ドイツで昨年5月に就任したフリードリヒ・メルツ首相は、中道右派の名門政党、キリスト教民主同盟(CDU)の党首である。メルツ首相が率いる政権は、CDUの姉妹政党であるバイエルンの中道右派、キリスト教社会同盟(CSU)と、オラフ・ショルツ前首相の出身母体である中道左派の名門政党、社会民主党(SPD)の連立だ。
要するに、典型的な保革大連立政権である。ライバル関係にあるCDU/CSUとSPDは、しばしば大連立政権を組むことがある。政権運営の安定性を重視するためだが、中道とはいえ右派と左派だ。本質的には交わらない水と油であるため、大連立政権の時期は政策停滞に陥りがちとなる。メルツ政権もまた“空転”しており、政策停滞に陥っている。
直近では、相続税改革を巡って、与党内で対立が生じている。1月13日に発表された相続税の改革案の概要によると、SPDは、相続人1人当たり約100万ユーロの生涯非課税枠を設けたいようだ。また特定の親族から住居を相続した場合、その住居に住み続ける限り、相続人は相続税を免除される。要するに、庶民向けの減税である。
問題はここからだ。家族経営の企業を相続する場合、500万ユーロまでは非課税となるが、この枠を超えると、現行の制度よりも多くの相続税が相続人に課されることになる。大規模な家族経営の企業とは富裕層を意味するから、SPDの提案は、実質的に富裕層を狙い撃ちした増税を意味している。これにCDUとCSUが強く反発している。
大規模な家族経営の企業の中には、典型的な輸出企業も少なくない。こうした層を狙い撃ちして増税を図れば、ドイツの国際競争力がますます低下すると、CDUとCSUは主張している。しかし、大連立政権の中でSPDのラース・クリングバイル党首が副首相と財務相のポストを兼任していることもあり、SPDは強気で臨んでいるようだ。
競争力低下の根幹にSPDの政策
クリングバイル副首相兼財務相は、CDUとCSUが勝ち取った電気自動車(EV)シフトの修正についても、冷や水を浴びせている。CDUとCSUは、欧州連合(EU)の立法府である欧州議会における最大会派、欧州人民党(EPP)に多くの人材を送り込んでいる。そのEPPは、欧州議会での活動を通じて、EVシフトの修正を図ってきた。
結局EUは、2035年以降も実質的に内燃機関(ICE)を搭載した新車の販売を容認する方向に舵を切り、ICE技術に強みを持つドイツの自動車業界は安堵したわけだが、それにクリングバイル氏がクギを刺した。同氏は自動車の未来はあくまで電動化にあるため、ICE車に固執すべきではないと、昨年末に地方紙のインタビューで答えた。
同氏の発言には、環境対策を重視するSPDの支持者のみならず、ショルツ前政権で共闘した環境左派政党、同盟90/緑の党(B90/Grünen)の支持者に向けたリップサービスとしての側面もあったと考えられる。とはいえ、ドイツの経済界のみならず、雇用を生み出す点で労働界にとっても重要な自動車業界に対する配慮には欠けた発言だ。
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