無極化する世界と日本の生存戦略 (2)

内憂外患のアメリカが直面する紛争の時代(上)――中東から来た「ポスト・プライマシー」の試練

執筆者:森聡 2023年10月27日
エリア: 中東 北米

  

アメリカがリソースの制約に直面しているのは疑いようのない事実[ネタニヤフ首相との会談に臨んだバイデン大統領=2023年10月18日、イスラエル・テルアビブ](C)EPA=時事
かつて「プライマシー」と表現された卓越した力と威信は萎み、アメリカは「ポスト・プライマシー」の時代を迎えている。緊迫度を増す中東情勢は、その現実を白日の下に晒すかもしれない。イスラエルに自制を求めつつヒズボラとイランの抑止を図る目下のアプローチが破れた場合、アメリカが軍事行動に追い込まれる恐れがある。中東、欧州、アジアでアメリカは戦略的にも政治的にも難しい対応を迫られるが、問題は中国、ロシア、北朝鮮がそれをどう解釈するかという点だ。

 地政学的にみて、アメリカは米ソ冷戦終結以来の約30年間で最も厳しい状況に置かれている。ヨーロッパでは「無期限に支援する」としたウクライナが反転攻勢に苦しみ、中東ではハマスがイスラエルを攻撃し、武力紛争が激化し拡大しかねない緊迫した状況が続く。アジアでは、中国が台湾に対して軍事的・心理的威圧をかけ、東シナ海や南シナ海でも威嚇行動を続けている。アメリカは2024年11月に大統領選挙を控え、これから国内政治上の対立が深まる時期に入るが、バイデン政権は地域紛争に対応するための支援を、過熱する政争にできるだけ晒さないようにすべく、ウクライナ向け軍事援助約614億ドル、イスラエル向け軍事援助約143億ドル、ウクライナ・イスラエル・ガザ地区向けの人道支援約100億ドル、台湾及びインド太平洋地域向けの軍事援助等約74億ドルなどを含む総額1059億ドル(約16兆円)に上る緊急予算を審議・採択するよう連邦議会に要請した。

 ところが、連邦議会では異常事態が続いている。下院多数党の共和党が、下院議長を選出できず、予算案の採決ができない。下院議長は大統領と副大統領に次ぐ要職である。政府閉鎖を回避するためのつなぎ予算の成立で民主党と協力したケヴィン・マッカーシー下院議長を解任すべく、共和党保守派の議員が提出した解任動議が民主党の賛成を得て10月3日に可決され(共和党8名、民主党208名)、下院議長が史上初めて解任動議で解任された。その後、ドナルド・トランプに近いジム・ジョーダン議員が候補となったが、本会議で3回投票しても過半数を確保できず、10月25日にようやく保守派のマイク・ジョンソン議員を選出した。

 下院議長の空席という事態は、共和党内の分断と共和党・民主党の分断というアメリカ政治の混迷を象徴している(民主党も分断と無縁ではない)。2024年11月のアメリカ大統領選に向けて、政争は一層苛烈なものとなる。2024年にトランプが再選された場合、今度は全く抑制がきかないトランプが追求する「アメリカ・ファースト」はどのようなものになるのか。ジョー・バイデンがこのまま出馬するにせよしないにせよ、2028年には「ポスト・バイデン」の民主党候補が出てくるが、その候補はバイデンの路線を踏襲するのか、それとも民主党左派の独特の世界観に基づいた対外関与を追求するのか。期待よりも不安が大きいというのが実状だろう。

 アメリカは文字通り内憂外患の時代にある。かつて「プライマシー」と表現されたその卓越した力と威信は萎み、「ポスト・プライマシー」を迎えるアメリカは、国際秩序を支える力量を失いつつあるだけでなく、自らが国際秩序の攪乱要因になるリスクをも孕んでいるかのように語られるようになった。アメリカは中東情勢にどのように対応しようとしているのか、そしてこの新たな紛争はアメリカとその世界戦略にどのような影響をもたらすのだろうか。

中東にダイブするアメリカ

■イスラエルを支持し人道的配慮を求めつつ、ヒズボラ・イランの攻撃激化を抑止

 現下の緊迫した中東情勢に対応するバイデン政権の最大の目標は、紛争拡大の回避である。そのためにイスラエルに一定の自制を求めつつ、ヒズボラによる攻撃の大規模化とイランの介入を抑止するという両面的なアプローチを追求している。バイデン大統領は、イスラエルに対して、ヒズボラへの反撃拡大を自制するよう水面下で働きかける一方で、政権はヒズボラとイランに対しては、もしイスラエルを攻撃すれば、アメリカによる軍事的報復がありうるとのメッセージを送っていると伝えられている。

 まずあれだけの凄惨な被害を蒙ったイスラエルに自制を求めるのは並大抵の事ではない。バイデン政権は、ハマスらの攻撃を断罪し、イスラエルを支持して、対イスラエル支援を惜しみなく実施する姿勢を鮮明にすることにより、イスラエルに対する影響力をなんとか確保しようとしている。バイデン政権は、イスラエルには、「自国を防衛する権利と義務」があるとの立場を明確にした(比例性を求められる国際法上の「自衛権」という用語をあえて使用していないとの指摘もある)。

 また、イスラエルへの支援ということでは、ミサイル防衛システム「アイアンドーム」用のインターセプター(迎撃ミサイル)、精密誘導兵器、弾薬等の軍需物資等をはじめとする20億ドルの支援を決めている。バイデン政権はこうした支持・支援をテコにしつつ、ヒズボラへの本格的な反撃を控えるとともに、ガザ地区における一般市民の被害をできるだけ抑え、国際人道法を遵守し、ガザへの人道物資の搬入を許可するようイスラエルに要請している。バイデン大統領が渦中のイスラエルを訪問してベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談を持ったのも、寄り添う姿勢を示しながら、イスラエル側から作戦計画の説明を受ける中で自制を働きかける際のテコを増幅するためだったと考えられる。

 政権が懸念するのは、イスラエルによるガザ侵攻を受けて、ヒズボラによる攻撃の拡大やイランの介入によって紛争が拡大することである。衛星画像によれば、ガザ地区北部との境界付近にイスラエルが大規模な兵力を集結させ、30万人に上る予備役も招集しており、近いうちにガザへの本格侵攻に踏み切る可能性が高い。そうなれば、ヒズボラやイランが次の手を打ってくる。ヒズボラはすでにイスラエル=レバノン国境越しにイスラエルを攻撃しているが、ジェイク・サリヴァン国家安全保障担当大統領補佐官は、イランが直接関与する可能性も排除できないと述べるなど、ペルシャ湾岸地域に紛争が拡大することへの危機感も強めている。ヒズボラとイランを抑止すべく、アメリカは10月11日までに最新艦USSフォード空母機動部隊を急派し、さらにヴァージニア州ノーフォーク海軍基地からUSSアイゼンハワー空母機動部隊を出動させて現場に向かわせた。

「連鎖反応」で軍事行動に踏み切る懸念

 アメリカがヒズボラとイランを抑止する態勢を強化すれば……

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
森聡(もりさとる) 慶應義塾大学法学部教授、戦略構想センター・副センタ―長 1995年京都大学法学部卒業。2007年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法政大学法学部准教授、同教授を経て2022年より現職。著書に『ヴェトナム戦争と同盟外交』(東京大学出版会)、『国際秩序が揺らぐとき』 (法政大学現代法研究所叢書、共著)、『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』(東京大学出版会、共著)、『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』(東京大学出版会、共著)、『アメリカ太平洋軍の研究』(千倉書房、共著)などがある。博士(法学)。
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