無極化する世界と日本の生存戦略
無極化する世界と日本の生存戦略 (23)

第2次トランプ政権の2025年国家安全保障戦略を読む(前編)――アメリカの「柔軟な現実主義」とは何か

執筆者:森聡 2025年12月19日
エリア: 北米 グローバル
ロシアは実質的に欧州諸国が向き合うべき問題として語られ、アメリカの安全保障リスクとして形容されていない[米露首脳後の記者会見を終え、握手を交わすトランプ大統領(右)とロシアのウラジーミル・プーチン大統領=2025年8月15日、アメリカ・アンカレジ](C)EPA/Sergey Bobylev/Sputnik/Kremlin Pool
場当たり的に政策を軌道修正するトランプの流儀はおそらく今後も変わらない。国家安全保障戦略(NSS)に掲げた目標・方針と、現実の政策判断が乖離することはありうるだろう。しかし、NSSは政権の世界観を反映する。第2次トランプ政権で初のNSSには、かつて「プライマシー」と表現されたアメリカ一強の時代の対外関与を正当化したリベラルなイデオロギーに基づく国益の定義を放棄しながら、本当にコストとリスクを負うに値する「絞り込まれた国益」とは何かを追求するアメリカの姿が見て取れる。

 第2次トランプ政権は2025年12月4日に国家安全保障戦略(以下NSS2025)を発表した。政権1年目の12月に発表されたのは第1次政権と同じだが、位置づけや内容は大きく異なる。端的に言ってNSS2025は、冷戦後のリベラル国際主義という、リベラル色の濃いアメリカの対外政策上のイデオロギーと決別した上で、主権国家の並存と相互尊重という国際関係のイメージを前提に、総論的にはアメリカの対外経済関係の再編や民間投資を通じた経済的利益の拡大と、同盟国による防衛努力の慫慂を通じたアメリカの安全保障リスクの局限化を目指しつつ、地域的には西半球で覇権再構築、インド太平洋で対中経済関係の再編と対中抑止を進め、中東への軍事的関与を減らしつつ、欧州の安全保障を右派勢力支援と欧露関係の戦略的安定によって実現しようとする方針を打ち出したものだといえる。

 本稿ではNSS2025が、政権内部を映し出した政治色の濃い文書であり、反グローバリズムの安全保障観に立って、大国間競争よりも対外関与の調整を目指すもので、ポストリベラル、ポストプライマシー、そして選択的リトレンチメントの戦略が埋め込まれたものであることを論じる。

政権内部を映し出した政治色の濃い文書

 文書冒頭にドナルド・トランプ大統領の署名があるが、おそらく大統領が戦略の全文に目を通して決裁したわけではない。しかしこの文書には、現時点における大統領と政権首脳陣の対外認識や政策指針がそれなりの精度で反映されていると思われる。なぜか。

■原案作成者は誰か

 第一に、第2次トランプ政権のNSS2025の起草者らは、大統領のアメリカファーストに「帰依」した者たちである。NSS2025の責任者は、国家安全保障問題担当大統領補佐官を兼任してきたマルコ・ルビオ国務長官ということになるが、実質的な原案作成の作業にあたったのは

フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
森聡(もりさとる) 慶應義塾大学法学部教授、戦略構想センター・副センタ―長 1995年京都大学法学部卒業。2007年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法政大学法学部准教授、同教授を経て2022年より現職。著書に『ヴェトナム戦争と同盟外交』(東京大学出版会)、『国際秩序が揺らぐとき』 (法政大学現代法研究所叢書、共著)、『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』(東京大学出版会、共著)、『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(東京大学出版会、共著)、『アメリカ太平洋軍の研究』(千倉書房、共著)などがある。博士(法学)。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top