一定程度共有されているとみられる。

 第2次トランプ政権は、それぞれトランプに忠誠を認められた人物が政治任用されるが、彼らはアメリカの対外関与のあり方をめぐって何から何まで一致しているわけではなく、必ずしも一枚岩とは言えない。保守的な一国主義と保守的な現実主義と呼ばれるような考え方に立った政権プレイヤーたちがいるので、イシュー別に政権内で意見が一致する場合もあれば、分かれる場合も出てきて、政権内での政策論争が、各人のトランプとの個人的な関係を背景に繰り広げられることになるだろう。彼らは同盟国に対する第2次トランプ政権の姿勢を多面的なものにする可能性があり、以下に見るように日本などの場合は、安心材料と懸念材料の入り混じった関係を持つことになるかもしれない。重要なのは、特定のプレイヤーの言説をもってトランプ政権全体の立場や見解だと解釈してしまわないことであろう。

 他方、トランプは様々な部分利益を追求し、例外を作ったり、取引をするので、継続性も一貫性も保証されるわけではないのは周知の通りである。ある事案で一国主義寄りの判断を下す場合もあれば、別の事案で優先主義寄りの判断を下す場合もあるであろうし、両者を折衷させたアプローチを採用する可能性もある。WHO(世界保健機関)脱退の保留に早速そうした傾向が表れてきているように見える。第2次トランプ政権の対外政策の方向性なるものを見通すのは困難なので、トランプ本人や政権の政策は、ある特定の決定や判断を予測するよりも、どのような範囲で各種の決定や判断がありうるのかを可能性として想定しておく方が役に立つものと思われる。各種の課題について、最悪のシナリオを想定しておくことがおそらく必要で、様々な情報に基づいて想定の幅を広げておくということであろう。なお、トランプの関心に引っ掛からないような問題や、政権首脳陣のレベルにまで上がらないような政策は、一定の継続性が見込まれる。

 ではアメリカによる対外関与に関するトランプの基本的な意識はどのようなものなのだろうか。まず根底にあるのはグローバリズムないしリベラル国際主義と呼ばれる、アメリカの伝統的な対外関与姿勢の正統性の拒絶である。第二次世界大戦後のアメリカによる世界への関与は、様々な形態をとったが、同盟を基盤とした主要地域における大規模紛争の抑止、多国間・少数国間における関税撤廃交渉を通じた貿易の自由化、そして民主主義、法の支配、人権などの理念的な価値の推進という三本柱が中核を占めてきた。これらは元々アメリカ主導の国際秩序を強化するための取り組みであったが、ポスト冷戦期にワシントンのエリートがコストを度外視して追求した結果、先進国となった同盟諸国の防衛負担を請け負ってタダ乗りを許したり、また貿易自由化によりアメリカ企業が製造拠点を諸外国に移して雇用が流出した上に、それら諸外国が対米貿易黒字を上げたり、さらに理念に駆られて武力介入し膨大なコストを払った結果、アメリカが不要に国力を消耗し労働者・中間層がそのツケを払わされるという憂き目に遭っている、といった認識がトランプと共和党保守派の中にはある。

 アメリカが、自ら主導してきたリベラル国際秩序から巨大な恩恵を受けてきたのは否定しがたい事実であるので、こうした見方は、光と影でいえば、影の部分に焦点を当てた「被害者」のナラティブとでもいうべきもので、現状に対して不満を持つ人々に響く(共和党穏健派は光の部分から恩恵を被ってきた伝統的な国際主義路線を標榜するが、今では傍流化した感がある)。リベラル国際秩序をなんとしてでも支えるべきという考え方がワシントンで再生産され、それがリベラル国際主義というイデオロギーと化してきたので、これを振り払い、アメリカの国力を対外関与のためになるべく消耗しない形で世界に関わるべきであるというのは「常識(common sense)」だというのが共和党内での主流の見方となってきている(なお、この「常識」の部分は、共和党の保守派と民主党の左派が共鳴するところが少なからずあり、当事者たちもそのことに気付き始めている兆しも見える。いつか稿を改めて抑制の戦略をめぐる共和党保守派と民主党左派の調和について論じたい)。

保守的な一国主義と現実主義の対外関与

 ただし、リベラル国際主義ないしグローバリズムの正統性を拒否する立場をとったとしても、アメリカは世界にどう関わるべきかということについては、考え方に幅がある。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
森聡(もりさとる) 慶應義塾大学法学部教授、戦略構想センター・副センタ―長 1995年京都大学法学部卒業。2007年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法政大学法学部准教授、同教授を経て2022年より現職。著書に『ヴェトナム戦争と同盟外交』(東京大学出版会)、『国際秩序が揺らぐとき』 (法政大学現代法研究所叢書、共著)、『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』(東京大学出版会、共著)、『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(東京大学出版会、共著)、『アメリカ太平洋軍の研究』(千倉書房、共著)などがある。博士(法学)。
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